「このエンジンはクソだ!」

 第12戦・ベルギーGPの金曜フリー走行、スパ・フランコルシャンを走り始めたフェルナンド・アロンソはそう言い切った。ホンダが投入した「スペック3.5」は、彼の期待に添うものではなかったからだ。


10番グリッドから好スタートを切ったアロンソだったが...

 ホンダは夏休み明けのこのベルギーGPを目指して、ICE(内燃機関エンジン)の燃焼系を改良した「スペック4」の開発を進めてきたが完成には至らず、第11戦・ハンガリーGPまで使ってきたパワーユニットの吸気系など封印されていないパーツを改良して「スペック3.5」とした。

(MGU-Hの走行距離の問題で交換が必要だったストフェル・バンドーンには信頼性向上のための変更を施した新品ICEを投入し、こちらは「スペック3.6」としたが性能上は3.5と大きな差はなく、金曜の走行後にハイドロ(油圧制御)系に問題が見つかったため、原因箇所を究明するよりも3.5のスペアに全交換して予選・決勝に臨んだ)

※MGU-H=Motor Generator Unit-Heatの略。排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。

 燃焼系そのものの改良ではないため最大出力はそれほど変わらないが、今回の改良によって低速域のトルクが大幅に向上していると、ホンダの長谷川祐介F1総責任者は説明する。

「特に今回は低速のトルクをかなり上げていて、低速コーナーからの立ち上がりやスタートでの低速トルクは軽自動車1台分くらい上がっています」

 アロンソは「違いがわからない」と好評価を与えなかったというが、低速トルクの向上は確実にタイムに貢献していた。

「スパ・フランコルシャンは低速コーナーが少ないので(低速域は)そんなに頻繁に使うところではありませんし、そのままパフォーマンスが上がるというわけではありませんから、ゲインは0.1秒ほどと想定していましたが、実際にはもっと行っていました。こういうサーキットでも予選で11位まで行けたというのは、スペック3.5の効果があったと思っています。ベルギーだから見えにくかったですが、これがもしハンガリーなら、結果はもっと違っていたでしょう。ベルギーとイタリアをしのげば、この先のレースでは結構いいところに行けると思います」

 予選では、グリッド降格ペナルティが決まっているバンドーンが必ずアロンソの前を走行し、ターン1からケメル・ストレートのエンドまで2015mに及ぶ全開区間でスリップストリームを使わせて、マシンの非力さをカバーしてタイムを稼いだ。これによってアロンソの最高速は、スリップなしのバンドーンより12.6km/h速い337.8km/hまで伸びた(全20台中5位)。また予選Q1では、スリップストリームを使わなかったバンドーンが10番手タイムまで記録している。

 スパ・フランコルシャンの長い全開区間に合わせてどのチームも超薄型のリアウイングを持ち込むなか、マクラーレンも新開発のリアウイングを投入。FP-1(フリー走行1回目)の走行ではダウンフォースが足りずリアが不安定すぎたため、FP-2(フリー走行2回目)では通常のサーキットで使用する重いリアウイングに換装し、Tウイングを外してなんとか空気抵抗を減らして走行した。だが、これでは決勝で最高速が伸びず勝負にならないと判断し、土曜日からはふたたび超薄型のリアウイングに戻した。

 アロンソはバンドーンのアシストもあってQ3に進出できそうな速さを見せたが、フォースインディアに0.084秒差で逆転されて11位に落ちると、その直後の最終アタックで「ノーパワー。ノーパワーだ!!」と怒りに満ちた口調で無線を入れてピットに戻った。アタックラップの途中でERS(エネルギー回生システム)の120kW(約160馬力)アシストがオンにならなかったのをトラブルだと感じ、セクター通過タイムで0.4秒遅かったのを見て、アタックを取りやめたのだ。

 だが実際のところ、これはアロンソが速すぎたからこそ起きた不運な出来事だった。

 高速のターン10〜11(プーオン)は通常はスロットルを戻さなければクリアすることができないため、ターン11を抜けてスロットルをオンにし直したところでERSのアシストが再開されるようにプログラムされていた。スロットルが全開でないときにアシストをしても、それはエネルギーの無駄遣いでしかないからだ。

 しかし、Q2最後のアタックでアロンソは、この週末で初めてターン10を全開で駆け抜けた。そのため、コンピュータがコーナーを抜けたと判断することなく、ERSのアシストもオンにならなかったのだ。

 マクラーレンとホンダのエンジニアはドライバーと重ね重ね議論したうえでERSのオンオフをプログラミングしていたというが、スロットルがオフにならなければERSアシストがオンにならないということがドライバーと情報共有できていなかったのだから、それはコミュニケーションミス以外の何ものでもない。


バンドーンのスリップに入ってタイムアップを図るアロンソ

 とにかく、アロンソのフラストレーションが増大していることは明らかだった。

「このサーキットでのパワーの不利がどのくらい大きいかはわかっているし、Q1とQ2でトップから1.5秒差とか1.7秒差のタイムで走れたということは、パワーユニットの不利がなければ1位・2位になれるということだからね。シャシーは予想以上にコンペティティブだったし、それはものすごくポジティブなことだしハッピーだよ」(アロンソ)

 ただし、実際にはQ2のタイム差は2.163秒。最終アタックではどのマシンも0.2秒ほどのタイムアップしか果たしていないことを考えると、最後のアタックが成功していたとしても、せいぜい1.9秒差。メルセデスAMGの予選モードに対する60kW(約81.6馬力)の差や、対フェラーリの40KW(約54.4馬力)、対ルノーの20kW(約27.2馬力)差を10kWあたり0.25秒という数値に当てはめても、トップ争いというのはやや大袈裟で、アロンソの感情論が多分に加味されている。

 また、「こうした理不尽な言動に対してホンダ側は何も反論しないのか?」という声がパドックで聞こえていたことも事実だ。

 しかし、長谷川総責任者は「反論はしない」と言う。

「それに関しては僕もすごく思うところはありますけど、レースというのは一番じゃなければ何を言っても言い訳になってしまいます。ウチのパワーユニットが一番でないことは確かですし、言い訳はしません」

 決勝では新品ウルトラソフトタイヤの威力を生かし、スタートダッシュを決めて7位まで浮上した。だが予選がそうだったように、やはり実力としてはルノーやフォースインディアには及ばず、3周目にDRS(※)が使えるようになると次々と抜かれていった。DRSを使えば15〜20km/hは最高速が伸びるのだから、相手だけがDRSを使える状況ではディフェンスのしようがないのは当たり前のことだ。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

「Embarrassing(恥ずかしい)、本当に恥ずかしいよ」

 4周目に早くもそう言い始めたアロンソは、後続とのタイム差を伝えるレースエンジニアに対して不満をぶつけ始めた。

「ギャップなんて全然気にしていない。もうテストみたいなものなんだからな!」

 ピットストップで後ろに下がったアロンソに対し、ピットイン目前のバンドーンをあと1周抜かないでくれという指示に対しては、「どうしてだ!? (バンドーンは)僕がオーバーテイクできる唯一のXXXなクルマなのに!」と放送禁止用語まじりで不満を口にし、他車の前に出すための戦略だと説明されても、「どうせ抜かれるんだ、何も変わりやしないよ!」と罵(ののし)った。

 そしてカルロス・サインツ(トロロッソ)に抜かれて入賞圏外の11位に転落し、雨が降る可能性はないかと確認した直後、アロンソは「エンジンプロブレム、エンジンプロブレム」と言ってピットに戻りリタイア。パワーユニットのデータ上に問題はなく、さすがにこの行為に対してはパドック内でも「故意にリタイアしたのではないか?」との疑惑が持ち上がった。

「エンジントラブルだよ、最後の周にパワーを失ったんだ。何が起きたのか調査しなければならない。ストレートですごく遅くてディフェンスすることができない厳しいレースだったし、いずれにしてもポイント獲得は難しかったと思う」

 アロンソはそう主張し、マクラーレンもホンダも明言は避けた。だが、レース中の状況証拠に加えて、第3戦・バーレーンGPでも同じように「エンジントラブル」と言ってリタイアしたものの何ら問題はなく、翌戦でも引き続き使用できたという”前科”もあるため、アロンソに疑惑の目を向けるメディア関係者は少なくなかった。

「今のところは何も問題は見つかっていません。データ上も何も問題はありませんでした。少なくともウチのほうから止めてくれと言ったわけではないですし。まぁ、何かあれば最初に感じるのはドライバーですから、彼が異変を感じて自分でピットに入ってきたということでしょう」(長谷川総責任者)

 アロンソの3年間にわたる苛立ちはよくわかるが、このチームで走ることを選んだのは他ならぬ彼自身であり、40億円とも言われる超高額のサラリーを受け取っているからには、最後まで自分の仕事を完遂する責務がある。どんなに期待外れだろうと、遅かろうと、走るのが彼の仕事だ。

 メルセデスAMGやフェラーリのドライバーたちは、ことあるごとに「チームのために走る」「僕はチームの一員でしかない」と口にする。それは、マシンを1000分の1秒でも速く走らせるために、開発に、セットアップに、ドライビングにと大勢の人間が努力し、自分ひとりでは成し得ない高度な走りを完成させていることを深く理解しているからだ。

 チームがドライバーのためにマシンを用意し、ドライバーが「絶対的存在の主役」であるというのは過去の話であって、あらゆる要素が超一流でなければ勝てない今のF1においては、チームの声に耳を傾け、彼らとともに努力できないドライバーは頂点に立つことなどできない。ドライバーにものを言えず、言いなりになることしかできないチームもまた、頂点に立つことなどできない。それをよく知っているからこそ、トップチームはアロンソのレーシングドライバーとしての能力を高く買いながらも、彼を獲得しようとは決してしない。

 マクラーレン・ホンダの来季体制とフェルナンド・アロンソの去就を巡ってストーブリーグの風が吹き始めるなか、ベルギーGPは思わぬかたちでマクラーレン・ホンダが抱える問題を浮き彫りにしたと言わなければならないだろう。

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