女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

違うカテゴリーとなった女ともだちとは、もはや疎遠になっていくしかないのだろうか?

大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香。しかし、理香がいち早くママとなったことで関係に異変が

さらに、あゆみが結婚を報告。独身を脱したあゆみは、突如上から目線で要らぬアドバイスをし始め、沙耶は閉口するのだった。




「妻会」を開催する女


「妻会?...なんだ、それ」

朝、乃木坂駅から飛び乗った千代田線。

暇つぶしに開いたインスタグラムを眺めながら、沙耶は小さく独りごちた。

見るつもりなどなくても目に入ってしまうのがSNSである。スクロールの途中でたまたま目に飛び込んできたあゆみの投稿が、朝から沙耶の胸に苦い汁を広げる。

表参道『ビストロ ブノワ』のチェックインと、「#妻会 」のハッシュタグ。

-今日は、新婚の皆でランチ♡

大学キャンパスで見かけたことのあるような、ないような面々とともに、あゆみは満面の笑みで写真に映っている。

あゆみが、そこに映っている女性たちと特に仲が良かった記憶はない。...おそらく「新婚」というカテゴリーで一時的に結ばれたメンバーなのだろう。

大学時代からずっと仲良し3人組だった沙耶とあゆみ、そして理香。

しかし3年前に理香がママとなってから、その関係は少しずつ歪になっていった。

そして、久しぶりに3人で集まったあの日。

あゆみが結婚報告とともに突然上から目線で要らぬアドバイスをし始めたことが決定打となって、もはや修復不可能となってしまった。

あれ以来、沙耶はあゆみとも理香とも会っていない。...会いたいとも、思わなくなってしまっていた。


別カテゴリーとなり、疎遠になってしまった3人。しかし、あゆみから突然招集がかかる。


妻よりママが上?

あゆみや理香と会わずに過ごす日々は、心をかき乱されることなく平穏に過ぎていった。

理香が、幼稚園に通う息子に持たせるお弁当を毎日のようにインスタグラムにアップするのを目にしたり、この間のようにあゆみの「妻会」を目撃したりすると、何のアピール?と言いたい気持ちになったりはするけれど。

しかし同時に、沙耶はそんな小さなことを気にする自分も嫌なのだ。

要らぬことを考える暇を作らぬよう、平日はひたすら仕事に打ち込み、金曜夜は独身バリキャリの後輩を誘って飲みに行き、週末は3つ年下で27歳の彼・隼人を家に呼んで抱き合うなどして過ごすようにした。

そんな風にして、1ヶ月が経った頃だった。

沈黙を破って、あゆみからLINEが届いたのは。



“沙耶、今日会える?聞いて欲しい話があるの”

“お願い♡”というセリフがついたゆるキャラスタンプとともに送られてきたあゆみからのメッセージは、普段と何も変わらない、何のわだかまりも感じさせないものだった。

「沙耶も結婚向きの人を探したら?」

数々の無遠慮な発言に対し、沙耶がどういう気持ちでいるか。彼女は、全く思いを馳せられていないのだろう。

やはり彼女は、妻の座を獲得した幸福に酔いしれているのだと再確認する。

-会いたくないなぁ...

接待や撮影でもあればすぐに断った。しかし今日はタイミング良く早く帰れそうである。

学生時代からの、長い付き合いの相手だ。用事がないのに断るのも気がひける。

沙耶は覚悟を決めるようにして「OK」のスタンプを送信した。




「...ねぇ沙耶、ママってそんなに偉いの?」

六本木ヒルズの『毛利 サルヴァトーレ クオモ』のテラス席。

心地よい夜風に吹かれながら気持ちよく白ワインを飲み干したあゆみは、勢いに任せるようにしてそんな言葉を吐き出した。

「え?」

-理香に何か言われたんだな。

あゆみが理香のことを言っていることはすぐにわかったが、なんと答えて良いものかわからず、沙耶は曖昧に受け流す。

しかしあゆみはこの話を流せないようだった。

「この間、理香とお茶したんだけど...私が、子どもはまだいいかなって話したら全否定されて。もう30歳なんだから子どもは早い方がいいとか、基礎体温を測った方が、とか、夏でもカイロを貼って体を温めろとか、もう、うるさくって!」

聞いて欲しい話というのは、この愚痴だったのだろう。

溜まった膿を絞り出すように、あゆみは酔いに任せて鬱憤を撒き散らすのだった。

「最後には“大丈夫、すぐ授かるわよ”なんて上から言われて。ほんと、余計なお世話」

吐き捨てるように言ったあゆみの顔を、沙耶はまじまじと見つめる。

-この間、あなたも私に同じことしてましたけど?

そんな皮肉でも言ってやりたいところだが、火に油を注いでも仕方ないので言葉を飲み込む。

確かに理香も、余計なことを言う。しかし、同じ穴のムジナであるあゆみに対して同情の気持ちは一寸も湧いてこない。

沙耶はひたすら「まあまあ」と宥めることに終始して、その場をやり過ごした。


理香に憤るあゆみ。女は「妻」となっても、安泰ではいられないのだ。


価値観を押し付けないで!そう叫びたくても...


23時過ぎにあゆみと別れ、沙耶は家までの道のりをのんびり歩くことにした。

一方的にぶつけられたあゆみの鬱憤。当事者ではなくても、モヤモヤとした思いが胸に溜まる。それらを家には持ち帰らず、夜風で追い払ってしまいたかった。

-ママって、そんなに偉いの?

カツカツ、とリズミカルな足音が聞こえてくる。それに被せるようにして、あゆみのセリフが思い出された。

おそらく理香は良かれと思ってあゆみにあれこれ薦めたのだろう。しかしそれは確かに、要らぬお節介だ。

子どもを産む・産まないもさることながら、産むタイミングなど完全に個人の自由であり、人にあれこれ指図される話ではないのだから。

しかし自由を声高に叫んでみたところで結局、女は早々に結婚し、子どもを産み育てることが幸せだという古い価値観は未だ存在する。

その価値観に反論などしようものなら、たちまち痛い女扱いだ。だから、たとえ心の中に疑問が浮かんでも、女たちは大人しく従うほかない。

目に見えなくとも確実に存在する、母>妻>独身のヒエラルキー。

女の人生がこんなに生きづらいものだとは、20代の頃は思いもよらなかった。

いっそ余計なことを考えず「母」になってしまいさえすれば、この窮屈さから逃れられるのだろうか?

「あ、沙耶ちゃん。おかえり」

自宅に戻ると、思いがけず隼人が家に来ていた。

その屈託のない笑顔は、夜風にさらされ冷えきってしまった沙耶の心をじんわりと温めてくれる。

抱き寄せられて、彼の、若くて艶のある肌に触れたとき、沙耶は張り詰めていた糸がぷつり、と切れる音を聞いた。

「...なんだか、疲れちゃった」

自分で解消するつもりだったが、思う以上に沙耶の精神は消耗しているようだ。一度弱音を吐いたら、止まらなかった。

今日の出来事、そして仲良し3人組だったあゆみ&理香との関係が歪になってしまった経緯を、堰を切ったようにして隼人に打ち明けた。

「...ごめん、こんな話」

言ってしまってから、面倒臭い女の話を年下の彼にぶつけてしまった自分を反省する。

しかし彼は、沙耶が思うよりずっと包容力のある男だった。

ため息をついて彼の腕から逃れようとする沙耶を再びぎゅっと抱きしめ、そして、こんなことを言うのだった。

「理香さんもあゆみさんも、淋しいんだね」

「...え?」

いち早く母となり、経済力ある夫と愛する息子とともに広尾の高級マンションで暮らす理香が、淋しい?ついに結婚が決まって、幸福に酔いしれているあゆみが淋しい?

「そんなこと...」

言いかけて、沙耶は続きを飲み込んだ。

彼女たちとはもう長い付き合いだけれど、女が腹の底で何を考えているかなんて、誰にもわからない。外面だけじゃ、女の本音は絶対に見えてこないのだから。

それは、沙耶自身だって同じだ。

沙耶たちはずっと、仲良し3人組だった。

しかしそれでも、こんな風に弱音を吐く自分を彼女たちに見せたことは、過去一度だって、ない。

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理香とあゆみが抱える、それぞれの淋しさ。あゆみが抱く、理香と沙耶への思いとは。