女性の結婚率は、35歳を境に急激に下降する。

東京で、まことしやかにささやかれる言葉だ。

他にも、身体の変化、実家の問題、将来への不安と、目を背けたいことが増えてくる年齢でもある。

だがしかし。そんな悲観を抱くことは一切なく、麗しき独身人生を謳歌する女がいた。

恭子、35歳。

彼女が歩けば、男たちは羨望の眼差しで振り返り、女たちは嫉妬する。

恭子は一体、何を考えているのか?

これまでは、恭子の新卒時代の同期・なつみや、部下・周平、周平の元彼女・瑠璃子が登場。

今日は外資系ラグジュアリーブランドの同僚で同い年の理奈が、独身仲間の目線から、恭子について語る。




「聞いて。来週、食事会をすることが決まったの。今度こそ、期待できそう!」

『希須林 青山』でのランチタイム。運ばれてきた担々麺もそっちのけで私がまくしたてると、恭子はまるで自分のことのように、一緒に喜んでくれた。

独身で同い年という、私と全く同じ境遇に置かれた恭子は、もはや、どんな旧友の存在よりもありがたい。

今、何よりも辛いのは、孤独への不安以上に、世間からの憐れみの目だ。しかし、恭子のような誰からも憧れられる美しい女が仲間だと思うと、驚くほど心強い。

未婚だからって欠点や問題があるわけじゃない-。

無言で世間に代弁してくれているかのようで、救われた思いがするのだった。

親しみと敬愛の思いを込めて恭子に視線を送ると、彼女は呑気に週末に見に行ったという映画の話をしている。

私は思わずフォークを動かす手を止めた。

「…ちょっと待って。恭子、映画って誰と行ったの?」

恭子の大きな瞳を食い入るように見つめて尋ねると、彼女はにっこりと笑った。

「ひとりで行ったのよ。前に言わなかった?私、映画はひとりで見るって決めてるの」

私はほっと胸をなでおろした。映画に行ったなんて言うから、誰かとデートかと早とちりしてしまった。よかった、恭子もまだフリーのままだ。


理奈が語る、35歳の結婚率はどれほど低いのか?


35歳の結婚率


きょとんとしている恭子に気づき、心の内を悟られないよう慌ててごまかした。

「ひとりで映画だなんて、なんだか色気がないなあ。恭子は相変わらずねえ」

彼女はいつだってこんな調子だ。いわゆる婚活というものに興味がないのか、焦る素振りは一切見せず、堂々としている。

それを羨ましく思えるときもあったけれど、今となってはそれどころではない。

こうして悠々とランチをしている一分一秒のあいだにも、私たちは歳をとっていくのだから。

「いい?恭子、よく聞いてね」

私は一呼吸し、彼女に切々と話し始めた。




「35歳を過ぎた女性が結婚できる確率は知ってる?」

首を横にふる彼女に呆れながら、続ける。

「10人にひとりと言われてるのよ」

それを聞いた恭子は、それ、どこ情報?と言いながら軽く笑い飛ばしているが、笑い事ではない。

「いい?10人にひとりよ。その厳しい倍率をくぐり抜けるには、出会いの確率を自分で上げるしかないの」

私の力説をまるで他人事のように聞いている恭子を見ていたら、なんだか彼女の将来のことまで心配になってきた。

「だから、ひとりで映画に行ったり、仕事に熱中したりして、そんな無駄な毎日ばかり過ごしていないで、私と一緒に頑張ろうね!」

気がつくと私は恭子の手を強く握りしめていた。

そして、来週の食事会に、渋っている恭子を説得し、連れて行くことにした。



デスクに戻る前に化粧室に立ち寄った。個室から出ようとした瞬間、洗面所に入ってくる集団の声がけたたましく聞こえてくる。

「ねえ、聞いた?理奈さん、来週もまた食事会らしいわよ」

甲高い声の主は、この間ランチした瑠璃子だ。

「毎週毎週、懲りないよね。言っちゃ悪いけど、35歳にもなって食事会に必死な女って、本当に痛い」

「むしろその歳で、よくもそれだけ案件があるよね。どうせ既婚者とか混ざってる食事会なんじゃないの?」

PRチームの後輩たちが、ひどーい、と言いながら手を叩いて笑っている。

瑠璃子たちが日頃から私のことを馬鹿にしているのは知っている。でも私はへっちゃらだ。

20代の小娘たちに何がわかるというのか。わかってもらおうとも思わない。

それよりも、今このタイミングで個室から出たら、瑠璃子の慌てふためく顔が見られて面白いかもしれない。そんな淡いいたずら心で扉に手をかけた瞬間だった。

「でも今回の食事会は、恭子さんも一緒らしいわよ」

「わ、理奈さんの惨敗、ますます決定ね。理奈さん、恭子さんと一緒にいると完全に霞むんだから、いい加減つるむのやめたらいいのに」

「この間のFacebookの投稿、見た?理奈さん、恭子さんと並ぶと顔が2倍以上大きくて見てられなかったわ」

彼女たちの会話に、その場から一歩も動けなくなった。

皆、私と恭子のこと、そんな風に見ていたの…?もしかして恭子もそう思ってた…?

なんて惨めなんだろう。視界は涙でみるみるうちにぼやけていった。


理奈の恭子への思いは、次第に対抗心に変わっていく




それからの私は、恭子への不信感が募る一方だった。そして次第に、彼女を好きだった気持ちが変化していくのを感じた。

恭子なんて、持って生まれた美貌という恩恵に預かって、なんの努力もしていないじゃない。

私は何を引き換えにしてでも結婚したいからこそ、血の滲むような努力をしている。

結婚相談所には既に何十万もつぎ込んだし、お見合いパーティーにも食事会にも、あらゆるチャンスに飛びついている。

お料理教室には20代から通い続け、われながら料理は相当の腕前だ。言われれば明日にでも嫁げる。

だから恭子には、絶対に負けない。

そう決意し、拳を強く握りしめるのだった。


形勢逆転の、チャンス到来?


待ちに待った食事会は、新丸ビルの中にある『ソルトバイルークマンガン 』で開催された。

男性陣は、大手外資系弁護士事務所で働く弁護士たちだ。

私の胸は期待で高鳴っていた。そして奥の席に、私のタイプの顔立ちの男が座っていることに気がついてますます嬉しくなった。

肝心の恭子は、一時間も遅れてやってきた。

彼女が現れるだけで、その場の雰囲気ががらりと変わる。

男たちに引かれてしまいそうな高級品はできるだけ身につけないよう気を配った私とは対照的に、恭子は普段となんら変わらず、値段を聞いたら男性陣は腰を抜かすであろう、自社ブランドのワンピースを纏っている。

男たちは完全に恭子の外見に気を取られているようで、私は何もかも持っていかれそうな不安に押し潰されそうだった。

しかし、そんな私に思わぬチャンスがやってきた。

男性陣のひとりが「皆さんの趣味は何ですか?」とありきたりの質問をしたときのことだ。

待ってましたとばかりに私は、iPhoneのカメラロールに並んだ色とりどりの料理の写真を披露する。すると、男たちの食いつきが予想以上に良かったのだ。

私好みの顔の男は、それでもまだ恭子のことが気になるようで、皆に向かって話をするときも彼女の目しかみていない。そして彼は恭子にも質問を投げた。

「恭子さんの得意料理は何ですか?」

しかし恭子は答えられなかった。

会社では、社長に詰められたときも、本社に無理な要望を押し付けられたときも、堂々と言い返しているあの恭子が、誰かへの返答に詰まるのを見たのはこれが初めてだった。

そう、恭子は料理をしないのだ-。

その後も、一度優位となった私の立場が覆されることはなかった。

もはや、恭子の手首にじゃらりと巻かれた高価なジュエリーや腕時計も、広尾という住所も、彼女の「家庭的とは程遠い、とにかく金のかかる女」というイメージを後押しするものでしかない。

男たちが尻込みし、完全に引いているのが手にとるようにわかる。

そして私が勝利を確信したのは、解散後、家に着くよりも早くやってきた、私好みの顔の男からの個別LINE。

また会いましょうというメッセージを確認し、こみ上げる笑いを抑えられずにいた。

やはり、努力を惜しまぬ者に天は味方するということだ-。

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再び、専業主婦・なつみが登場。恭子への妬みが止まらない…。