市川由衣のラブシーンはなぜ心抉られる? “無垢な少女”からの成長を振り返る

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 市川由衣のラブシーンは、いつも痛々しさを感じさせる。というのも、彼女に濡れ場が要求される時の役柄は、一方通行の愛である場合がほとんどだからだ。その代表作が2014年に公開された映画『海を感じる時』だろう。

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 同作は、作家・中沢けいの同名小説を『花芯』(2016年)の安藤尋監督が実写化した青春ドラマ。少女・恵美子(市川由衣)が、一人の男性・洋(池松壮亮)との出会いを機に、大人の女へと成長していく模様を描く。市川演じる恵美子は、高校生のある日、先輩である洋にいきなりキスを迫られ、思わず身を委ねてしまう。女子高生という多感な時期に、唇を許してしまったのだから、彼のことが“特別”にならないはずがない。一方で、「女性の体に興味があっただけで相手は誰でもよかった」と冷たく言い放つ洋。だが、恵美子は彼に愛されていないとわかりながらも、ズブズブとはまっていく。愛情に飢え、必要以上に身を委ねていくのだった。

 撮影当時27歳前後であった市川。物語は女子高生時代から始まるため、制服にも身を包んでいる。その可愛らしい容姿と幼い顔立ちからか、不思議と10代の役もそこまでの違和感を感じさせない。加えて、それまでの“清純派”というイメージが彼女に色濃く刻まれていた時期だ。まさに“無垢な少女”、そのものであった。そんな“無垢な少女”が“大人の女”へと変化していく様は、まるで市川自身が“清純派女優”の殻を打ち破り、女優として一皮も二皮もむけていくようにも見えた。

 同作のオファーが来てから1ヶ月もの間、答えが出せずに悩んていたという市川。映画公開タイミング当時のインタビューで、彼女は「やらないと後悔すると思いましたけれど、やるには精神的な面で相当の覚悟がいると感じました」(引用:映画.com/市川由衣が語り尽くす「海を感じる時」で体現した“痛み”と“もがき”)と、明かしている。だが、姉の後押しやマネージャーの支えもあり、出演を決めたという。

 そして、撮影初日を振り返り、「最初は不安でした。でも、1日目からラブシーンを撮り終えて…もう飛び込もうと」(引用:マイナビニュース/市川由衣が語った”イメージの苦悩と打破” - 女優の転機となった姉、マネージャー、そして脱ぐ覚悟)とコメント。そんな覚悟を決め、精神を削った彼女の演技は、壊れてしまうのではないかと観客を心配させるほど、体当たりなものになった。ただでさえ、イメージにしても容姿にしても、大胆な濡れ場を演じるには、ギャップがありすぎる彼女だ。だからこそ、彼女の姿が世間に与えた衝撃は大きかった。

 それから3年後の今年、映画『アリーキャット』で、再び彼女は身も心も裸になった芝居を見せている。愛らしい容姿は変わらないものの、『海を感じる時』よりも、どこか芯のある強さと大人の余裕を感じさせた。というのも、2015年に結婚し、30代になった彼女は今回、シングルマザーの土屋冴子という役を演じている。息子を守るために自らの肉体を売り、相手からの一方通行の愛(執着)を受け続けるという役どころだ。女優としても人としても経験を積み、成長を遂げた彼女は、一児の母親役が実によくハマる。どんなに窮地に立たされても、力強い眼差しを向け続ける冴子の姿には、女優・市川由衣の内面の変化さえ見て取れる。

 そんな“無垢な少女”から“大人の女”になり、“一児の母”へと役柄も成長して来た市川だが、先述した通り、どちらの役も“一方通行の愛”にも関わらず、身を委ねてしまう。愛されてないと気付きながらも、洋にすがりついて離れなかった恵美子と、相手を愛していないが、お金のため、そして大切なものを守るために身体を売り続ける冴子。どちらも、行為自体に意味はない。身を削り、虚しいだけだとわかっていた。身体を委ねている最中の彼女たちは、どちらも痛々しく映る。欲望と快楽の中でどこか、表情が泣き叫んでいるように歪み、目に光を宿していないのだ。だが、彼女は、役としても女優としても決して「負けない」。その瞬間こそ、市川由衣という女優の強さがむき出しになり、艶めく。

 市川のラブシーンは見るものの脳裏に焼き付いて離れない。どんなに傷つき、痛めつけられても、立ち上がる姿に心を抉られる。それは、市川が演じているのではなく、彼女たちと一緒に自らの血肉を削って、作品の中で生きているからだろう。(文=戸塚安友奈)