リアス式海岸で知られる宮城県気仙沼市

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 今年の8月は、東京で観測史上2番目の長雨になるなど、当初の予想から一転して「冷夏」となり、夏休みの集客が勝負だった海水浴場やビアホールなどは大きな影響を受けた。

 ただし、そうした季節の変動要因を除けば、“観光需要”には期待が大きい。インバウンド(訪日外国人)の数も好調で、2016年の「訪日外客数」は過去最高の2403万9000人(前年比21.8%増)を記録。8月16日に発表された17年7月の訪日外客数(推計値)は268万2000人(前年比16.8%増)となっている(JNTO=日本政府観光局の発表資料)。

 観光庁も「地域観光」の需要喚起を後押しする。その先進事例が宮城県気仙沼市だ。学校の授業で習った「リアス式海岸」で知られる当地は、11年3月11日に発生した東日本大震災で甚大な被害を受けた。震災復興の一環で、観光をもうひとつの柱にしようと取り組んでいる。筆者も5年半ぶりに気仙沼を取材し、活動の成果や課題を見てきた。その内容を被災地の企業はもちろん、顧客獲得に悩む企業のヒントとしてご紹介したい。

●地元企業が“得意”を持ち寄り連携

 漁業の街・気仙沼は、観光庁が定義した「日本版DMO」(観光地域づくり)の先進地域で、民間企業が主導するのが特徴だ。ちなみに「DMO」はDestination(目的地)、 Management(管理)/Marketing(マーケティング)、Organization(組織)の頭文字だが、世間一般には浸透していないので、本稿では簡単な紹介にとどめておく。

 現在、気仙沼が観光客に訴求するのが「ちょいのぞき 気仙沼」というイベントだ。現地で配られる小冊子には、日時を記したカレンダーとイベント内容が紹介されている。

 たとえば9月3日には「モーターパラグライダー遊覧飛行体験」(一般8000円、小学生7000円、未就学児7000円)が開催される予定で、インストラクターと一緒にパラグライダー飛行ができる。9月23日には別のイベント「ひんやり氷とぽかぽか温泉!」(一般2000円、小学生1000円、未就学児無料)もある。新鮮な魚の流通を支える氷屋さん(岡本製氷冷凍工場)を見学し、マイナス10度の冷凍庫にも入る。見学後は、ホテルの温泉の日帰り入浴で温まり、湯上がりにかき氷を食べるという内容だ。

 観光地のホテルで見かける「期間限定イベント」をまとめたかたちだが、すべて有料なのも特徴だ。その狙いを、気仙沼商工会議所の菅原昭彦会頭は次のように語る。

「実施する側が本気になるように、全イベントを有料にしました。企画する各社の方にも『顧客満足と利益確保が両立できる、おもてなしイベントにしよう』と話しています」

 菅原氏が社長を務める老舗蔵元・男山本店では、毎年秋になると純米酒「蒼天伝」の海中貯蔵も行う。搾ったばかりの新酒を海の中に沈めて1年間熟成させるものだ。固定ファンも多いこのイベントも秋以降の「ちょいのぞき」メニューに加わる予定だ。

 また、地元の有力企業である阿部長商店もイベント活動に積極的に関わる。前述の日帰り入浴は、同社が運営する「サンマリン気仙沼ホテル観洋」が実施場所だ。

●地元特産を使った食品を開発

気仙沼の玄関口・JR気仙沼駅の駅前には、当地を代表する3つの魚、サメ、メカジキ、カツオのオブジェがある。新鮮な魚は気仙沼の特徴だが、従来は料理店や観光施設などが個別に訴求していた。それを地域一体の取り組みにあらためたのだ。菅原氏がこう説明する。

「観光事業の重点テーマを3つに再構成しました。ひとつ目は『商品をつくる』で、観光商品の開発です。2つ目は『人をつくる』で、市民の観光意識を高めることです。3つ目は『仕組みをつくる』で、これがDMOを推進する組織づくりや活動となります」

 地元食材を使った具体的な観光商品が「気仙沼 メカ×カレー」だ。全国の生鮮水揚げ量の7割以上を占める「メカジキ」をカレーの具材に使ったもので、市内のカフェや飲食店ではカレーライスだけでなく、カレー味の唐揚げやカレー風味のソースカツ丼といったメニューもある。観光誘致の事務局「一般社団法人・気仙沼地域戦略」の理事でもある小野寺靖忠氏が経営する「アンカーコーヒー」のメカ×カレーは人気メニューだ。

「メカジキは、もうひとつの気仙沼名物・サメ(フカヒレ)と同じ漁船で捕獲でき、一年を通じてとれます。地元では肉代わりの食材としても使われるので、夏以外の時期は『メカしゃぶ』『メカすき』といった鍋物メニューも開発しました」(菅原氏)

 ここまで観光に力を入れる理由は、地域経済の8割を占めた「水産業」が震災と津波で95%の製造・貯蔵設備が被災する壊滅的な打撃を受けたからだ。6年がたち回復してきたが、震災以前には戻り切っていない。そこでもうひとつの地域資源「観光業」の強化を図る。

 実は、気仙沼にはモデル企業がある。前述の阿部長商店だ。水産事業部と観光事業部が事業の柱で、観光部門では気仙沼市と南三陸町に3つのホテルを運営する。地震と津波で大きな被害を受けたが立ち直り、前期の売上高は約142億円と震災前の売上高に並んだ。

 復活要因のひとつに、気仙沼の特産物を一般消費者向けに新開発した食品もある。たとえば震災直後に開発した「気仙沼ふかひれ濃縮スープ」(ホテル観洋グループ総料理長監修)は、現在まで累計500万パックを販売した。2014年には、さんま、いか、ぶりを用いた食品「ajillo×アヒージョ」シリーズも開発。「水産」と「観光」が連携した成功体験があるのだ。

 三陸の水産物を県外企業と連携して輸出も行う、社長の阿部泰浩氏はこう話す。

「気仙沼の『観光経営』には、当社の取り組みも“縮図”となるように思います。地元の観光意識も変わり、『気仙沼には何々の特徴があります』と具体的になりました」

●「ほぼ日」に否定されて、具体的になった

 気仙沼の活動も、最初からここまで具体的だったわけではない。きっかけは震災後、さまざまな支援に立ち上がった著名人や一般人との出会いだった。

 たとえば「ほぼ日刊イトイ新聞」(ほぼ日)を運営するコピーライターの糸井重里氏は、震災の年に気仙沼支社を開設し、インターネットサイト「気仙沼のほぼ日」を発信している。前述の小野寺氏(通称ヤチさん)は、最初に糸井氏をクルマで市内に案内した時、厳しい指摘を受けた。

「ヤチ君ね、ぼくはいろんな土地に行ったけど『風光明媚で、食がおいしい』という街は日本中至るところにあるんだよ」

 震災前から、本業のカフェチェーン店運営を通じて地域活動を続ける小野寺氏は、この言葉で「具体性のある体験型訴求」を考え出し、ほかの人たちにも共有されていった。

 また、経済同友会が派遣した各企業から出向する実務家との交流も刺激になった。そのなかにはリクルート関係者もおり、気仙沼の情報発信に影響を与えた。前述の「ちょいのぞき」というネーミングも、同社の旅行メディア「じゃらん」を思わせる。

 ただし、活動は道半ばで、今年もうまくいったイベントもあれば、集客不振だったイベントもあった。取り組みへの課題と反省も味わいながら、活動を進める。

 観光の実績のひとつとなる、気仙沼市の宿泊人数で見てみよう。16年に44万4196人と、平成以降で最高を記録したが、「復興関連宿泊客」が5割近く(47.4%)を占めた。観光客も前年比10%増だが、将来“復興関連需要”が消える前の「今」が勝負となる。

 また、「居住人口減少」への対応もある。市の人口は6万5289人(17年6月末現在)で、最盛期(1980年)より約2万7000人減、震災前年より約8000人減った。

「被災後に生活再建のために出て行った人を呼び戻そうとしても難しい。それよりも、支援などで知り合った人や地域と連携して地域を活性化させる姿勢が大切です。気仙沼では、大分県別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)との連携も深め、在学生や卒業生に地元企業に就業してもらうほか、教職員との交流も進めています」(阿部氏)

 被災地に限らず、ビジネス環境の激変で従来の主力事業を失い、苦境に陥る企業もあるだろう。だが、受け身の姿勢では活路もひらけない。一見、新規事業に見える気仙沼の活動だが、中身を見れば、これまでの活動のリニューアルだ。個別にやっていた活動を「全体最適」の視点で見直し、会社でいえば“全社一丸”に変える工夫も必要といえよう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年生まれ。(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。最新刊に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)がある。これ以外に『カフェと日本人』(講談社現代新書)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。
E-Mail:takai.n.k2@gmail.com