筆者は夏になると、家族で海辺に出かけます。私が海岸沿いの木かげで子どもとキャンプの準備をしていると、ほかのお母さんたちも子どもとテントを張っていて、にぎやかな声が聞こえてきます。

今年の夏は、こうしたお母さんたちの何人かと少し親しくなりました。とはいっても、会えばあいさつをし、日焼け止めやベビーシッターについて情報を交換して、お互いの仕事について当たり障りのないおしゃべりをする程度の関係です。筆者以外の親グループの結びつきはとても強いようですが、筆者の場合、ときどき話をするとは言え、そこまで親密ではありません。

この夏休みの期間中、その点がちょっとした悩みになりました。ほかのお母さんたちがお出かけの計画を立てたり、子ども同士が遊ぶ日取りを決めていたりする会話が聞こえると、「自分だけがのけ者になっている」という気分を抑えられなくなるのです。しかも、筆者にはやや心配性の気があります(以前は人と接する場面で心が不安定になる社交恐怖ではないかと思っていたのですが、どうやら何に対しても不安を覚えるタイプのようです)。

そこで反射的に、「あのお母さんたちはきっと私のことが嫌いなんだ」という、最悪の解釈が頭に浮かびました。「きっと何か、おかしなことを言ってしまったんだ。いや、もっと悪いかもしれない。根っからの変人と思われて、仲良くなるべきではない危険人物と思われたのではないだろうか?」と思ってしまったのです。

自分の意見を聞いてもらえない、あるいは無視されているといった悩みを抱えた時には、自分の思いをパートナーや友人に打ち明けてみましょう。その際、最初に「これは自分の妄想なんだけれど……」と言った上で、その時点で悩みの種になっている出来事の、あなたなりの解釈を話してみるのです。

そんな思いにとらわれていた時に、ちょうどBusiness Insiderに掲載されたブレネー・ブラウン氏のインタビュー記事を目にしました。ブラウン氏は『本当の勇気は「弱さ」を認めること』の著者であり、人が持つ恥の感情や傷つきやすさにについて、TEDでもプレゼンテーションを行っている専門家です。

このインタビューでブラウン氏は、円滑な人間関係を営む上で、彼女にとって一番効果的なコツがわかったと明かしています。それは、(自分の意見を聞いてもらえない、あるいは無視されているといった悩みを抱えた時には)パートナーや友人に、「これは自分の妄想なんだけれど……」という前置きをつけた上で、その時点で悩みの種になっている出来事について、自分なりの解釈を打ち明ける、という方法です。

このインタビューでブラウン氏は、夫と湖に泳ぎに行った時の実体験を例に挙げています。彼女は、夫と一緒に泳いでいる最中にロマンティックな気分になり、夫にもっとつながりたい気持ちを伝えたのですが、短い返事があっただけで夫は泳ぎ去ってしまったそうです。傷ついた彼女は、夫にこう言いました。「これは私の妄想なんだけれど、あなたは私が泳いでいる姿を見て、『ずいぶん老けたな。もうクロールで泳げなくなってるじゃないか』とか、『25年前と違って競泳用水着が似合わない体になったな』とか思ったんじゃないの?」と。

彼女の言葉は理にかなっているでしょうか? とてもそうとは言えません。でも、あえて感じたままを伝えることが、会話のきっかけになります。無視されて傷ついたという彼女の思いが夫にきちんと伝わりますし、しかもこれは、彼女が認識していない、ほかの要素が原因である可能性も認めた言い方になっています。「これは私の妄想なんだけれど」と最初に断わっておくことで、話している側の認識が間違っているという可能性にも道を開いておくわけです。

夫の態度にカッとなって、「ビキニが似合わないくらい太った私とは、もう話す気にもなれないんでしょう? まったくひどい人ね!」と夫をなじり、すねてその場を去ってしまうよりは、はるかに良い対処の仕方でしょう(誰でも、こうした態度をとる人に心当たりはあるでしょうし、「自分はああはなりたくない」と思っているはずです)。

そうしたかたちで話を聞いてみると、ブラウン氏の夫は実は水中でパニック状態になっていて、何とか湖畔の桟橋にたどり着くまで冷静さを保とうと必死だったことがわかったそうです。

ブラウン氏が提唱するこのやり方を筆者が気に入ったのは、これが共感を育む手法になるから。私はこれまで、人付き合いのスキルについて自分なりに学んできましたが、社交の達人と思い込みが激しい非常識な人の間にある最大の違いは、この「他人への共感が身についているか否か」という点でした。人付き合いのうまい人は、友人や恋人、さらには単なる顔見知りのレベルまで、さまざまな人間関係でこの共感を発揮しています。しかも、短絡的に最悪の解釈をすることはありません。「相手に何か、自分が気づかないような事態が起きているのでは?」と想像する心があるからです。

ということで、筆者が海辺で出会ったお母さんグループの問題に戻りましょう。ブラウン氏の手法を使うなら、筆者はお母さんたちに歩み寄って、「これは私の妄想なのだけれど、私って変わっているから嫌われているんですよね」と語りかけるべきでしょうか? これはダメです。頭がおかしいと思われてしまいますし、自分の思いを押しつけすぎです。こんなことを言ったら、このあたりで一番変わった母親と認定されてしまうでしょう。それに実際、筆者の子どもたちもなかなかの問題児なのですから。

でも、先ほどのフレーズを自分自身に向けて語りかけるのであれば大丈夫です。しかも、それに対する理にかなった返答を、自分に返してあげることもできます。「あのお母さんたちはもう何年も前から知り合いで、子どもたちも同じ学校に行っていて年齢も近い。でも、あなたはたった10分前に知り合ったばかりでしょう? 人と仲良くなるには時間がかかるのよ」と。

さらにこのテクニックは、夫との関係にも応用できそうです。筆者の夫は、長い時間黙り込んでしまうことが多く、そういう態度を見ているとこちらは退屈しているのではないか? イライラしているのではないか?と思いがちです(真相はというと、夫が沈黙しているのはメールやテキストメッセージで仕事の相手や家族とやりとりをしている場合がほとんどで、ただ筆者がそのことに気づいていないだけなのです)。

もし、あなたが筆者と同様のタイプで、対人関係での出来事を否定的に捉えがちであれば(本当はニュートラルだったり、あるいはポジティブだったりしても)、このテクニックは自分の考え方を見直す良いきっかけになるかもしれません。「これは私の妄想なのだけれど」という前置きを口に出して言うかどうかは、その状況次第です。

Image: kornnphoto/Shutterstock.com

Source: Business Insider

Reference: Wikipedia, Amazon, TED.com

Leigh Anderson - Lifehacker US[原文]