今年1月にタイ2部リーグのエアフォース・セントラルFCに移籍した高木。36歳で新たな挑戦に踏み出した。写真:佐々木裕介

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 6大会連続のワールドカップ出場を懸けたオーストラリアとの“決戦”を8月31日に控え、招集メンバーも発表され、日本代表の周辺が何かと騒がしい。
 
 遡ること9年前、南アフリカ大会のアジア予選を戦った日本代表戦士がひとり、今季からタイ2部リーグでプレーしている。名前は「高木和道」。昨季はジュビロ磐田に籍を置いたが不遇のシーズンを送った。公式戦出場400試合強もの実績を持つ彼が、J1名門クラブからの契約延長提示を断ってまで選んだ36歳での海外挑戦、微笑みの国でのあれこれを聞かせてもらった。(取材・文:佐々木裕介)

 
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――チーム(タイ2部所属、エアフォース・セントラルFC/以下、エアフォース)の調子が良いですね!
 
「目下10連勝中で首位、絶好調です!(笑)点が取れずに苦戦していたチームを救ってくれているのがケイン(ヴィンセント・ケイン/元C大阪、鳥取、岐阜)。怪我が癒えてからの彼の活躍は凄まじくて」
 
――今年1月、タイ2部への移籍が報じられた際には正直驚きました。移籍の経緯を聞かせていただけますか?
 
「昨季タイ2部リーグの冠スポンサーがYAMAHAだった絡みで、昨年末にエアフォース幹部が磐田までジュビロの施設視察に来ていたんです。私は海外挑戦を理由にジュビロからの提示を断らせてもらった後だったんですが、好意でクラブ施設で自主トレをさせてもらっていたタイミングでした。海外での移籍チャンスを探っていた私は、自ら意思表示をしてみたところ興味を持っていただけて、オファーが届いたという流れです」
 
――中々ないドラマティックな巡り合わせ。高木選手、“持って”いますね。
 
「エアフォースというクラブと出会えたこと、以前にも日本人選手が在籍していたことで免疫があるクラブだったこと、そのチームの監督が英語が出来たこと、日本語が話せる良きチームメイトがいたこと、練習時間も含めた生活サイクルが自分に合っていたこと、家族も望んで一緒に来てくれたこと。いろんな偶然が重なっていて。しかし不思議な程にツイていますよね(照笑)」
――ジュビロ磐田からの契約延長提示、また他のJクラブでも活躍の場はあったと思うのですが?
 
「日本でプロ選手として持っていた志が、気持ちとしてひとつ終わったのかなと。昨季リーグ戦出場なしという状況下で、日々の取り組む姿勢を評価をしていただいたことに名波さん(名波浩監督)やハットさん(服部年宏強化部長)をはじめ、ジュビロ磐田への感謝の気持ちはありました。ただ私のなかでは、試合に出られないのに選手である意味があるのかと。正直引退も考えましたし。選手なんだから試合に出てナンボだろうということなんです」
 
――日本での挑戦よりも、選手として自ら輝けるステージが海外にあるだろうと?
 
「家族で話し合い『皆で海外に住もうよ』と、皆の気持ちが一致したのが大きかったんです。ならば選手として行けるうちにチャレンジしてみようと」
 
――なるほど。しかしいつも“瞳を輝やかせ”ながら話してくれますよね。初めてお会いした時からそう感じていたんです。日々が充実しているのでしょうね。
 
「タイへ来た当初は家族もまだ来てなくてひとりで、信じられないことの連続でイライラしていましたよ。日本と比較したりね。でもそれじゃダメだなと。いろんな方々から話を聞かせてもらって、まずは考え方や気の持ち方を変えようと。そして慣れ親しんだ日本の組織的な守備は理解され難い土壌なので、自らのサッカー自体も変えたんです」
 
―――海外挑戦のチャンスをくれたクラブの待遇はどうなのでしょうか?