「ヨノナカ、ゆっくり行けねえなあ」
 拍子抜けするほど静かに港を離れたフェリーのデッキの上。ゆっくりと遠ざかる本州と、船の足跡をつくる波しぶきをボーっと眺めながら、思う。
 かつての青函連絡船の面影をいまに残す、津軽海峡フェリーに揺られる。
 なんだろう。このちょっとだけさびしい感じ。津軽海峡という、どこか演歌チックな雰囲気を勝手に抱いてるからか。いや、世の中のスピードよりも、ガクッと落ちた移動速度のせいか。
 忙しない電車の移動と違って、こののーんびりした移動の中では出てこない想いや感情が、ダラダラと出てきては、また黒い海面に流れていく…。
 このゆっくりと進む悠然とした巨体に、慣れない自分がいる。「器が小せえなあ、オレ」とひとり海に吐く。本当はとってもリッチな乗り物なのに…。

青函連絡船から青函トンネルへ

 この函館ゆきフェリーの甲板から左手に、津軽半島が見える。この突き出た本州の土地の下から海底を抜け、函館へと至る青函トンネルが走っている。
 数え切れないほどのドラマを生み、北に生きる人々を支えた青函連絡船(鉄道連絡線)に代わり、1988年に開通した、津軽海峡線だ。
 いま、20ノットで進むこの船の脇を、地下トンネルで時速100キロを超えるスピードで列車が突っ走っているはずだ。こちらは3時間40分の船旅。あちらは特急「白鳥」で2時間。港までのアクセスなどを含めると、青函間は船のほうが2倍の時間がかかる。
 「この2時間の余白、オレはちゃんと、リッチに過ごせてるんだろか?」
 冷たくて力強い海風に逆らいながら、あえて缶ビールを開けるのもいい。暖かい客室で、グレーに染まる津軽海峡を眺めつつの食事もいいじゃないか。
 列車や飛行機と違って、船は自由気ままに船内を徘徊できる。2等席でゴローンと横になれるし、甲板の上ですれ違う人との他愛無い会話もある。
 身体が船の20ノットのペースに慣れてきたころに、函館港着岸の知らせが流れるのは惜しいが、できれば、毎日の慌しいテンポを早めに海に流し、スローな旅の時間に浸かりたい。
 実は、東京から青森までの道のりも、国鉄・青函連絡船の時代を疑似体験するような乗り物に頼ってきた。
 青森港ゆきの夜行バス、だ。
 かつて青函連絡船と接続した「はくつる」「ゆうづる」「八甲田」「十和田」などの、「上野発の夜行列車」を無理矢理、強引にイメージして乗る…。

津軽海峡線から北海道新幹線へ

 新宿を23時前に出た夜行バスは、東北自動車道をひたすら北へ。
 ここで自分勝手な妄想に酔う。
 バスが新宿を出た23時ごろ、1960年代半ばの20系客車による「ゆうづる」(常磐線経由)は、水戸駅を過ぎたあたりだ。仙台から先、東北道の我がバスは、東北線の「ゆうづる」を追い越したり抜かれたり。結局、かつての特急と同じ9時ごろ青森に着く。
 バスが青森港に着くと、日本語→英語→中国語→韓国語と到着を知らせる自動音声。列車時代の東北弁アナウンスが消えて、国際的な雰囲気に…!?
 夜行バス+津軽海峡フェリーで、国鉄時代の青函連絡船時代を妄想…。
 スローに酔うのもつかの間!? 3年後には、この妄想旅がとたんに色あせてしまうほどの衝撃がやってくる!
 津軽海峡の次章、北海道新幹線だ。
 2015年、この海底トンネルを新幹線が走り、東京と函館を約4時間で結んじゃうとか! 諸行無常…。
 高速列車では得られない、出会い、匂い、風、音、景色がある、20ノットの優雅なクルーズ。せっかちでルーズな男に、ゆっくり生きるヒントを教えてくれたような、気がする。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2013年1月号に掲載された第9回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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