「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている岡村亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

後輩・マミちゃんの結婚式2次会で若いだけの女に惨敗した亜希は、エミに誘われ良縁祈願に出かける。

すると、早速ご利益が?!「亜希さんに一目惚れした人がいる」とマミちゃんから連絡が届いたのだ。




32歳のお嬢様


パレスホテルのオールデイダイニング『グランド キッチン』のテラス席。

皇居のお堀から漂ってくる夜風が、ひんやりと心地よい。

夏の間だけ平日限定で開催している「Summer Terrace Gathering」プランが気になっていた亜希は、大学教授の秘書をしている百合を誘って、仕事終わりに合流した。

「はい、これ。百合の分もちゃーんとお祈りして来てあげたからね」

目前に座る大学時代からの友人・百合に、鈴虫寺で買って来たお守りを差し出すと、彼女はこちらがびっくりしてしまうほどの歓声をあげた。

「買って来てくれたの?すっごく嬉しい...」

幼稚園から高校までカトリックの教えを重視する白百合学園で過ごしたからだろうか?百合は、昔から感謝の表現が少々大げさなのである。

しかし次第に目まで潤ませはじめた百合を見て、さすがにオーバーだと亜希は慌てる。

「ちょっとそんな、大げさよ」

すると百合は顔をブンブンと横に振り、「違うの」と言うのだった。

「身にしみるのよ。実は私、この間“婚活パーティ”に参加したんだけど...なんかもう、悲しくなって来ちゃって...」

恵まれた環境で育った証ともいえる、疲れ知らずの白肌。

そこに上品に配された血色の良い唇。それを歪めながら話す百合の言葉を、亜希は呆然としながら聞いた。


32歳のお嬢様・百合の婚活パーティー体験談に絶句...


30歳を過ぎたら、妥協は必須?


「百合、そんな男相手にする必要ない!」

百合の話を聞き終えて、亜希は思わず叫んだ。

会社同期(独身)に誘われ、百合はとある婚活パーティーに参加したらしい。

そういった類のものは敬遠していた百合だったが、気軽なものだからと説得され、断れなかったのだという。

一軒家レストランの会場に、その日は男女ともに20人弱が参加していた。

正直、「この人♡」というような相手はいなかったが、この中なら...と選んだ男性とカップルになり、パーティーの後「ふたりで飲みに行こう」と誘われたのだという。

百合はまったく悪気はないのだが、お嬢様らしいというか、空気が読めないところがある。

一緒にお食事会に行っても、平然と「回るお寿司は食べたことない」などと発言して周囲を凍らせたこと数知れず。

そんな百合を誘う男性がいたことにまず驚くが、やはりなかなかの曲者だったようだ。




「彼、それまではとてもスマートな振る舞いだったのに、連れて行かれたのがチェーンの居酒屋で。そんな店のお刺身とか、絶対食べられないじゃない?」

当たり前よね、という顔で同意を求められ、亜希はいろいろ突っ込みどころはあるものの黙って頷いておく。

「それで、ちょっと体調が悪いってことにして、私は何も食べずにお互いに家のこととかいろいろ話してたんだけど...そしたら、彼が突然『僕、養子に入ってもいいよ』とか言い始めて。それって、どういう意味だと思う?」

...どういう意味も何もない。完全に、財産目当てである。

「お金目当てに決まってるでしょ!そんな男、相手にしてどうするの...」

32歳にもなってダメ男に引っかかる百合の世間知らずっぷりに、心底呆れてしまう。鈴虫寺で百合の分もお祈りしてきて本当に良かった。

呆れ顔でため息をつく亜希に、百合は「そうだよね」と悲しそうに呟く。

「...わかってるんだけど。でも私ももう32歳だし、特に何かに秀でている訳でもないから...あれこれ言わず妥協しなきゃいけないのかなって思ったりして」

「百合にはもっと“ふさわしい人”がいるわよ」

そう言って慰めてみるものの、どうしても語尾が弱くなってしまう。20代半ばの女に惨敗した、屈辱の二次会が思い出される。

ちょっとばかり可愛ければ、他に何も求められはしなかった。若さという、最強の武器があった時代は。

しかしあっという間に時は流れ、私たちはもう武器を失ってしまった。

“私ももう32歳だし、妥協するしかないのかな...”

妥協。

百合の言った「妥協」という言葉が、亜希の脳裏でこだまする。

週末、亜希も久しぶりに初デートの予定がある。その男性は、亜希に一目惚れしたと言っているらしい。

-近いうちに結婚したいと願うなら、これは逃せないチャンス。

そんな風に思う一方で、しかし亜希はこうも思うのだった。

妥協してまで結婚する意味が、果たしてあるのだろうか、と。


いよいよ初デート。亜希に一目惚れしたという彼は、どんな男?


海外志向のない男


「はじめまして、宮田賢治です」

土曜、19時。

彼は約束していた『麻布 美の』に、時間ぴったりに現れた。




麻素材の白シャツにネイビーのハーフパンツ。爽やかな装い、優しい声のトーンも嫌いじゃない。

-いいかも♡

生理的にOKか否かは、初対面でジャッジできる。まずは第一関門クリア。

穏やかな笑顔を向ける賢治に一礼しつつ、亜希は心の中でにんまりと微笑んだ。

「亜希さん、あの日すぐに帰っちゃったでしょう?」

あの日というのはもちろん、悲劇のあった二次会の夜のことだ。

「声をかけようとしたらもういないから、がっかりしましたよ。何か、用事があったんですか?」

「え?...う、うん、そうなの。ちょっと仕事で呼び出されちゃって...」

まさか、若い子に惨敗していたたまれず退散したとは言えない。

「そっか、自分でお仕事されてるんでしたよね?すごいなぁ!」

「...ありがとう」

終始穏やかな表情を浮かべる彼、賢治くんの言い方には、一切の嫌味がなかった。そのことに亜希はホッと胸をなでおろす。

過去の経験上、フリーランスで仕事していることを話すと、大概の男性は2通りの反応をするのだ。

THEサラリーマン思考の男性の場合は、引かれることが多い。彼らは自分たちと同じように会社に勤め、そして自分より稼いでいない“普通の女の子”を好む。

逆に自営業の男性の場合は、対抗意識を燃やしてくるのである。「へぇ。資本金は?従業員は何人いるの?」などと矢継ぎ早に聞かれ、うんざりしたことが過去に何度もあった。

賢治くんはそのどちらでもなく、ただ純粋に尊敬の念を示してくれた。その反応はとても居心地が良く、亜希の中で好感度が高まる。

ビールを飲みながら、右隣に座る彼の横顔をそっと盗み見る。

-うん、悪くない。

スマートに鮨を運ぶ指も、食べ方にも品があって育ちの良さを感じさせる。よく見たら、シャープな顎のラインもセクシーでいい。

そんな風に賢治くんを品定めし、満足げに鮨を頬張る亜希。

しかし彼が次に発した言葉で、亜希の中で右肩上がりだったテンションは急降下してしまうのだった。

「バイヤーなんて、すごいなぁ。実は僕、英語が苦手で。海外転勤とかも、できるだけ避けたい派なんです」

そう言って、あはは、と笑う賢治くんの声がどんどん遠くなっていく。

亜希は、語学のできない男を尊敬できないのだ。自分が努力して習得しているからこそ。

やる気があって下手なのは、百歩譲って許せる。しかし「英語が苦手で海外に行きたくない」などと言われると、どうしても幻滅してしまうのである。

英語が喋れるか、否か。そんな些細なことにさえ、亜季はこだわるし譲れない。

「そ、そうなんだ...」

急激に興味が失せてしまった賢治くんに対し、曖昧な笑顔を返す亜希。

しかしその脳裏に、先日の百合の発言がフラッシュバックするのだった。

“私ももう32歳だし、妥協するしかないのかな...”

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賢治くんとの関係はいかに。さらに元カレ・貴志からの連絡で、急展開?