夏の夜には欠かせない線香花火(から)


 「シンギュラリティ」というSF話があります。

 AIの能力が人間を超えるという設定ですが、最初に結論を言ってしまうと、株価維持のための成長目標のように使うならまだしも、単に方便であって、そんなものは存在しません。仮構に過ぎない。

 しばしば言及されるレイモンド・カーツワイルの議論を「人工知能の権威」などと考えるのは笑止な話で、現実に彼は実業家、企業家にほかなりません。

 ヒト・モノ・カネの流れを作る情報発信そのものを、営利のそろばん勘定もしっかり入れながら検討している。それを科学的な事実や、技術的な限界のように言うのは、単に間違っていると言うしかない。

 ビジネスあってのポジショントークとして、9割値引きして はいはい と聞くのが、大人の分別と思います。

 「コンピュータ―は人間を超えるのか?」

 そもそもこの問いが、大きく間違っている。例えば、もし

「ネコはイヌを超えるのか?」

 という質問をする人がいるなら、「バカバカしいことを訊くなぁ」と呆れて終わりになるかもしれません。

 例えば、多くのネコは木に登りますが、多くのイヌは上れません。お魚くわえたドラネコ、をイヌは裸足で追いかけ、木の上でのうのうと食べる猫に吠えるしかないかもしれないけれど、だからと言ってそれが

「ネコはイヌを超えた」

 などと言っても意味はない。番犬が吠えるので空気銃を持った飼い主に狙われたら、お魚くわえたドラネコの方が一巻の終わりかもしれません。

 「人間」と「何か」を、包括的に比較すること自体が、実は何の意味もない、人の耳目を集める手法だとわきまえるべきだし、個別の能力を抜き出すなら、計算機はとっくに人間の能力を超えているではないですか。

 小学生時代、初めて伯父に買ってもらった8桁カシオミニという電卓。

 ルートもパーセントも「答え一発」、もっとすごいよかけ算は、答えゾロリと16桁・・・。コンピュータ―が人間の能力を超えるかどうかは置いておいて、1974年頃の段階で、数千円の電卓は、小学生の私をはるかに凌駕していたのは間違いありません。

 「コンピュータ―」はとっくに人間を超えている。

 しかしそれは要素を限定し、見方をクリアにしたうえで、初めて人類にとって意味ある「道具」として、利便をもたらすものになるはずで、今回はこれを「速度」情報処理の素早さに特化して、いくつか考えてみたいと思います。

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線香花火のメカニズム

 最初に東京大学工学部・宇宙航空学科のJAXA社会連携講座の井上智博さんという特任准教授の方が今年の初めに発表された、線香花火の研究をご紹介しましょう。

 「線香花火 美しさの秘密が明らかに」

 という日本経済新聞の記事ですが、ユーチューブの動画で見た方が話が早いでしょう(参照=https://www.youtube.com/watch?v=nraljruh0DI)

 線香花火、きれいですよね。私は本当にこれが好きで、気持ちがクサクサしたときなど、冬場でも線香花火をすることがあります。手の中でも小宇宙のようにパチパチとはじける。

 非線形の数理カオスとかフラクタルといった現象が知られるようになった当初も、花火みたいだな、と思ったものでしたが、このメカニズムを「新しい自然観察」の方法を駆使して、井上さんたちのグループは解明された。

 ポイントは「超高速撮影」つまり人間の能力をはるかに超える微小時間変化の客観測定にあります。

 秒速10万コマというのは、10万ヘルツの振動と同じ頻度・周波数ということなので、私流に音で考えさせてください。

 10万ヘルツというのは単に振動として音で聴こうとしても、可聴域をはるかに超えています。人間が耳で聞き取ることができるのは20〜2万ヘルツ程度と言われます。

 「ナイキストのサンプリング定理」をご存知の方にはよく分かる話ですが、最も高い音の2倍、4万(40キロ)ヘルツ程度までをカバーしておけば、人が耳で聞く分には明らかな障害はないと思われます。

 そこからCDの定格は44.1キロヘルツ(+16ビット深さ)と定められ、実用に供されているわけです。別の言い方をすれば、CDは4万ヘルツの聴覚デバイスであるとも言えるでしょう。

 さて、いま上で扱っている超高速カメラは、CDの2.5倍、10万ヘルツ=100キロヘルツという「超音速カメラ」で自然界を観察しているわけです。

 ト音記号の真ん中のドの音が500ヘルツ程度=0.5キロヘルツであるのに対して、10万ヘルツというのは100キロヘルツですから、その8オクターブも上になる。ピアノの最高音は3オクターヴ上ですが、すでに音が高すぎて音色の変化などよく分かりません。

 そもそも人間がものを考えるクロック周波数は40〜50ヘルツ程度で、それより細かな動きを悟性は認識することができません。

 私の講義に出たことがある学生なら「またかよ・・・」と百年一日と笑うでしょうが、実際100年来変わっていないものの1つに、関東と関西の交流周波数があります。

 富士川・糸魚川線で日本は東西に二分され、東側では50ヘルツ、西側では60ヘルツ、いまこの原稿は奈良で書いていますから60ヘルツの電気が供給されているはずですが、ホテルのロビーについている蛍光灯の明滅を、私たちの脳・認知は点滅していると認識することはありません。関東なら50ヘルツ、さらに遅いけれども認識できない。

 つまり、人間の思考は「速度」という観点では高々50ヘルツ=1秒に50サイクル、時間の長さで言えば20ミリ秒より細かな時間分解能は持っていません。

 翻って、宇宙航空学科の井上さんたちのグループは、10万分の1秒つまり0.00001秒、上の認知と単位を揃えるなら0.01ミリ秒の目細かさで、世界の微細な変化を認識することができることになる。

 これはいわば「時間の顕微鏡」であって、私たちのナイーブな認識よりも2000分の1も決め細やかに世界を観察すると、そこには全く違う世界像が現れてくるわけです。

「自然観察」の意味が根本的に変わる

 論より証拠で、井上さんたちが公開している高速撮影された動画https://www.youtube.com/watch?v=kMrvKMciELsを見てみましょう。

 最初に秒速1000コマで撮影された世界・・・ここはまだ、カラー撮影されていて、ああ、きれいだな、という肉眼に近い線香花火像が観察されることでしょう。

 続いて10000フレーム/毎秒となると、高速化のために白黒画像となりますが、ふつふつと湧き上がる、火の玉の表面のクレーターのような熱的な動きが手に取るように確認できる。

 私たちの可解世界である10ヘルツオーダーの低速に写像することで、超短時間の運動が生き生きと私たちの目の前に、その本当の姿を現している。

 「自然観察」という言葉の意味が、本質的に変質するような気がします。さらに10万フレーム毎秒となるとどうなるか・・・。

 線香花火は、一つひとつの「火の玉」の中で化学的な燃焼反応が起こり、そこで発生するガスが沸騰して外に噴出し、その際「火の玉」の一部を吹き飛ばしてしまうんですね。

 するとその「子供の火の玉」の中でも、またガスの沸騰が起きて、次の爆発がある。そこから次の・・・と連鎖分岐状の、あの「線香花火」の繊細な光の糸が紡がれていく。

 私たちの眼は、ゆっくりした運動しか見ることができませんから、線香花火の火は「光の連続した線」として(蛍光灯が連続点灯していると見えるのと同様)認識されますが、実際には「火の玉の子供」が分裂を繰り返している。

 ぜひ動画https://www.youtube.com/watch?v=kMrvKMciELsで確認してみてください。

 実はこうした「高速現象」を人間に知覚可能なところまで「減速マッピング」する必要があるものとして高速電子商取引のアルゴリズム不正といった問題があります。

 線香花火の火の玉は美しいですが、電子証券取引などでの「見せ玉」トリックでおかしな利ざやを抜かれるのはたまったものではありません。そういう話題を後半記すつもりでしたが、美しい話で紙幅がつきましたので、別の機会に譲りましょう。

 東大が何をヒマな研究を、と思われる方には、井上さんの研究室は、花火の美を研究するだけでなく、ジェット燃料の液滴化と燃焼ダイナミクスという宇宙航空工学先端のテーマがあるなか、実験が簡単かつ結果も明瞭で社会的にもインパクトのある「ペットマテリアル」として線香花火が選ばれたのであろう経緯を付しておきます。

 残念ながら井上先生と学内でいまだ面識がありませんが、こういう小さなテーマで「こて試し」を並行しつつ、先端の大テーマに果敢に挑む先進的な若い科学者の取り組みが私は大変に好きで、日頃から注意して見るようにしています。

 現在私は、先端科学技術教育に有効なサイエンススタジオのようなものが作れないかと考えています。

 実はNHKにも放送大学にも、視聴覚機材をマウントした専用の理科実験スタジオというものは存在していません。

 高速撮影機器は、大はスポーツ、音楽演奏やデッサンの手技から、小は物理・化学・生物などのマイクロな対象の高速変化まで、様々な観点で自然観察というもののイメージを一新する、新しい可能性を持っているように思います。

 またこうした観点と表裏しながら、高速電子商取引の不正チェックなども、AIブラックボックスが遍在する今後の21世紀、私は教育に必要不可欠になっていくのではないかと思っています。

 2005年、国連が主催した「世界物理年」日本委員会の幹事として、当時のメディアを駆使した先端科学教育を工夫した経験がありますが、それから12年、AIもIoTも十分に進展して、世界も自然も宇宙も、新しい横顔を急速に見せ始めている。

 30年後のシンギュラリティの看板より、3年後の展開の方が、はるかにスリリング、かつ私たち自身も目撃できるはずで、私の興味はSF株価より、もっぱらリアルな変化にあるわけです(笑)。

(つづく)

筆者:伊東 乾