秋山英宏 全米レポート(1)

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約1年前の中国・大連。WTA125Kシリーズの大会でノーシードの江口実沙が決勝に進出した。相手は第7シードのクリスティーナ・プリスコバ(チェコ)。江口は5-7,6-4,5-2と王手をかけ、サービスゲームのスコアは15-0。勝ち星に指先が届きかけたと思ったところで悲劇が起きた。

バックハンド側に振られた江口はクロスに切り返したが、その瞬間、左ひざの力が抜けた。本人には「ボキッ」という音が聞こえたという。

思わず叫び声を上げ、座り込んでしまったが、普通に歩けるし、駆けつけたトレーナーが患部に触れても痛みはない。スコアは30-0になっていた。切り返しのクロスは角度のあるボールになり、江口の得点になったからだ。優勝まで2ポイント。勝てば、目標にしてきたWTAランキング100位を突破できる。江口は左ひざをテープでがちがちに固め、コートに戻った。だが、その選択は誤りだった。「もう1回いっちゃって」。次のプレーで負傷が悪化。途中棄権以外の選択肢はなかった。

前十字じん帯と内側側副じん帯の完全断裂と半月板損傷。治療と手術、リハビリの日々が始まった。江口は、つらいはずの毎日を明るい口調でブログに綴った。手術の直前には楽天ジャパンオープンを観戦に訪れ、関係者に笑顔で接した。前向きな気持ちでいられた理由を江口に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「新鮮だった。リハビリの友だちが多くて楽しかった」

どこまでが本心か判断できないが、自分で自分を励ましながらのリハビリ生活であったことは容易に想像できる。

最初は夏前くらいに復帰できればと思っていたが、それより少し早く、5月の全仏予選でコートに戻れた。とはいえ、動きにはキレがなく、ボールへの反応も鈍かった。1回戦敗退。第三者の目には、実戦復帰を急ぎすぎたようにも見えた。だが、早い復帰には意図があった。その一つは、ボールへの反応が鈍っていたため、早めに復帰して実戦でそれを取り戻すことだったという。そうして、全米の頃に復調できればいいと考えていた。

その後、下部ツアーを転戦。ドイツの大会で2週連続4強入りするなど、徐々に調子も戻ってきた。「試合数を稼げて、試合勘も戻ってきたかな」。まずまずの手応えを持って全米に臨んだ。

スペシャルランキング(公傷制度)を利用してエントリー、当初は本戦枠に入っていなかったが、ビクトリア・アザレンカが欠場を表明し、最後の最後に本戦繰り上がりが決まった。「去年、頑張っていたから、そのご褒美なのかな」と幸運を受け止めた。

組み合わせ表で1回戦の相手の名前を見て、思わず笑ってしまった。大連で大けがを負った試合の対戦相手、Kr・プリスコバだったからだ。

初めてのグランドスラム、初戦でこの相手と当たるとは「何か意味があるのかな」。不思議な巡り合わせを感じた。

だが、本番では奇跡は起きなかった。反応はまだ遅く、「スピードも走る量も相当落ちている」のが分かった。四大大会デビュー戦は、2-6,2-6、わずか57分で決着した。

「ちょっとまだ、間に合ってなかったですね」

江口は苦笑で振り返った。

ともあれ、船は再び前に進み始めた。コートでの動きを見ればまだ楽観はできないが、少なくとも、四大大会初出場の高揚はケガで過ごした落胆の日々を埋め合わせただろう。「禍福は糾える縄の如し」の言葉もある。大きな波にもまれた1年だったが、頑張っていればいいことあるぞ、の実感は今後、折れそうになる心の支柱になるに違いない。

(秋山英宏)

※写真は「全米オープン」1回戦でクリスティーナ・プリスコバに敗れた江口実沙

2017 US Open Tennis Championships - Day 1

NEW YORK, NY - AUGUST 28: Misa Eguchi of Japan returns a shot to Kristyna Pliskova of Czech Republic on Day One of the 2017 US Open at the USTA Billie Jean King National Tennis Center on August 28, 2017 in the Flushing neighborhood of the Queens borough of New York City. (Photo by Steven Ryan/Getty Images)