韓国でタレント活動をしていた脱北女性、イム・ジヒョンさんが突如として北朝鮮に戻った事件と関連して、中朝国境で奇妙な噂が流れていると、韓国の世界北朝鮮研究センターで所長を務める脱北者のアン・チャンイル氏が明かした。

アイドル並みの美貌

今年4月の出演を最後に、韓国のテレビから姿を消したイム・ジヒョンさん。7月には北朝鮮の対外向けプロパガンダサイト「わが民族同士」で公開された「反共和国謀略宣伝戦に利用されていたチョン・ヘソンが明かす真実」という動画に登場し、韓国社会を驚かせた。

イムさんは動画で、自分の本名はチョン・ヘソンであり、韓国への幻想を抱いて脱北したが、それが間違いだったと述べている。北朝鮮当局のシナリオに沿ったセリフだと思われるが、新天地を夢見ていた脱北者たちが、韓国で最底辺の生活に喘いでいるのも事実だ。イムさんも、韓国社会で生きにくさを感じる何らかの事情があったのかもしれない。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「アダルトビデオチャット」強制出演の暗い過去

彼女が北朝鮮に戻ったことをめぐり、アン所長は「自ら再入北した可能性が8割で拉致された可能性が2割のようだ」と述べた。一方、アン所長によると、今年3月頃から中朝国境で、「(北朝鮮の工作機関に)韓国で活動中の脱北タレントを拉致する手本を見せろ、との指令が下った」とする噂が流れたという。

「魔のホテル」に潜む拉致組

北朝鮮による工作活動のひとつに、脱北した人々に接近し、「素直に帰ってくれば罪は見逃す。しかし言うことを聞かなければ家族がどうなるか分からない」と脅迫して連れ戻すものがある。そのうえで、今回のような動画で証言させ、国際社会からの人権権侵害追及に対する防波堤にするのだ。イムさんのような有名人なら、今回のように韓国社会に小さからぬ波紋を投げかけることもできる。

いま、そのような活動の最大のターゲットとなっているのは、昨年4月に集団脱北した北朝鮮レストランの女性従業員たちだろう。北朝鮮レストランの従業員にはときにアイドル並みの美女もおり、かねてから注目度が高い。

そんな彼女らの集団脱北は、北朝鮮当局に大きな動揺を与えた。そのため金正恩体制は、彼女らが韓国当局により「拉致された」との主張を、今に至るも続けている。

実際、デイリーNKの取材によると、北朝鮮の秘密警察である国家保衛省(以下、保衛省)は、脱北者を強制的に連れ戻すために中朝国境都市のホテルに陣取って作戦を遂行している。

北朝鮮の金正恩党委員長は昨年、「反共和国謀略勢力を、手段と方法を問わずに捕らえよ」との指示を出した。これを受けて、保衛省、偵察総局、人民保安省(警察庁)などの機関が、脱北者家族の懐柔から強硬手段までを動員し、脱北者の連れ戻しに躍起になっているのだ。

保衛省などの治安機関は、イムさんのようなタレント活動をしていた有名人もさることながら、政治的に宣伝価値がありそうな脱北者を、新たなる拉致のターゲットとして血眼になって探しているのかもしれない。