8月26日から白馬ジャンプ競技場で開催された、サマーグランプリ白馬大会。これまで3戦3勝のダビド・クバツキ(ポーランド)など、グランプリ総合ランキング10位までの選手は出場せず、ここまで目立った活躍ができていない日本勢にとっては、挽回のチャンスとなる大会だった。


優勝した兄の小林潤志郎(中央)と2位の陵侑(左)

 競技前日の公式練習と予選で好調さをアピールしていたのが、「この大会にピークを合わせていた」という小林陵侑(りょうゆう/土屋ホーム)だ。1本目は126mを飛んで飛距離点とウインドファクターを合わせた得点は2位。2本目も122mを飛んで7位につけると、予選となった3本目は弱い追い風になった中で126.5mを飛び、五輪2冠×2回の実績をもつベテランのシモン・アマン(スイス)を抑えて1位通過を果たした。

 昨季は世界選手権代表になったものの、最後のラージヒル団体のみの出場。W杯もフル参戦しながら30位以内には一度も入れず、ポイント0という屈辱を味わった。雪辱を期す今季は、チームの宮古島合宿で筋力をつけ、スキーも試しながら替えるなど意欲的に取り組んでいた。

 26日の第1戦では、1本目が秒速0.81mの追い風。それでも「そんなに悪いジャンプではなかった」というように、122・5mを飛んで4位につけて好調をアピールする。だが2本目はひとり前からゲートを下げられたうえ、ちょうど追い風が強くなった時に当たってしまい、118.5mで11位まで順位を落とした。

 その代わりに結果を出したのが、兄の小林潤志郎(雪印メグミルク)だ。1本目はこの日の平均風速よりやや強い0.39mの追い風ながら、130mを飛んで2位に7.6点差のトップに立った。そして、最終ジャンパーになった2本目は、追い風で前の選手たちが次々と失速するなかで、「少し緊張して、あまりいいイメージを持てなかったですが、思い切って飛んだ」というジャンプを見せる。少し風速が弱くなったことも幸いし、125.5mにまで飛距離が伸びた結果、逃げ切り優勝となった。

 グランプリの優勝は、2015年9月のアルマトイ大会以来。26歳の潤志郎は15年世界選手権にも出場した中堅といえる立場だが、昨シーズンのW杯出場は札幌大会を含めて8試合のみと、5歳下の陵侑の後塵を拝す状況になっていた。だが、「以前は飛ぼう飛ぼうと思い過ぎていたアプローチの意識を変えて、組むことに集中できていると思う。グランプリでは、なかなか結果が出せなかったですが、転戦中に形状の違うジャンプ台で練習し、そのなかでアプローチの感覚をつかみかけてきていた」と言うように、この日は追い風のなかでも安定した踏み切りができていた。

「前回優勝した時は、1本目10位からみんなが落ちてきての優勝でしたが、今回は1本目が1位で2本目もそれを守る、すごくいい終わり方ができたと思う。以前は練習でうまくいかなくても試合ではギリギリよくて、というのが多かった。今は練習で、いいジャンプができているところが違う。アプローチが本当に安定して、動きにつながるようになった」

 こう言う潤志郎は、陵侑が昨季のW杯フル参戦を果たしたことも含め、「悔しいことやうまくいかないことがたくさんあったんですが、それがあったからこそ今があるのだと思う」と前向きに捉えている。

 世界と戦うためには1回だけの優勝で終わらせてはいけないという意識で臨んだ27日の第2戦。試合は前日の追い風とは違って、向かい風基調で条件がクルクル変わる難しい戦いとなった。

 1本目で大ジャンプを見せたのは、2日前の公式練習から6本目にしてやっと強い秒速1.08mの向かい風をもらった陵侑だ。この日の最長不倒距離となる134.5mを飛んでトップに立った。兄の潤志郎も風向きが目まぐるしく変わるなか、130mを飛んで陵侑に9.3点差の2位につけた。

 他の日本勢は軒並み風の悪い条件に当たってしまい、竹内拓(北野建設)は16位、伊東大貴(雪印メグミルク)は23位。葛西紀明(土屋ホーム)は28位と厳しい状況。ふたりの調子のよさもあり、小林兄弟のワンツーへの期待が高まった。

 2本目には葛西が129.5m、竹内が131mで会場を沸かせるなか、まず潤志郎が2本目の平均風速を大きく下回る秒速0.28mの向かい風の中で126.5mまで飛距離を伸ばし、合計244.8点でトップに立つ。最終ジャンパーだった陵侑は、それより弱い0.18mの向かい風で120mという結果となったが、それでも1本目の貯金を生かして合計を241.5点とし、兄弟ワンツーを決めた。

「1本目にやっと風が来たので『今日はいいぞ!』と思ったけど、長くは続かなかったですね。普通に飛べば優勝だと思っていたので、メチャクチャ悔しいです。初めてグランプリの最終ジャンパーになったのですごく緊張して、葛西監督には『緊張したら昨シーズンのW杯でノーポイントだった悔しさを思い出せ』と言われていたので。でも、行こう行こうという気持ちになってしまい、踏み切りのタイミングも早くなってしまって……」

 陵侑はこう言うが、潤志郎は「得点差を見て絶対に勝てないと思っていたので、陵侑のジャンプの時は『優勝してくれ。飛んでくれ』と思って見ていました。120mに終わった時は自分が勝ったかなと思ったけど、あとはふたりで表彰台に上がりたかったので2位でいてくれという気持ちが強かった」と笑顔を見せる。

「ちょっと複雑な優勝だったけど、納得いくようなジャンプはできたと思います。でも今回はトップ選手が来ていなかったので、その中で戦ったらどうなるかというのが課題です。優勝はうれしいですが、このあとのグランプリ最終戦や冬の初戦に向けてしっかりやっていかなければいけない。葛西さんや大貴さんは冬に向けてやっていると思うので、それに追いつけるようにしたいと思います」(潤志郎)

 今回のふたりの大量ポイント獲得で、サマーグランプリ終了までのワールドランキングで決まるW杯出場枠も、最大の6を得られそうな状況になりつつある。それとともに小林兄弟が、平昌五輪の代表候補に浮上したのも確かだ。

「兄弟で五輪に出られたら最高なので、それを目指したいですね。団体戦もふたりで4枠目を争うのではなく、ふたりとも出られるようにしたいです」と話す潤志郎に対して、陵侑は、「兄は僕がジャンプを始めるきっかけになった人なので、ずっと目標にしていました。でも今はライバルです」と対抗心を燃やす。

 日本チームは長らく葛西と伊東、竹内の3強がリードし、その下はなかなか確定しない状況が続いている。だが今回の結果に続いて、26歳の潤志郎と20歳の陵侑が、互いにライバル意識を持って戦っていけば、その構図も変化する可能性がある。さらに今回の小林兄弟の好成績は、伸び悩んでいる中堅や若手選手にも刺激を与えたはずだ。

 日本男子ジャンプに地殻変動を起こすという意味でも、今回のふたりの活躍は大きなインパクトを与えるものになった。

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