ゲイを告白して、親と7年会えなかった。LGBT当事者の苦悩と救い

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 LGBTへの理解が深まりつつある昨今でも、カミングアウトは当事者にとって大きな壁。

 今回、家族へのカミングアウト体験を語ってくれたケイスケさん(仮名/32歳)の場合も、両親は受け止めてくれず、HIV検査を受けるよう言われてしまいます。その後もわだかまりが残り、ケイスケさんは家を飛び出してしまったのでした(前編)。

◆両親を捨てた、という罪の意識が…

 仲間に助けられながら、ひとり暮らしをはじめたケイスケさん。携帯番号を変え、LGBTに理解のある仕事先も見つけ、自分らしく生きるべく人生の再スタートを切りました。

「ひとり息子として、両親を捨てるような行動は胸が痛みましたが、もう自分の存在自体が親不孝だなって。それなら、傍にいない方が両親も幸せだろうって思ったんです。

 それでも、両親のことはずっと気になっていましたよ。でも、連絡すら許されない気がしたので、家を出てからは音信不通になっていました」

 本当はLGBTである自分を責める必要なんか全くないのに、そういう苦しさに追い込まれてしまう状況に胸が痛みます…。

 何度か家の最寄り駅に降り立ったこともあるそうですが、「自分はもう息子じゃない」と思い、引き返したそう。

「勘当されたわけでもないのに、なんでしょうね(笑)。両親へ顔向けできない申し訳なさ、理解してもらえなった悲しみ、仕打ちに対する怒り……いろんな感情が渦巻いて、どうすることが正解なのかわからなくなっていたんだと思います」

◆上司になってはじめて気づいた親の思い

 それでも数年経つと、両親のことを思う時間は自然と少なくなっていったそう。

「慣れでもあり、諦めでもあり。だんだんと“今”が中心になっていきました。仕事で責任ある立場を任されて、忙しくなったこともありますしね」

 しかし、そんな多忙な生活がケイスケさんの感情に変化をもたらします。

「部下を持つと、教育しなきゃいけないじゃないですか。そうすると、思ってもみないことを言われたり、想定外の行動をとられたりすることもあるんですよね。そのせいで自分が苦悩したり。

 でも、そうやって手をかけているうちに、育てる喜びや苦労がわかるようになって、はじめて親の気持ちが理解できたんです」

 親のそれとは違うと思いつつも、「これがわが子だったら」と置き換えたとき、カミングアウトで受けたショックや、それでも親子関係を維持しようとしてくれた両親の思いを、痛いほど感じたそうです。

◆7年ぶりに両親と再会することに

 再び両親のことを気にかけるようになったケイスケさんですが、すぐには行動に移せずにいました。しかし、30歳で独立のチャンスを掴み、自分の店を持つタイミングで実家に連絡する決意をします。家を飛び出してから7年の月日が経っていました。

「会いに行く勇気はなかったので、電話で『お店をオープンするから、もしイヤでなければプレオープンに来てほしい』と伝えました」

 電話口では7年ぶりの連絡を喜んでくれているムードでしたが、「父さんと相談するわね」という返事。ケイスケさんは「まだ受け入れてもらえていない」と感じ、来てくれないだろうとの思いでプレオープンの日を迎えます。ところが……。

「一番に来てくれたお客さんがね、両親だったんです。しかも、抱えきれないくらい大きな花束を持って。3人で涙を流しながら抱き合いました」

 ただ、7年ぶりに再会した両親は、ケイスケさんの記憶よりかなり年老いていたといいます。

「それだけ苦労を掛けたんでしょうね。これからは私が責任をもって両親を支えなきゃ、これまでの親不孝を返上しなきゃって、気持ちが固まりました」

 その日を境に実家へ戻ったケイスケさん。今は店長として働きながらも、空いた時間で精一杯の親孝行をしているそうです。

「7年のあいだに、両親もLGBTを理解しようと努力してくれていたようです。でも、まだ完全にウェルカムではないでしょうから、配慮はしています。それでも今は、家族で過ごせる幸せを実感している毎日です」

―LGBTを親にカミングアウトしたら…【後編】―

<TEXT/千葉こころ>