なぜか青森県出身者に会うと、無邪気に「ねえ、方言しゃべってみて!」とせがんでくる人たちが一定数います。

そんな質問を浴びてきた1人に、青森県弘前(ひろさき)市出身で、お笑いコンビ・シソンヌのじろうさん(39)がいます。キングオブコントでも優勝した実力派コンビのボケ担当です。

「田舎っぺがコンプレックスで、津軽弁も絶対話すもんかと思っていました」(じろう)

同じ青森県出身の筆者が、都内で標準語でインタビューしました。

帰省ではいつも同じ場所を散歩

-どれくらいのペースで帰省されていますか?

じろう:毎年、割と帰っていますね。盆と正月は絶対に仕事があるんで、それ以外のちょっとした2連休とか。

ここ2年ぐらいは青森でのライブとか仕事で帰れることも多くなったので、前日入りさせてもらったり、もう1日長くいて実家に泊まったりしています。

(帰省は)ほとんど平日で会える友達が少ないので、姉夫婦の家でおいっことめいっこの相手したり、墓参りをしたりしています。

弘前市を象徴する弘前城と岩木山 出典元:弘前観光コンベンション協会

-帰省時によく行くところはありますか。

じろう:もう決まったところしか行かないですよ。墓参りをして自分の出身高校の前を通って、弘前公園のほうに抜けて、中心部の土手町(どてまち)を下って、母の実家のそば屋「一力(いちりき)」に行くという。

土手町って今はシャッター街になっちゃたんですけど、帰省すると毎日そこしか歩かないです(笑)

歩いていると、大きい道路ができたりして帰るたびに街が変わっているなと感じます。あまり観光スポットみたいな所には行かなくて、自分が実際に過ごしたエリアばかり歩いてます。車の免許がないんで(笑)

子供の頃過ごした学区をずっと歩き回ります。「一力」をSNSに載せまくっていたら、東京からもお客さんがいらっしゃるようになりました。ちょっと申し訳ない部分もあります。

-車の免許がないと、地元で大変では?

じろう:そうですね(笑)でも、ずっと歩いていたのが普通だったので、東京で歩けない距離も弘前だと歩けるんですよね。

東京だとバイク移動だし、電車にもよく乗るので長く歩きたくないのに、弘前だと本当に1日中歩き回っています。

-SNSで弘前についてよく投稿されています。積極的に地元をアピールしようと?

じろう:地元のために「何かしたいな」とは思っていますね。地元に少しでも興味を持ってもらえるならと投稿しています。

高校の同級生が芸能界へのきっかけ?

―県内屈指の進学校、弘前高校のご出身と伺っています。

じろう:青森の人、みんなそう言うんですよね〜。弘高ってすごいって。全国的に見たら、ぜんぜん大したことないんですけどね。

-クラスごとに、ねぷた祭りの山車を造るそうですね。

じろう:3年間造る場所には混ざっていたけど、直接紙を貼ったり、枠組みの針金を曲げたりってはしてなくて、ただ放課後に集まっているのが楽しいっていうだけでした(笑)

ねぷた祭りで披露する弘前高校の山車 出典元:アプティネット

-部活動はされていましたか。

じろう:1年生の時だけ空手部で、その後は模型部といって、当時は放課後に遊んでいるような部活にいました。

落ちこぼれの集まりというか帰宅部みたいな部活で、年に1回部費で学校祭の時にプラモをつくって出展するという。

当時の弘高って1年生ですぐに分かれたんですよ、できる人とできない人に。ぼくも最初のテストでみんな頭が良すぎて、来るべき高校じゃなかったなって思って。

-進学校でぶつかる壁ですね。模型部では普段はどんな活動を?

じろう:普段は何もしないんです(笑)

学校祭の時に部費が下りるから、デパートからでっかいプラモを買ってつくって、なんとなく展示する。ガンダムの基地みたいな物を組み立てましたね。

その時の同級生だった部長が、サブカルが好きで詳しいやつで。高校2、3年の時に忌野清志郎の音楽とか色んな映画を教えてくれた。それでこっちの業界に興味を持ったみたいな部分はあるんです。

映画も音楽も、普通の人とは違うものを見るやつでした。弘前に1館しかなかった単館系の映画館もそいつに教えてもらいました。

人前で津軽弁を話したくなかった

-青森出身であることが、日常会話とかネタ作りで役立った瞬間ってありますか。

じろう:津軽弁が話せるというのはありますね。今はネタでもよく使います。

でも、ずっと嫌だったんすよね。「田舎っぺ」だってことが。すごくコンプレックスだったんです。絶対に人前で津軽弁しゃべることなんかなかったんです。

でも、どっかからか、何かが変わりましたね。

-高校卒業後は関西に進学されました。ぜんぜん言葉が違ったのでは。

じろう:とりあえず、大阪弁は使いたくなかったんです、青森の人間だし。頑張って標準語を話しました。

標準語と思って話した単語が津軽弁だったこともあって、区別できていなかったんですね。

すごく覚えているのは「めぐさい」って。「恥ずかしい」って意味で言っていたんですよ。「すごいめぐさくてぇ〜」みたいに言ったら「何それって?」って。「めぐさい」って津軽弁だったのかと(笑)

弘前市のリンゴ畑 出典元:青森アプティネット

-青森でも十和田出身の私とは、話していてもなまりませんね。

じろう:すぐに変わりますよ、相手の人が津軽の人なら! 同じ弘前の「人間椅子」(ロックバンド)の和嶋慎治さんとか、東京で対談してもずっと津軽弁でしゃべってしまいますよ。

たぶん、ここは津軽と南部(※)だから、標準語の会話になっているんでしょう(笑)

【津軽と南部】青森県は、西側の弘前市や青森市を中心とした津軽地方と、東側の八戸市や十和田市を中心とした南部地方に大別される。まったく文化が異なり、互いの方言がほぼ通じない。

決め手は「ザ・ビデオ屋」

-県外に出た時に「青森出身です」と自己紹介すると「方言しゃべって!」と言われませんか。

じろう:あー!言われますね!未だに言われますね。本当に困る。

-いざ「なまれ」と言われても難題ですよね。どのように切り返しますか?

じろう:確かに、相手の人がそっちの人じゃないと出しづらいですよね。うん、やっぱり出ないですよ。いつも、どうしているっけなぁ。「なんか文章ちょうだい」って言って、その文章のイントネーションを津軽弁にしてしゃべったりですかね。

あと「ザ・ビデオ屋」(※かつて県内に展開していた電器店)のローカルCMを見せると、みんな喜ぶって聞いて、それを見せて真似したりとか。

-「つき↓づき↑せん↓えん→」(月々1000円)と津軽弁で早口でまくし立てるCMですね。

じろう:ぼくらは何を言っているかだいたい分かりますけど、他県の人が聴いたら何を言っているのか本当に分からないらしいです。

-しかし、行ったという話を聞かないお店でした。

じろう:そうなんですよね、CMだけ有名なところでしたね。

▶後編につづく
「青森、魅力ねぇんだよな…」芸人シソンヌ・じろうが考える地元のいいところ【後編】

【じろう】1978年7月、青森県弘前市出身。お笑いコンビ・シソンヌのボケ担当。2014年の第7回キングオブコント王者。コントで演じる「川嶋佳子」という熟女キャラが有名。広島東洋カープの熱烈なファンとしても知られる。公式Twitterは「@sissonne_jiro」。

【青森県】人口約129万人(全国35位)、面積9644平方キロメートル(同8位)。リンゴ、にんにく、ごぼう、ながいもの収穫量、ヒラメの漁獲量、魚介類の消費量、高卒者就職率、現役幕内力士の数、年間降雪量などで全国1位。

【タレント観光協会】過去のインタビュー

第1回:馬場ふみか(新潟県)-「新潟で育って良かった」日本酒片手に地元愛を語る

第2回:はなわ(佐賀県)-「14年前は佐賀に迷惑かけた」自虐少なめで語る地元愛

第3回:スザンヌ(熊本県)-熊本地震で「ガッツがある県民性と分かった」

第5回:ウーマンラッシュアワー村本大輔-「押し付けられても郷土愛は生まれない」村本流街おこし論