『マル暴捜査』(今井 良/新潮社)

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 2017年、共謀罪を盛り込んだ「改正組織的犯罪処罰法」が可決され大きな波紋を呼んだことは記憶に新しい。法案の是非はさておき、実際に組織犯罪へと立ち向かう現場の職員の責任が増したのは事実だろう。通称「マル暴」と呼ばれる暴力団担当の刑事たちの捜査もどのように変わっていくのか、注目したいところだ。

『マル暴捜査』(今井 良/新潮社)は警視庁記者クラブキャップを務めた経歴のある著者が、暴力団捜査の裏側を解説していく内容だ。日々繰り広げられるマル暴と暴力団の駆け引きからは、一般人が知りえないリアルな「組織犯罪」の姿が浮かび上がってくる。

 2003年、警視庁組織犯罪対策部(通称:組対)が結成され、全国の暴力団犯罪の取り締まりは強化された。暴力団関係の書籍は数多いが、捜査側の視点を綴ったものがわずかしかない。それが、著者が本書を執筆するにあたったきっかけとなる。警視庁の動きを間近で見てきた著者だけあって、経験と人脈を駆使した本書の描写の数々は、すさまじい臨場感を伴っている。

 たとえば、2011年、実際に行われた暴力団事務所の家宅捜索についてだ。警視庁は某警備会社で起こった、現金6億円が強奪された事件の犯人を追っていた。そして、総勢50人の機動隊が、犯人をかくまっている可能性のある事務所に集められたのだ。いわゆる「ガサ入れ」である。家宅捜索を言い渡す管理官と、不服を申し立てる暴力団幹部。二人のやりとりが現場の緊張感をあおる様子が、克明に描かれている。やがて、幹部が折れて家宅捜索は決行された。

 しかし、このガサ入れによって犯人や決定的証拠が見つかったわけではない。ただし、「揺さぶり」としての効果が絶大なのだと捜査官は口にする。暴力団も馬鹿ではないので、捜索で見つかるような場所に証拠は保管していない。それでも家宅捜索は警察から暴力団へのプレッシャーになる。また、暴力団に対し一歩も退かないという意地の面もある。ちなみに、この事件の犯人が逮捕されたのはガサ入れから2週間後のことだった。

 また、マル暴捜査においては情報が全てであり、マル暴たちは組織内に有能なエス(スパイ)を置き、逐次、暴力団の動向を探っている。ヤクザ映画やコミックの世界のような捜査は日常的に行われているのだ。しかし、ときには1年以上の時間をかけて暴力団員を手なずけていくエス捜査の丹念さはフィクションの比ではない。また、時代に合わせて捜査のデジタル化もさかんに行われている。暴力団が消去したデータを復元したり、通信を傍受したり、いまやテクノロジーは暴力団との戦いに欠かせない武器となっていた。

 組対の複雑な組織図も、本書では丁寧に解説されている。国際犯罪組織の実態把握を行う1課、事件捜査を行う2課は中国マフィアの犯罪率が高まる昨今のマル暴捜査において、ますます責任が大きくなるだろう。3課では暴力団対策、いわゆる「ボウタイ」を担っている。暴力団に関する相談を受け付けるコールセンターは、大島優子主演のドラマ『ヤメゴク』のモデルにもなった。

 実際の現場捜査にあたるのが4課。一般的なマル暴のイメージはここだろう。そして、最近のメディアで注目度が急上昇しているのが薬物や拳銃犯罪を扱う5課である。元野球選手の清原和博をはじめとして、薬物所持で逮捕された有名人の多くも5課が捜査を担当していた。ただし、2016年11月には、ASKAの薬物検査用に提出させた尿がお茶にすりかえられる失態を犯し、名誉挽回の必要に駆られている。

 暴力団や暴力団員の数は一時期よりも明らかな減少傾向にあるが、それは決して「平和」を意味するものではない。暴力団が形を変え、社会の闇に潜伏するようになっただけだともいえる。一般人が新たな脅威にどう対抗し、どこに助けを求めるべきなのか。本書の情報は一つの指針になるだろう。

文=石塚就一