子供の自主性をいかに育むか サッカー指導に一石を投じた達人の巧みな話術

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【短期連載最終回】子供の発想力を豊かにする「魔法の言葉」――“人間力”を磨くコミュニケーション

 木村和司(元横浜マリノス)、森島寛晃(元セレッソ大阪)、田坂和昭(元ベルマーレ平塚ほか)ら日本代表に名を連ねた名手を輩出してきた広島屈指の育成型クラブ、大河FC。1974年に創設し、40年以上にわたって子どもたちと触れ合ってきた浜本敏勝の指導法は、これまで多くの人の共感を呼んできた。

 高校サッカー界に新たな風を吹き込んだ「ボトムアップ理論」の提唱者である畑喜美夫もその一人。選手主体の指導スタイルの源流には、子供たちの“人間力”を高める浜本の絶妙な話術と距離感があった。

◇ ◇ ◇

「物を大切にできない人間は、人も大切にできない」――浜本敏勝(大河FC代表)

 畑喜美夫は浜本の教えを参考に、全てを生徒主体で進めていく「ボトムアップ理論」を確立した。指導者主導で鍛え抜く旧来の部活とは一線を画し、トレーニングメニューの構築から戦術選択、さらに采配まで分担制で、生徒の中から責任者を選び活動していく。全体で揃ってのトレーニングは週に二度だけだが、広島観音高校時代には練習量では日本で屈指の強豪校に走り勝ち、全国制覇も成し遂げた。

 畑は涼しい顔で言った。

「僕がコーヒーを飲んでいる間に優勝しちゃったんですよ」

 一方で有名なのは、畑が率いるチームの見事な整頓ぶりである。遠征へ出かけても、生徒主導でバッグやシューズなどが、芸術的なまでに綺麗に並ぶ。そこが欠けると人間的に成長できないし、チームが強くなるには人間的な成長が不可欠だと畑は考える。

 そしてそこは当然、師である浜本と通底している。浜本は言う。

「大河FCでは、シューズを買い替える時に、浜本チェックが入るんです」

 浜本は、まず底をチェックする。ツルツルになって、もう滑りやすくなってしまっていたら合格だ。

指導者が率先して靴を並べ、後片付けをする

「よう履いたな。靴がクツクツ笑っているかもしれん。これでは滑って危ないかもしれんから、ご両親に買っていいですか、とお願いしてみなさい」

「やったあ、じゃあ買っていいですか?」

 大喜びする子供を見て、浜本はすぐにクギを刺す。

「おお、お前がお金を持っているのか?」

 浜本は、人に指示をするのもされるのも嫌いだ。だから「挨拶せえ」とか「整頓せえ」とは言わない。会えば自分から挨拶をするし、遠征に出かければ率先して靴を並べ、後片付けをしてきた。それを見て、子供たちもやるべきことを学び取ったのだ。

「些細なことでも、あらゆる機会を捉えて絆を作り、人間性を育んでいく。中には使い終わったシューズを綺麗に洗って飾る子もいるんですよ」

 今ではJクラブでも、高額塾に通い、頻繁に高価なスパイクを買い替えるエリートが目につく。だがそんなエリートが、大人になった時、本当に世界に伍して戦えるのだろうか。

 実は達人は、エリート組織でも忘れがちな育成の要諦を、しっかりと伝え続けているのかもしれない。

(文中敬称略)

◇加部究(かべ・きわむ)

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。