8月29日午前6時前、北朝鮮がミサイルを発射し、北海道地方から太平洋へ通過しました。同6時12分頃、襟裳岬の東方約1180kmの太平洋上に落下した模様です。これには日本中のメディアや一般市民が大混乱となり、現在も北朝鮮の脅威を煽る報道が続いています。メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』の著者でジャーナリストの高野孟さんは、前日の28日に配信した自身のメルマガで、北の脅威論について、制裁と圧力だけでは平和的解決は望めないと指摘。政府中枢の人物が週刊誌に語ったとされる「日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃する」といった発言は虚妄に過ぎないと一蹴しています。

錯乱に陥りつつある日本の「北朝鮮脅威」論──米朝対話を「思いとどまらせる」という日経の異常な主張

日本経済新聞8月25日付の「読み解きポリティックス」欄の「米朝対話で置き去り?/日本狙うミサイル、拉致問題」という記事には、かなりビックリした。

米朝が軍事対決を回避して対話による問題解決に踏み出すようなことになると、米国はICBMの脅威から逃れるけれども、日本を狙う短・中距離ミサイル能力は残るし、拉致問題と核・ミサイル問題の同時解決を主張してきた日本の立場も弱まってしまうので、「こうした(日本)置き去りリスクが起きないよう日本は米国に思いとどまらせることができるのか」と同紙は問いかける。

これって、何を言っているのか自分で分かっているのだろうか。

本誌がNo.897「米国は対北朝鮮の軍事攻撃オプションを選択しない」やNo.902「北朝鮮と米国の『核ゲーム』はもう終わった?」などで詳しく分析してきたことだが、米国はケリー主席大統領補佐官、マティス国防、ティラーソン国務の両長官を中心に「軍事的解決はありえない」という明確な基本認識の下、外交交渉による解決を模索しつつあり、その場合に、北に対して予め「核放棄」をしなければ交渉に応じないというクリントン政権以来の姿勢を覆して、「核凍結」さえすれば交渉に応じる──つまり北を(かつての中国、インド、パキスタンなどと同じく)核保有国であると認める──のかどうかに、議会を含めた議論の焦点は絞られつつある。

ところがそのように米朝が対話を通じて今の一触即発の危機を平和的に解決しようとすることに日本としては反対で、「思いとどまる」よう米国に働きかけるべきだというのが、日経の論調である。ならば非平和的解決があると言うのだろうか。異常としか言い様がない。

米朝対話は必ず平和協定に行き着く

日経は、米国が自分だけさっさと北朝鮮と妥協して、米本土がICBMで攻撃されないようにして、北がすでに保有している短・中距離ミサイルはそのまま放置し、従って「日本や韓国などアジアへの直接の脅威は置き去りとなる可能性」を心配しているのだが、これは余りに短視的なものの見方である。

第1に、米朝対話はひとたび始まれば、時間はかかっても、必ず38度線の休戦協定を恒久的な平和協定に置き換えて北と米国・韓国との国際法上の戦争状態を正式に解除するところへと行き着かざるを得ない。

その場合に、平和協定交渉の入り口で、「核放棄」ではなく「核(ミサイル開発の現状での)凍結」で構わないという条件が北に与えられることはあり得るし、また平和協定に伴う軍備管理・軍縮協定という出口のところで、一定の条件下で北を核保有国として認めた上で軍縮プロセスを設定するとの合意が盛り込まれることも大いにあり得ることである。

しかし、それは日本が「置き去り」にされるとかいう幼稚なレベルの話ではなく、日本がむしろ積極的に北の核・ミサイル問題の平和的解決を促す外交的努力に力を注ぎ、そのプロセスの達成に関与し貢献していくということでなければならない。

第2に、その時には、北の短・中距離核ミサイルは残るのだろうが、それはすでに国際協約によって一定の制約を受けているため今のように野放しのやりたい放題という訳にはいかず、誤解を恐れずに言えば、現在の中国やロシアの日本に到達可能な核ミサイルが(潜在的には脅威であり続けるけれども)現実的には何の脅威でもないというのと同じ状態になるということである。

第3に、そのように北の核ミサイル問題を長い目で落ち着いて捉えられない人が日本には多くて、この日経記事の筆者もそうだが、その裏には北の歴代指導者を何をしでかすか分からない「狂気の独裁者」と捉える、偏見とは言わないまでも俗論がある。しかし、韓国や中国はもちろん米欧露を含めた世界の戦略分析家や軍事専門家の間では、金正恩は相当程度の変わり者ではあるけれども、決して非理性的(irrational)ではない、という評価が一般的である。

金正恩は風変わりだが狂人ではない

彼は、ICBMを完成させて米国を核攻撃したい訳ではない。なぜなら、そんなことをすれば米国から100発か1,000発かのミサイルが飛んできて自国が壊滅させられることが分かりきっているからである。そういうことを十分に理解する程度には彼は理性的であり、だから核の先制使用はしないと最初から明言している。

では何のために核ミサイル開発に血道を挙げるのかと言えば、米本土に到達可能なICBMを1発でも保有することが出来れば、少なくとも理論上、米国との間に「核抑止」関係が形成され、米国が北に対して先制的な核を含む軍事攻撃に出ることを躊躇せざるを得なくなるからである。そうなれば、さすがの米国もこれ以上北と軍事的対立を続けることの無意味さを悟って、平和協定交渉とそれに続く朝米国交交渉に応じてくるだろう。だから彼は核開発の目的は平和交渉であると何度も呼びかけているのである。

そうは言っても、韓国や日本を「火の海」にしてやるとか恐ろしいことをさんざん口にしているじゃないかと言われるかもしれない。しかしあれは、米本土に届くICBMが完成するまでの間は、米国の属国である韓国と日本にある米軍基地を「目の前にある米国」として照準を合わせておくことによる対米抑止の代替的手段であって、韓国や日本それ自体を軍事攻撃するつもりは毛頭ない。なぜなら、それによって北には何ら達成されるべき戦略的目的も経済的利得もなく、失うものばかりだからである。

日経記事が「日本標的のミサイル」などと簡単に書いているが、私の見るところ、北には在日米軍基地を常時標的にしたミサイルはあるに違いないが、日本そのものを標的にしたミサイルはない。そう言うと身も蓋もないが、北朝鮮はそれほど日本に関心がない。日本が狙われていると思うのは思い過ごし、もしくはうぬぼれである。ただ、米軍から先制攻撃を受けて戦争になった場合に、その強力な後方基地となる(ことをかつての朝鮮戦争で身に沁みて知っている)在日米軍基地と、その米軍に従って北への軍事行動に加わるのであれば日本自衛隊基地も、即座に核を含むミサイルで攻撃するだろう。

真っ先に叩かれるのは、在日米軍司令部のある東京・横田空軍基地、厚木の米海軍航空隊基地、米第7艦隊司令部のある横須賀海軍基地で、首都の周りに外国軍の基地を置いている世界唯一の「独立国」であることに甘んじてきた日本の腰抜けぶりが仇となって、3,000万首都圏が壊滅する。北は米本土に対しても在日米軍基地に対しても先制攻撃はしないのだから、米国が北を先制攻撃しないよう制止して、一刻も早く平和交渉の入り口に到達するよう促すことが、日本の安全を確保し首都壊滅を回避する道である。

制裁と圧力だけで道は開けるのか

しかし、日経は、米国が対話に進むことを「思いとどまらせる」ことを提案する。ということは、安倍政権の「あくまでも日米同盟として強い姿勢を貫いて、経済制裁と軍事圧力の強化で北朝鮮を屈服させるべきだ」という非平和的解決の路線を支持するということだろう。

経済制裁は北の経済的崩壊が目標なのか。軍事圧力は北の軍事的壊滅が目標なのか。どこまで制裁と圧力を増せば相手が屈服してくるのか計測不能で、こちらがまだまだ行けると思っていても向こうは我慢できなくなって暴発する危険を回避することができない。

もちろん、制裁や圧力は戦術として有効な場合もあるけれども、それをやるには必ず落とし所を用意し、そこへ落とし込むための裏パイプも何重にも敷設して、硬軟両様・表裏一体で事を進めるのが外交というものである。

米朝間でさえすでに欧州ルートとニューヨーク国連本部ルートの裏パイプを持って相当に突っ込んだ腹の探り合いをする、したたかな二枚腰三枚腰の外交をしているというのに、日本は一枚腰で犬の遠吠えのようなことをしているだけである。

これでは、いずれ、およそ80年前に独ソ不可侵条約に直面した平沼騏一郎首相が「欧州の天地は複雑怪奇」と言って内閣総辞職したのと同様に、安倍首相が「東方の天地は複雑怪奇」と言って悶絶することになるのではないか。

「日本政府中枢のある人物」の困った発言

もう1つ、困った発言を挙げて吟味しておこう。『週刊文春』8月31日号の特集「北朝鮮核ミサイルは日本を狙っている」で、「日本政府中枢のある人物」がこう言っている。

いま我々が懸念しているのは、日米同盟にデカップリング(連動していたものが連動しなくなる)が起こることです。日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃するという従来の安全保障の枠組みは、そもそも「北朝鮮はアメリカを直接攻撃できない」ことが「前提条件」になっていました。それが今や北朝鮮によるアメリカ本土攻撃ができる状況になった。もし東京が攻撃された場合、アメリカはカリフォルニアを犠牲にしてまで日本を守るのかという新たな問題が生じたのです。

これが日本政府のどの程度の中枢にいる人物なのかは知る由もないけれども、言っていることのほとんどは虚妄である。

第1に、先にも述べたように、北が日本を攻撃するのは、米国と戦争状態に入った場合に在日米軍基地を叩くことがほとんど唯一のケースであって、「日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃する」という状況設定そのものが架空である。逆に言えば、日本が北の核ミサイル攻撃を受けるような状況では、米軍はすでに北との戦闘に入っているということである。

そういうことが何もないのに、或る日突然、北が日本にミサイルを発射してくるという危機シナリオは合理的でない。それでもそれを危機シナリオとして採用する場合は、金正恩が正気を失うかもしれないという想定に立たなければならない。ところがあらゆる戦略ゲームでは、米国にせよどこの国にせよ、どこかの国の指導者が正気を失うという場合を計算に入れて予め対応策を立てることは不可能である。例えば、トランプ米大統領が突然激高して核のボタンを押しまくろうとするかもしれないというのはあり得なくはないが、それに備えようとすることは全く無意味である。

第2に、「日本が攻撃された場合アメリカが北を反撃するという従来の安全保障の枠組み」などというものは、これまでも存在していなかった。それは重度の対米依存症という慢性病に苛まれてきた戦後日本の安保条約にかけた希望的観測のようなもので、確かに安保条約第5条には「日本国の施政下にある領域」で日米の「いずれか一方に対する武力攻撃」があれば「共通の危険に対処して行動する」と宣言されているが、この行動が必ず米軍による武力行使であって、それが自動的に発動されるということにはもちろんなっていない。

これは、仮に尖閣が中国によって侵された場合に必ず米軍が出動してくれるよう安倍政権がいくら懇願しても、米国が一度も確約したことがないことでも明らかである。

第3に、北のICBMが完成して初めて米国が被害を恐れるようになるのではない。今までも、韓国や日本の国民だけでなく、在韓米軍2万8,000人とその家族、在韓米国人約15万人、在日米軍5万人とその家族、在日米国人9万4,000人、それにグアムやハワイの軍民も、北の短・中距離ミサイルの射程に入っていたのであって、それらを見捨てる覚悟なしには米国は北にいきなり戦争を仕掛けることはできなかったし、今もできない。もちろん、それに加えて米本土が核被害に遭うことになればより深刻な事態であることは間違いないけれども、特別に「新しい問題が生じた」訳ではない。

間違った前提で間違った推論を立て間違った結論に至るという点で、この「日本政府中枢のある人物」も上述の日経記事と大同小異である。正気の戦略論を持たなければならないのは日本である。

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出典元:まぐまぐニュース!