現状がどうであれ、実績ある切り札が途中から出てくるのは、相手にとって大きな脅威となる。98年フランスW杯では、三浦知良がベンチにいれば状況は変わったと考える者は少なくなく、実際に対戦相手は彼の選外で心理的な負担が減ったと認めている。 (C) Getty Imaegs

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 8月31日、「ハリルジャパン」はロシア・ワールドカップのアジア最終予選の大一番、オーストラリア戦に臨む。

「勝てばW杯本大会出場」
 
 大事な切符が懸かった、乾坤一擲(けんこんいってき)の試合になるだろう。
 
 相手の力を考えれば、引き分けでも悪い結果ではないが、それだと予選突破に向けて黄信号が灯ってしまう。最終戦はアウェーでのサウジアラビア戦である……。もしオーストラリアに負けた場合は、プレーオフの準備もせざるを得なくなるだろう。
 
 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は2015年3月の初陣(チュニジア戦)以来、わずかずつだが、その戦いのかたちを作りつつある。
 
 2016年10月、オーストラリア戦の前半は戦術的にはほぼパーフェクト。ハイプレスとリトリートを混ぜ合わせたディフェンスは堅牢で、カウンターは鋭利だった。完全に、オーストラリアを凌駕していた。
 
 同年11月のサウジ戦も、前半はスロースターターだったが、後半には力の差を見せ付けている。ポゼッションを高めることで、守備と攻撃の安定を高めた。
 
 この2試合が「ハリルジャパンの期待値」に置き換えられるだろう。
 
 これらの試合で戦術的キーマンだったのは、本田圭佑(パチューカ)だ。
 
 彼はオーストラリア戦では、トップとして先発している。慣れないポジションだったにもかかわらず、プレスのタイミングや強度、リトリートでの守備のフタとして、大きく貢献した。
 
 攻撃では、カウンターの預け役として模範的な角度と強さでポストに入り、スイッチを入れている。再びゴール前に入っての決定的シーンを外した点は、画竜点睛(がりょうてんせい)を欠いたと言えるが、タクティクスを運用する軸になっていた。
 
 サウジ戦、本田は後半からの交代出場になったが、ポゼッション力を高めることで攻守を安定させ、繋ぐところでの厚みを加えている。
 
 決勝点になったシーンでは、左サイドに自らボールを動かしてタメを作りながら長友佑都の攻撃参加を促し、見事に決勝点をアシスト。ボールを持った時のアイデア、果断さ、工夫は傑出していた。
 その一方で、本田はミランで出場機会をなくし、実戦の少なさが危ぶまれてきた。実際にプレーの勘を鈍らせているのは間違いなく、とりわけゴール前での仕事に入った時にその色が濃厚だった。それゆえ、「本田不要論」が渦巻いているのだろう。
 
 ビジネスマンとしての側面が表出している点や、メキシコのパチューカでデビューしたばかりという状況など、ネガティブな点を挙げればきりがない。
 
 しかし、決戦を前にして、モノは捉えようではないだろうか。
 
<本田をベンチに置ける>
 
 それは、ひとつのアドバンテージと言えるだろう。チームがバランスを崩した時に状態を戦術的に健全にできるジョーカーが、ベンチに控えることになる。それだけの力が、経験豊富で胆力に優れた本田にはある。
 
 何より、オーストラリア、サウジの陣営が、本田の存在を必要以上に警戒するだろう。
 
 これまで手ひどくやられてきた経験は、簡単に拭い去れるものではない。恐れとまではいかなくても、緊張を与えて迷わせる、という効果は間違いなくあるだろう。本田がベンチを出てアップするだけで、駆け引きの部分では優位に立てるはずだ。
 
 拮抗した試合では、こうしたディテールが勝負を分ける。
 
 果たして、指揮官は切り札を上手に使うことができるだろうか。
 
文:小宮 良之
 
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、今年3月にはヘスス・スアレス氏との共著『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』(東邦出版)を上梓した。