divorced-01.jpg

写真拡大

<1996年8月、チャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚が正式に認められた。英王室を去ってからわずか1年後、97年8月にあまりにも早すぎる死を遂げるまで、ダイアナはどのような時を刻んだのか。ゲッティイメージズの写真とデジタルアーカイブのディレクター Bob Ahern のコメントで振り返る>


ダイアナが徐々に「People's Princess」として変わっていくことによって、王室に対する印象も変わっていった。アフリカ・アンゴラでは地雷に対する意識を高めるために地雷撤去作業中の地雷原を歩いたのは広く知られている。写真には偏見や汚名を覆す力がある。没後20周年を迎えるにあたって、改めてそれが感じられる。(Bob Ahern)

【参考記事】ダイアナ悲劇の死から20年、活発化する暴露の動き
【参考記事】ダイアナが泣きついても女王は助けなかった 没後20年で肉声公開へ

バッキンガム宮殿がチャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚を発表。ダイアナはパパラッチに追いかけまわされた(1996年07月12日) Martin Godwin/Getty Images

ニューズウィーク日本版ウェブ編集部