「日本はもっと賢く強くあってほしい」台湾の元外交官による問題提起とは?【評論家・江崎道朗】

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【江崎道朗のネットブリーフィング 第19回】
トランプ大統領の誕生をいち早く予見していた気鋭の評論家が、日本を取り巻く世界情勢の「変動」を即座に見抜き世に問う!

◆アメリカは一枚岩ではない

 中国や韓国だけがアジアではない。インド、ASEAN諸国、台湾、モンゴルとアジア太平洋地域には多くの国があり、その歴史観も多様だ。

 烏山頭ダムを建設した八田與一技師像などにお参りするため8月に台湾を訪問した際、台湾の元外交官、張文仁氏とお会いした(八田與一像は元台北市議の男らによって今年5月に破壊されたが、地元の皆さんの努力で直ちに修復されていた)。

 1933年生まれで1998年まで実に30年間(そのうち東京で5年、沖縄で5年の計10年間は日本勤務)、外交官生活を送った張氏は、戦前・戦中・戦後の近現代史についても詳しく、先の大戦についても、いわゆる「日本だけが悪かった」史観ではない。

 張氏は、ルーズヴェルト一族が中国のアヘン取り引きで財をなしたと指摘する。

「ルーズヴェルト大統領の母方の大祖父と大叔父は若いとき、香港で商売をして一大家財を作った。中国に阿片を売ったのでした。そして彼の一族は、中国は大きな餅で、アメリカも是非食べたい、日本に独り占めにさせてはならぬと思った」

 そう考えて日本に圧力をかけたのが、民主党のF・ルーズヴェルト政権であった。いまも昔も、アメリカは一枚岩ではない。民主党と共和党とでは、対日政策も異なる面が多い。戦前、日本に経済的圧力をかけた民主党のルーズヴェルト政権に対して、野党の共和党はどちらかと言えば、対日協調派であった。

 意外かも知れないが、日本との貿易を重視している経済界を支持母体としている共和党は当時、ルーズヴェルトの対日圧迫外交に反対していたのだ。日本でも、自民党の安倍政権と、民進党とでは、対米政策が大きく異なる。

 ところが、日米戦争前の東條英機政権は、対日協調を主張していた野党の共和党には目もくれず、ルーズヴェルト民主党政権の「対日挑発」に乗ってしまった。東條首相は傑出した軍人であったが、挑発に乗って日米戦争に踏み切ったのは判断ミスではなかったのか、というのが張氏の主張だ。

◆東條政権、四つの判断ミス

 それでは、東條政権の対米政策のどこが問題であったのか。

 張氏は、あくまで一個人としてながら、東條政権の対米政策について、次の4点の判断ミスを指摘している(以下、張氏の論文を要約した。文責は筆者にある)。

 第一に、ルーズヴェルト政権は1941年11月、ハル・ノートを突きつけた。内容は、日本の軍隊が中国大陸の華北、華中、華南から満洲事変以前の一線まで撤退しないと、石油とくず鉄を日本に売らないと脅したものであった。東條総理は、このハル・ノートによって日清・日露戦争で得た戦果をことごとく失うと判断したが、これは誤りであった。ハル・ノートには、台湾、朝鮮半島、千島列島、北方領土からの撤兵などは書いていない。

 第二に、このハル・ノートでは日本に対して、「華北などから撤兵しないと、アメリカは石油やくず鉄を売らない」と恫喝している。東條政権は、アメリカから石油やくず鉄を輸入できなくなると、日本の生存と発展に影響すると考えた。しかし、日本の倉庫の中には、大量の石油とくず鉄があり、それを使って中国を攻めれば、中国は潰れていた。中国が潰れれば戦争は終わりであった。なぜ東條政権は、アメリカを攻める必要があったのか。

 第三に、アメリカの国民性を東條政権は理解していなかった。アメリカは坊ちゃんの国だ。他国、つまり中国を助けるために自分の夫や子供、父親を戦地に送るような人はいなかった。大統領が対日戦争をしたくとも、議会が許可しない。議会が許可したとしても、アメリカ世論が許さなかった。言い換えれば、東條政権がハル・ノートを受諾しなくとも、アメリカを攻める必要はなかった。日本がアメリカを攻撃しない限り、アメリカは対日攻撃に踏み切れなかった。東條政権は、アメリカの国民性をよく理解していなかったのだ。