今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「詩は本当のことを嘘のように作るものだ」
--萩原朔太郎

詩人の萩原朔太郎のことばである。作者の内的真実を、革新の技巧を駆使して、ひとつの虚構の物語のように構築する。それが詩という表現である。そんなふうに解釈していいだろう。

寺山修司の短歌の少なからぬものが、虚構の物語を本当らしく作り上げているのとは、対照的な世界なのかもしれない。

萩原朔太郎は、明治19年(1886)群馬県に生まれた。家業は医院であったが、朔太郎はこれを継がず、音楽と詩歌に没頭した。

音楽会に足を運んでベートーヴェンのピアノ曲「月光」やグノーの歌劇「ファウスト」に耳を傾ける一方で、「外国文芸に私淑し、洋画の心得があり、自ら新らしいと称して居る最も進歩的の青年の仲間でさえも音楽に対しては驚くべき程鈍感無智である」(『音楽の解らない国民』)と述べ、シュトラウスやドビュッシーの名前さえ知らない当時の日本人の「音楽知らず」を嘆いてみせた。

聴くだけではなく、音楽演奏の実践者でもあった。大正4年(1915)、朔太郎はマンドリンとギターの合奏を目的とする「ゴンドラ洋楽会」を組織し、本格的な音楽活動に取り組んだ。マンドリンは斯界の先駆者である比留間賢八らに習い、ギターは音楽学校で教わる。素人離れした腕前となり、翌大正5年(1916)1月には友人たちへこんな手紙をしたためることになる。

「八日に我々の洋楽会の第一回の演奏会があります。袖口からあの
金のカフスボタンを光らせてギターを弾くところを御想像下さい」

萩原朔太郎の研ぎ澄まされた音感は、その詩作品にも自ずと反映した。古い時計の音を「じぼ・あん・じやん」、犬の遠吠えを「のをあある、とをあある、やわあ」と綴るなど、独得の擬音を創出し、リズム感や押韻でも、抜群の冴えを見せた。傍ら、室生犀星、北原白秋、山村暮鳥らとの交流をも糧として、革新的な詩世界を構築し、日本の近代詩の頂点にまでのぼりつめるのである。

過ぐる日、群馬県前橋市の前橋文学館を訪れた折、そんな萩原朔太郎愛用のギターに対面することができた。明治末期に買い求めたといわれるもので、イタリア製の最高級品。通称「つばめ印」。その名の通り、胴体部分につばめを模した洒落た貝殻細工が施されている。ネック部分にさほどすり減った形跡がないのは、おそらく練習用に使い込んだものでなく、晴れの舞台で使用したものではなかったか。

晩年の朔太郎は古賀メロディを好んだと伝えられるが、それを奏でるにはエキゾチックに過ぎる外観。若き日の詩人のダンディズムが匂い立つようであった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。