前衆議員議員の村上政俊氏

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 もし、戊辰戦争で幕府側が勝っていたら──。結果的に幕府側は「賊軍」としてパージされ、江戸時代を否定するように近代化・西欧化に突き進んだ明治日本。では、もし幕府軍が勝っていたら、近代化はなし得なかったのだろうか。あえて、歴史の「if」を考えてみる。前衆議院議員の村上政俊氏が解説する。

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 もし戊辰戦争で江戸幕府が勝っていたら、対外関係や軍事も激変していたと考えられる。江戸幕府は英国よりもフランスとの関係が深く、幕末の軍制改革においても仏陸軍が手本とされた。徳川慶喜がナポレオン三世から贈られた軍服を着用した写真は有名だ。また外国への窓として幕末に開港された箱館(函館)、新潟、長崎などは、フランス文化とフランス人を受け入れて神戸や横浜と並ぶほどに発展したはずだ。

 アジアとの関係はどうか。幕府と李氏朝鮮の関係は安定していた。そうした良好な関係を梃子にして、より早期に、より摩擦なく併合を達成していた可能性もある。朝鮮半島との関係を早い段階で整理することができていたら、対中政策により多くの外交資源を投入できたのではないだろうか。

 明治以降、公家や大名が華族として遇されたのに対して武士には栄典は与えられなかった。幕府が勝利していれば英国と同じくナイトという称号が創設されていた可能性が高い(フランスで数々の騎士号を授かっているビートたけしは、我が国でもナイトを授与されていたはずだ)。日本語訳は差し詰め「士爵」だろうか。武士主導による中国進出が成功していれば、欧米の横入りを許さないほどに権益を独占していたかもしれない。日本はアジアの盟主としての立場を早々に確定させ、第二次世界大戦でも戦勝国となり、現行の国際連合においても常任理事国の椅子を確保していただろう。

 文化はどうなっただろうか。伝統文化として誰もが真っ先に思い浮かべる茶道や能楽が生まれたのは室町時代だったが、江戸時代の家元制度により大きく整備発展。しかし明治維新から暫くは幕府の保護がなくなったことで、その存続が危ぶまれる程に衰微した。

 幕府が勝っていれば明治維新後ほどの急速な西洋化は起こらなかったはずだ。「道」と称される伝統文化が現代では世界の隅々にまで広がっていただろうことは、明治時代の海外での浮世絵人気を考えても容易に想像できる。いま話題の将棋も幕府の保護により発展した。これも家元制度を通じてである。将棋も現代まで家元制度が続いていれば、日本中が大注目の藤井聡太四段も大橋家や伊藤家(*3)の内弟子として棋士のキャリアをスタートさせていたかもしれない。

【*3/江戸時代にあった将棋の家元。】

 想像は尽きないが、幕府がもし勝っていたとしても、違った形ではあったにせよ日本が大きく発展していたことだけは確かである。

【PROFILE】村上政俊●1983年大阪市生まれ。東京大学法学部卒。2008年4月外務省入省後、北京大学、ロンドン大学に留学し中国情勢分析などに携わる。2012年12月〜2014年11月衆議院議員。現在、同志社大学嘱託講師、皇學館大学非常勤講師、桜美林大学客員研究員を務める。著書に『最後は孤立して自壊する中国 2017年習近平の中国』(石平氏との共著、ワック刊)がある。

※SAPIO2017年9月号