「ダメ男と付き合っていてかわいそう」「独身でかわいそう」「子どもがいなくてかわいそう」「出世できずかわいそう」――様々な理由で、人は他人からかわいそうがられる。その心遣いがありがたいときもあるが、中には、本人は気にしていないのに勝手に哀れまれて困るパターンもある。

先日のガールズちゃんねるに投稿した女性はまさにそれだ。同情されるポイントは「都会から田舎に嫁いで来たこと」や「夫が出不精で、夏休みはどこにも行かないこと」、「子どもがいないこと」などと自己分析しているが、本人は、自分をかわいそうな人とは思っていない。(文:みゆくらけん)

一方的な「かわいそうな人認定」はうんざりするだけ

「すごく親切にされる(同情)のですが、私は人を憐れむのは失礼なことだと思います。分かりやすい『幸せスペック』を手に入れないと『幸せ』『大丈夫』と認めてもらえないのかな……」

とこぼすこの投稿へは、同じように周りから勝手に同情され、憐れみの目を向けられて嫌な思いをしている人のコメントが集まった。好きで働いているのに「パートしているなんてかわいそう」と見られる人、恋愛や結婚に興味がないから相手がいないだけなのに「強がり扱い」されている人。出産欲がないだけなのに「不妊症なのね」と気の毒がられている人etc……。周りの一方的な"かわいそうな人認定"にうんざりしているという声は多い。

「アラフォーで結婚してないことをかわいそうだと言われる」とコメントした人は続けてこう書き込む。

「いや、そこまでしたいとも思ってないし周りの独身より収入あるし彼氏もいるし普通に幸せですけど。でもそれを言うと今度は強がってると言われるので黙ってる」

「結局、世間の目は結婚して子どもがいることが絶対の幸せなんですよね」と、半ば達観気味だ。

他人の「かわいそう」は「私だったら辛い」と同義 重要なのは本人がどう感じているか

また、生まれつき顔に大きな傷があるという女性は、「生まれてこのかたこの顔で生きて来たし、これが私だと誇りを持って言える」のに、周囲から「女の子の顔に傷があるなんて、かわいそう」と思われたり、親から整形手術の費用を準備していると言われて、釈然としない気持ちがあるという。

「目があって鼻があって口があるのと同じく、この傷は私の一部なのよ。かわいそうという感情をぶつけられるのモヤモヤする〜。可哀想なんて思わないで欲しい、私幸せなんだよ」

人の言う「かわいそう」は「私だったらツライ」というもので、つまり、所詮はその人の尺度から見た幸せ基準でしかない。重要なのは本人がどう感じているかなのだ。

ただ、一方的に同情されることに関しては「勝手に人を憐れむのは失礼」「上から目線だ」という声の他、「親切にされてラッキー」「かわいそうと同情されるなら、それはそれで楽」という声もある。中には「幸せそうって思われていても僻(ひが)まれるだけ」というコメントもあったが、"かわいそうな人"でいることが対人関係の潤滑油になっているのなら、確かにそれはそれでアリなのかも。要は、プライドの問題か。