30年以上の歴史があり、東京進出を目指さず、地元に愛されている会社を地方在住ライターが訪ねる「地方豪族企業」ルポ。後編は、長野に移住したライターの北尾トロ氏が高知、福岡、三重に根を張る豪族領主を取材。人口減・ニッポンを生き抜く知恵がここにある。(前編より続く)

文・写真:北尾トロ/出典:週刊文春2017年8月3日号

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 繁華街の一角にその店、『くいしんぼ如月』はあった。午後7時、行列ができるほどじゃないが切れ目なく客が訪れては出来たての弁当を買っていく。家族で食べるのか、まとめてオーダーする客がいても、厨房とレジを3人で回すスタッフは慣れた手つきでカツを揚げ、飯を盛り付け、瞬く間に弁当箱に詰めてしまう。見事なチームワークだ。

 店舗はコンビニと弁当屋の合体型。1977年創業の(株)きさらぎによって、高知県内で20店舗が運営されている。年商は約17億円(2015年3月実績)。強豪ひしめくコンビニ・弁当業界で、地域密着のローカルチェーンがこの数字を叩き出しているのは大健闘の部類に入るだろうが、雰囲気はいたってのんびり。マニュアルを使うどころか高知弁全開でお客さんとやり取りしている。和むなぁ。


如月は高知の元祖コンビニ

 チキン南蛮弁当を買い、宿泊先のホテルに持ち帰った。高知県民なら知らぬ者はいないと噂され、ソウルフードと言い切る人までいる名物弁当。高知出身の友人は、地元を離れた後で他県には一軒もないと気づいてショックを受けたそうだ。以来、帰省するたびに必ず食べるばかりか、わざわざ東京まで持ち帰るらしい。いったいどんな味なのか、興味津々で食べてみると……意外に普通だ。甘みのあるソースは独特だが、飛び上がるほどの味とは思えない。そもそもチキン南蛮は宮崎県の名物。それがなぜ、高知でソウルフードに。


南蛮のバリエーション

 翌朝、川村栄一社長に尋ねると気の抜けたような答えが返ってきた。

「35年ほど前だったか、宮崎にゴルフに行ったとき食べたチキン南蛮がおいしかったから、ウチでもやってみようと肉の漬け込み方法やタレの研究をして商品化したんですよ」


本音全開の川村・きさらぎ社長

 なんだそれ。社運を賭けて県民に勝負を挑んだというようなドラマチックな裏話はないのか。

「まったくの偶然です」

 しかも、味の決め手となる“オーロラソース”を開発したのは店で働くパートの女性。誰が作ったかなんて問題ではないのだ。

「人気が出た頃、ファミレスのメニューにチキン南蛮が登場したんですよ。小さな字で“如月さん真似してすみません”と書いてあって。ありがたかったね」

 類似商品を出されても、目くじらを立てるどころか名誉なことだと喜ぶ。結果、人気はますます高まり、チキン南蛮を地元の名物だと信じて疑わない県民が続出するまでになった。年に1日の感謝デーには、チキン南蛮弁当目当ての客で交通渋滞になり、1日で2万食が売れるそうだ。

 創業当時は惣菜をスーパーに卸すのが事業の中心。1981年、東京で弁当屋チェーンが人気と聞き、テイクアウトの弁当屋を3店舗開店する。ところが、立地のいい場所に出した2店舗は赤字で、工場前の空き地に“ついでに”出した店だけが好調だった。近くに市場があったため、ここだけが24時間営業だったのだ。


社長スペシャル弁当

 ならば我が社は全店24時間営業で行こうと決めた。コンビニなど影も形もない時代、高知の夜を『くいしんぼ如月』が明るく照らした。そして後には自ら、コンビニ併設の弁当屋になってしまう。まさに時代の先取りだ。

「ホメていただくのは嬉しいけど、それも狙ってやったんじゃないき。お客さんが欲しがるものを仕入れて売り出したら、あれも置け、これも置けと。だいたい、コンビニというものを知らんのだから。後になって“本物”がきたときは驚きました、ははは」

 豪快に笑う川村社長は2代目。初代と血のつながりはなく、流通関係の仕事に従事しながら、創業当初から友人として協力してきた関係だった。ところが、1991年に初代が病に倒れ、2代目を直接頼まれた。断ったら友人は気を落とすと考え、親族の了承を条件に引き受けたという。

『くいしんぼ如月』が地元にこだわるのは目の届く範囲で商売をしたいから。フランチャイズ展開せず直営店のみなのも同じ理由からである。ここ数年、弁当に強いセブン-イレブンの進出で守りの経営を余儀なくされていたが、閉店した他のコンビニ跡地に出店するなど反撃態勢を整えつつある。値段競争はせず、大手企業にも負けない知名度と麺類まで扱う多彩なメニュー、リピーター率の高さで勝負をかけるつもりだ。

「ウチを真似したら潰れる」

 勝負といえば、昨春、同社は24時間営業から完全撤退した。店の根幹を担う深夜の売上げを捨てるのは、人手不足の深刻さを肌で感じているからだ。厨房で調理して出来たてを弁当にするスタイルだから、アルバイトには任せにくい。ならば、一時的に経営が苦しくなっても、店の営業時間を変えるほうがいい。


24時間営業から完全撤退

 24時間営業したくても働き手がいない。そして、その後には超高齢化による深夜帯の需要激減がやってくる。おそらくこれは5年後、10年後に日本中のローカルで起きることだ。“野生の勘”でいち早く24時間営業を開始し、コンビニのない時代にその要素を取り入れた如月は、時代のフロントランナーになっているのかもしれない。

 それにしても、全店で実施するとは。

「高知の県民性で、中途半端は嫌われる。やるなら潔く全部。それしかないき。さてと、昼ごはん食べましょうか」

 チキン南蛮弁当を川村社長と一緒に食べた。なぜか昨日よりおいしい。僕は早くもオーロラソースの虜になりかけているのだろうか。


如月の店内

博多のソウルフードは、ダシを吸って“麺が増える”うどん

 博多の食と言ったらラーメンを思い浮かべるだろうが、地元の人に尋ねると、腰のないヤワヤワなうどんこそソウルフードと答える人が多い。中でも愛され度ナンバーワンは通称“マッキー”こと『牧のうどん』だろう。麺がダシを吸ってふくらみ、食べても食べても量が減らないどころか増えていくため、やかんに入った継ぎ足し用のダシが付いてくることで有名。一度訪れたら忘れられないほどインパクトが強いローカルチェーンだが、店舗数は18にすぎない。ライバルがひしめくこの地で、1973年の創業以来ファンを増やし続けている理由は、麺が増えるからだけではないだろう。


福岡で知らぬ者なし


ごぼてんうどんとかしわめしのセットで600円

 そう思って、(株)釜揚げ牧のうどんの畑中俊弘社長に話を聞いたら仰天した。マッキーが愛される理由は、よそが真似しようとしてもできない「非効率さ」だったのである。

 まず、ダシにコストをかけている。売上高の7%が昆布のコストなのだ。しかも前述のようにダシ使い放題のスタイルときている。カレーうどんもひどい。材料費のかけ過ぎで売れても儲からないのだが、それで定着しているから味も値段も変えられない。唐揚げに至っては原価7割だ。どうかしている。

 つぎに、厨房の面積が異様に大きい。巨大な釜揚げの機械がどーんと置かれているため、小さな店舗づくりが不可能になっている。しかも、生麺から40分かけて茹で続けるので、注文が入らなければロスが出てしまう。薄利多売でないとやっていけない商売なのに、わざわざロスの避けられない製造システムを採用しているのだ。


大きすぎる(!?)厨房

「だから、ウチを真似した店はみんな潰れてしまうんですよ」

 マッキーはロスした麺を売るノウハウを持っている。だが、真似した店は余った麺の処理に困ってみんなつぶれるので競合相手に悩まずに済むのだ。

「8年前に会社を受け継ぎましたが、創業者の父が穴だらけの経営をしてきたので、ビジネスモデルとして変なんです(笑)。おかげさまで、客席を減らしてでも広い厨房を作るというバカなことをやってる店はウチだけです」

 うどん作りの追求と過剰なサービス精神で突き進んだ先代の手法にあきれつつ、畑中さんはビジネスモデルを一新する気配がない。利益を追求する企業なら避けそうなことを貫いているのはなぜか。どうもマッキーは企業意識が薄いようなのだ。うどん屋が大きくなっただけと社長が言い切るもんなあ。その言葉に嘘はないと思えるのは、いまいる場所が、社長室とは思えないほど質素な部屋だからである。そこに使う金があればダシに凝りたい。良いと思う材料を試し、新商品開発したい。

 決めているのは安易な値下げや値上げをしないこと。ここの値段は博多のうどん屋全体の相場に影響するからだ。

 博多駅前にも店舗はあるが、基本は車で来てさっと食べてもらう郊外型。本店(敷地1000坪!)ではランチタイムになると1時間に200食の注文をさばく。20秒に1食のハイスピードを熟達のおばちゃんスタッフが笑顔でこなす様子は見事としか言いようがない。

社員旅行は子どもの費用も負担

 てきぱき動きながら客と雑談し、ダシが足りなくなる前にさっと追加を届け、ついでに新しい注文も取ってしまう。

 製麺所からの配送時間を考え、店舗は工場から2時間以内限定。首都圏への出店依頼もくるが、それはあり得ないとそっけない。

「仮に出店するとしたら、広大な敷地に加え、工場を建てなければなりません。そこまでやったら失敗は許されないし、社員の負担も増えるじゃないですか」

 勢力の拡大より、従業員にとって居心地の良い会社であるほうが重要だという。同社では粗利の約6割を賃金に充てるだけでなく、60歳以下の従業員すべてを正社員として採用(家庭の事情など本人の希望でパート勤務の人はいる)。アルバイトを使ってコストを抑えるのではなく、定着率を上げて店の総合力をアップする。人手不足に悩むナショナルチェーンが追随しそうな考え方だ。

「社員旅行も毎年行きます。女性が多いから和気あいあいの雰囲気で、参加率も高いですよ」

 ハワイや国内観光地など、行き先はいろいろ。去年は7班に分かれ、大阪のUSJに遊びに行ったそうだ。子どもがいる人は、その分の費用も会社が負担する。

「いつも忙しいので、年に一度くらいは」

 面倒見いいなあ。株式上場企業なら、こうはいかないだろう。

 話を聞いていて、昭和っぽさを感じてしまうのは僕だけだろうか。大切にされていると思えば従業員のモチベーションは上がり、仕事に好影響を及ぼす。リストラに怯えることなく、のびのびと働ける。客も居心地がよく、また来たくなる。

 そんな気持ちが、誰かが冗談で使い始めたマッキーという愛称を、“みんなの呼び方”として浸透させたのではないだろうか。

伊勢の台所『ぎゅーとら』

 伊勢市を本拠地に、三重県全域で28店舗を展開する『ぎゅーとら』は、売上高356億円の総合食品スーパー。県内2位の堂々たる規模だ。


伊勢の台所

 伊勢出身者が口々に言うのである。自分は『ぎゅーとら』のコロッケとかつ丼で育った、と。僕には惣菜にそこまで思い入れのあるスーパーはない。


カツ丼。量がハンパなし!

 味がいいのか。そうだろう。調べると、『ぎゅーとら』の前身は、伊勢市出身の創業者が1929年に大阪で開いた精肉店『うし虎』だった。その店が、戦後伊勢市に戻り、1958年からスーパーを出店し始める。


コロッケ

 当然そこには、子ども達が大好きなコロッケやかつ丼があったに違いない。でも、それだけで年間76万食、2億7000万円ものかつ丼が売れるだろうか。

 5代目となる清水秀隆社長は『ぎゅーとら』をただのスーパーとは考えていない。味、品質、値段だけでは資本力に勝る全国チェーンに押されてしまう。自分たちの武器は何か。コロッケやかつ丼に見られるように、客が“我が家の台所の延長”として来店してくれるところだ。

「三重県の他の地域では『ぎゅーとら』と呼ばれますが、伊勢市では親しみを込めて『ぎゅーとらさん』なんです。この意味とありがたさを、我々は真剣に受け止めないといけない」

 全社員にとって、丁寧な接客はあたりまえに、料理教室や試食会はやるのが当然のことになり、それ以上を考えるようになる。ただし、その方向は一風変わっている。清水社長の趣味は音楽で、若い頃はバンドを組んで活動していた。その自分が地域のためにできることとして個人的に始めたのが、イベントなどのテーマソングを頼まれてもいないのに作詞作曲することらしい。

「こっちから出向くしかない」

 果たして喜ばれているのかと突っ込みたくなるが、この過剰さこそ同社の伝統。3代目社長は敬老の日にお年寄りの好きな寿司を老人ホームにプレゼントし、いまでは毎年、近郊のホームを巡回している。幼稚園や小学校に着ぐるみをきて餅つきに行くのも定番行事で、運動会や遠足の前日になれば店の入口に巨大なてるてる坊主をつるす。

 そして現在、もっとも力を入れているのが移動販売による地域貢献だという。

「大手スーパーは採算が取れなければ撤退しますよね。地元スーパーは商売をやめてしまうところもある。そうなると、近距離にスーパーがない“買い物難民”が増えてしまいます。そのエリアでウチを信用してくれる人が困っているなら、こっちから出向くしかないやんと」

 移動販売車は現在5台。まだビジネスにはなっていないが、1日に1車両10万円売れれば50車両で500万円。これは平均的な店舗一軒分の売上に相当し、そうなればビジネスとしても成立するのだ。それに留まらず、行政と見守り協定を作り、高齢者やハンディキャッパー宅への訪問も始まった。目指すは押し売りをしない御用聞きらしい。

 三重県は大手流通グループ、イオン創業の地でもあるが、グローバル化を推し進めるイオンはあまりに巨大で、視野にすら入らない存在だそうだ。

「イオンさんは県民の自慢であり憧れです。であれば、ウチは地元の皆さんの台所を支える存在になりたい。少なくとも私の代での他県進出は考えていません」

 唯一の悩みは、会議が短いことだという。短くて何が悪いのか尋ねたら、清水社長が真顔で言った。


ぎゅーとらの清水社長

「話におもろいオチをつけないと社員から文句が出る。どうやって笑わそうかと、仕事中もそればかり考えてしまうんです」

 取材した企業に共通するのは、効率を最優先にしない経営法。創業以来の社風を残しながら、ひらめき重視でやってきたら、たまたまうまくいってしまったようにも思える。しかし、おそらく彼らは知っているのだ。中央を目指す企業が効率化のために切り捨てる部分こそが、利用者にとってメリットになることを。

 でも、それだけでは会社が潰れてしまう。彼らにはもう一つの共通点があるのだ。それは、大手チェーンと値段競争をしないこと。ファンが多く、最安値を目指さなくても利益を確保できるから、その分を社員に還元できる。社員も地域住民の1人であり、大切にすればするほど長く働いてもらえるのだ。地方の小さな企業が生き残っていくための戦略として優れていると思うのだが、彼らはきっとこう言うだろう。

「いやいや、偶然そうなっているだけですから」

きたおとろ/長野県松本市在住。1958年福岡県生まれ。町中華探検隊隊長。著書に『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』、近著に『猟師になりたい!』『欠歯生活』など。FMまつもと「北尾トロのヨムラジ」パーソナリティ。

おおみやとうよう/蒲郡市在住。1976年埼玉県生まれ。著書に『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)など。読者との交流飲み会「スナック大宮」を東京・愛知・大阪のいずれかで毎月開催中。

(北尾 トロ)