時代を牽引する天才イーロン・マスクやピーター・ティール、スティーブ・ジョブズらを衝き動かす現代の支配思想とは何か?

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 ロサンゼルス国際空港に近いスペースXの工場には、アメリカン・コミックのヒーロー、アイアンマンの巨大なフィギュアが置かれている。一見どうでもいいことのようだが、ここにわたしたちの来るべき未来が象徴されている。

 スペースX(正式名称はスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ)はロケット・宇宙船の開発と打ち上げを行なう民間企業で、2002年にシリコンバレーの起業家イーロン・マスクによって設立された。『アイアンマン』シリーズはハリウッド映画として世界的に大ヒットしたが、なぜそのフィギュアがスペースXにあるかというと、イーロン・マスクこそが主人公トニー・スタークのモデルだからだ。

 1971年に南アフリカで生まれたイーロン・マスクは、母国に自分の将来はないと考え、高校を卒業すると母方の親戚を頼ってカナダに渡る。「内部に30分以上いると暑さで確実に死ぬ」という製材所のボイラー室の清掃を時給18ドルで請け負うなどして糊口(ここう)をしのいだのち、オンタリオ州のクイーンズ大学に入学。2年生を終えると奨学金を得てアメリカのアイビー・リーグのひとつペンシルバニア大学に編入し、物理学の学位を取ると同時に、同校のビジネススクールであるウォートン校で経済学を学んだ。


イーロン・マスク氏 ©getty

 大学卒業後はいったんスタンフォード大学大学院に籍を置くもののすぐに退学し、弟とオンライン広告支援のベンチャー企業を立ち上げた。その会社をインターネットバブル絶頂期の1999年に売却して2200万ドルを手にすると、それを元手にネット銀行X.com(エックス・ドット・コム)を創業、のちにこの会社と合併するのがピーター・ティール率いるペイパルだった。マスクはティールに追い出されるかたちでCEO(最高経営責任者)を退任するのだが、その後も彼らのビジネス関係はつづき、ティールがシリコンバレーを代表するベンチャー投資家となると「ペイパル・マフィア」と呼ばれるようになる。――フェイスブックへの初期投資50万ドルを10億ドルにしたことで名を馳せたピーター・ティールは、あとでふたたび登場する。

 30歳になったときイーロンは無職だったが、オンラインオークションのイーベイがペイパルを15億ドルで買収したため、手元には2億5000万ドルの資金があった。無一文で北米に渡ってきた青年は、わずか10年で300億円ちかい資産をもつようになったのだ。

 だがイーロンは、その程度の成功ではまったく満足しなかった。彼にはもっと大きな夢があったからだ。それは、人類を火星に移住させるという壮大な事業だった。その夢を実現させるためにロサンゼルス郊外の古い倉庫を買い取って立ち上げたのがロケット開発のベンチャー企業スペースXだ。

とどまることを知らない事業欲

 さらにイーロンは、2003年に電気自動車のベンチャー企業に出資し、やがて創業者を追い出してCEOに就任する。この会社が、いまやGMを抜いて時価総額で全米首位の自動車メーカーになったテスラだ。その後、テスラ車のオーナーが長距離ドライブを楽しむことができるよう全米数百カ所に高速充電スタンド「スーパーチャージャー」を設置すると発表し、太陽光発電のソーラーシティを起業。また2013年にはサンフランシスコとロサンゼルスを結ぶ次世代交通システム、ハイパーループ構想を発表して話題を集めた。


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 イーロンのとどまるところを知らない事業欲と成功の秘密は、彼が並外れて賢いからだ。最初に起業した会社では自分でプログラムを書き、ネット銀行の決済システムを自分で考案し、ロケットの膨大なパーツの仕様から電気自動車のデザインに至るまであらゆることに現場で陣頭指揮を取っている。

イーロン・マスクの夢

 彼はなぜ、次々とハイリスクな事業を手がけるのだろうか。

 裕福で偏屈な電気技師の父親のもとで育ったイーロンは、いつも夢を見ているような風変わりな少年だった。小学校に入る頃には本に夢中になり、3年生か4年生のときには学校の図書館にも近所の図書館にも読むものがなくなり、しかたがないので百科事典を読みはじめ細部まで暗記してしまった。

 その一方で友だちはほとんどできず、深刻ないじめにあって中学や高校を何度か転校している。不良たちに暴行を受け、顔に全治1週間の重傷を負ったこともあるという。

 そんな少年が最初に注目を浴びたのは、パソコン専門誌にビデオゲームのソースコードが掲載されたときだった。それはエイリアンの宇宙船を破壊するゲームで、12歳の力量をはるかに超える作品だった。その少年は現実と空想をうまく区別することができず、SFで描かれる人類の悲劇的な運命を自分の責任のように感じていた。イーロンは十代の頃を振り返って、「唯一、人生において意味のあることといえば、啓蒙による人類全体の底上げに努力することだ」との使命感に駆り立てられていたと語っている。

 イーロン少年をもっとも不安にしたのは、人口の爆発的な増加と化石燃料の枯渇だった。人類を絶滅の危機から救うためには、地球以外に居住可能な惑星を開拓することと、石油や石炭に依存しないエネルギーの開発が急務だった。

 これで、イーロンがスペースXとテスラを創業した理由がわかるだろう。それは、子どもの頃に思い描いた人類救済の一大プロジェクトの第一歩なのだ。

 トニー・スタークは億万長者の天才発明家で、紛争地で心臓に致命的な怪我を負い、ゲリラ組織に生命と引き換えに新兵器開発を強要される。しかし彼は、同じく捕虜となっていた天才物理学者の協力を得て、超人的な能力を発揮するパワードスーツをつくりあげる。それを身に付けたスタークは「アイアンマン」となり、世界を破滅させる悪と戦う使命に目覚めるのだ……。

 孤独な少年時代にあらゆるSFとコミックを読み漁ったイーロンは、当然、この物語を知っていただろう。その少年がいまやアメコミのヒーローを超える億万長者となり、映画版『アイアンマン』のモデルとして全世界の注目を集めている。これが、現代の「アメリカンドリーム」の物語だ。

アメリカの自由を守る超人

 スーパーマンはアメリカ人夫婦に拾われた宇宙人(クリプトン星人)の孤児だった。バットマンは億万長者ブルース・ウェインの変身した姿だが、武術の達人ではあってもふつうの人間だ。それに対してアイアンマンは、魔法や妖術の類ではなくテクノロジーによってパワーを拡張している。

 そしてここにもうひとり、「テクノロジーが人類を救う」と信じるシリコンバレーの住人がいる。それがピーター・ティールなのだが、彼について述べる前にジョン・ゴールトを紹介しなければならない。といっても、ほとんどのひとはその名を知らないだろう。

 ジョン・ゴールトはアメリカの小説家・思想家アイン・ランドの長大な思想小説『肩をすくめるアトラス』の登場人物だ。ランドは帝政時代のサンクトペテルブルクに生まれ、ロシア革命後の大学でヨーロッパ哲学を学び、20歳でアメリカに移住する。オブジェクティビズム(客観主義)という独自の哲学を唱え、多くの崇拝者(そのなかにはのちのFRB議長アラン・グリーンスパンもいた)を獲得したランドが1957年に発表したのが『肩をすくめるアトラス』で、1991年には米議会図書館などが行なった「人生で最も影響を受けた本」の調査で聖書に次ぐ票を集めた。

 ランドの思想を要約するなら、熱烈な反共主義を背景とした、アメリカ建国の理念と西部開拓時代の自助・自立の道徳、そしてヨーロッパ(ニーチェ)哲学の奇妙な混淆(こんこう)物ということになるだろう。

 ロシア革命後の独裁化する共産主義体制を経験したランドにとって、アメリカが体現する「自由」はなにものにも代えがたい光り輝く聖杯だった。しかしその自由はいまや、国家や権力に寄生する者たちによって食い荒らされ、死滅しようとしている。だからこそ英雄=超人は、自由を守り人類を救済するために、大衆という名の凡庸な抑圧者とたたかわなければならないと彼女は説いた。

『肩をすくめるアトラス』で「自由の抑圧」に抵抗する秘密組織のリーダーとなるのが、天才的な発明家ジョン・ゴールトだ。この小説の最後で、ゴールトはラジオ局の電波を乗っ取り、アメリカ国民に向けて大演説を行なう。

「自分という人間の価値のために戦いなさい。自尊心という美徳のために戦いなさい。人間たるものの本質、すなわち独立した合理的な精神のために戦いなさい」とゴールトはいう。そして、「私は決して他人のために生きることはなく、他人に私のために生きることを求めない」と宣言するのだ。

 これを偏狭なエゴイズムとして嫌うひとは多いだろうが、一方で、魂の震えるような体験をする若者もいる。イーロン・マスクの同志であり、ライバルであり、裏切り者でもあるピーター・ティールもその一人だ。

ピーター・ティールの神

 ティールは1967年に西ドイツのフランクフルトに生まれ、1歳のときに家族でアメリカに移住した。父親は鉱山会社の技師で、ティールは10歳まで家族とともにアフリカ南部を転々とし小学校を7回変わった。そのひとつがきわめて厳格な学校で、体罰による理不尽なしつけを受けたことが、後年、リバタリアニズム(自由原理主義)に傾倒するきっかけとなったと述べている。

 カリフォルニアで過ごした中高時代は数学に優れ、州の数学コンテストで優勝したほか、13歳未満の全米チェス選手権で7位にランクした。またSF小説にはまり、なかでもトールキンの『指輪物語』は10回以上読んだという。


ピーター・ティール氏 ©getty

 政治的にも早熟で、高校時代にアイン・ランドの思想と出会い、ロナルド・レーガン大統領の反共主義を支持した。スタンフォード大学では哲学を学び、当時、全米のアカデミズムを席巻していたマルチカルチュラリズム(多文化主義)に反発して、保守派文化人の大物アーヴィング・クリストルの支援を受けて学生新聞『スタンフォード・レビュー』を創刊してもいる。

 大学卒業後はスタンフォード・ロースクールに入り、最高裁判所の法務事務官を目指したが採用されず、投資銀行のトレーダーや政治家のスピーチライターなどをしたあと、90年代末のインターネットバブルを好機と見て友人とベンチャービジネスを立ち上げた。それがのちにペイパルとなるコンフィニティで、この会社がイーロン・マスクのエックス・ドット・コムと合併したことで二人の人生は交差することになる。

 この経歴を見ればわかるように、ピーター・ティールとイーロン・マスクは双生児のようによく似ている。“神童”と呼ばれた早熟な才能、子ども時代のつらい体験とSFへの傾倒、そして“選ばれし者(ギフテッド)”としての自らの使命の覚醒……。じつは彼らだけではなく、シリコンバレーには精神医学的にはアスペルガー症候群(あるいは境界例)と診断されるような若者たちが集まり、巨万の富を目指すと同時に、「世界を変える」空想物語を実現しようと奮闘しているのだ。

「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だ」というのはピーター・ティールの言葉だが、彼がTwitterを揶揄するのは知性を無駄なことに使っているからだ。ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン』で、「ダーウィン主義はほかの文脈では筋の通った理論かもしれないけれど、スタートアップにおいてはインテリジェント・デザインこそが最適だ」と述べる。

 進化論を神の教えに反するとして拒絶するキリスト教原理主義者は、学校で「(聖書にもとづく)正しい歴史」を教えるために、“神”を幕の後ろに隠し、「宇宙や自然界の不思議は科学だけでは説明できず、知性ある(インテリジェントな)何かによってデザインされた」と主張している。そしてティールは、非科学的なこの信念を、インテリジェントすなわち“神”から特別な才能を与えられた者たちが、テクノロジーのちからによって世界を「デザイン」するのだと読みかえる。これがティールのいう「インテリジェント・デザイン」であり、彼の思想の(危険な)本質が見事に表われている。

スティーブ・ジョブズの反逆

 イーロン・マスク、ピーター・ティール、アイン・ランドの3人に共通するのは外国に出自をもつことだが、シリコンバレーを理解するのに欠かすことのできないもう一人の人物も同じだ。それはもちろん、スティーブ・ジョブズだ。

 シリア人留学生とアメリカ人女性とのあいだに生まれ、養子として育てられたジョブズの複雑な生い立ちはよく知られている。多感な少年時代を60年代のカリフォルニアで過ごしたジョブズは、ヒッピー・ムーブメントやカウンター・カルチャーにどっぷりと浸かっていた。ジョブズが大学を中退してゲーム会社アタリで働くようになったのも、インドの精神世界を旅する費用を工面するためだった。


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 アップルでのジョブズの成功と挫折、そして復活の物語はいまや伝説となり、そのライフスタイルはシリコンバレーの若者たちに大きな影響を与えた。彼らは、ピンストライプのシャツにダークブルーのスーツというウォール街の金融エリートや、ワシントンに生息する政治エリートを嘲笑し、ジーンズにTシャツ、スニーカーというカジュアルファッションを好む。体制に反逆するロックを聴き、精神を解放するマリファナを吸い、自由を抑圧するすべてのものを憎み、政治的にはほとんどが民主党を支持するリベラルだ。

 そのなかでは、トランプへの支持を早くから明言したリバタリアンのピーター・ティールはたしかに異質に見える。それに対して、ジョブズを継いでアップルのCEOに就任し、ゲイであることをカミングアウトしたティム・クックは典型的なリベラルで、トランプ政権ともはっきり距離を置いている。こうしたことから、シリコンバレーでも右派(共和党)と左派(民主党)の対立が論じられている。

 ただし内実を見てみると、彼らの関係は思いのほか近いことがわかる。

 イーロン・マスクは一時、トランプの支持団体に名を連ねていたが、(地球温暖化対策の国際的な枠組みを定めた)パリ協定から離脱するとのトランプの判断に抗議して辞任した。ロケット開発やエネルギー事業は政治と密接にかかわることからイーロンは「体制寄り」と批判されることも多いが、彼の熱狂的な支持者の一人は“シリコンバレーでもっともリベラルな企業”グーグルの共同創設者、ラリー・ペイジだ。フェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグは、母校ハーバード大学のスピーチで「世界市民」としての社会貢献を説き、ベーシックインカムの導入に言及するなど「リベラル」を鮮明にしているが、そのフェイスブックに最初に投資し、大株主としてIPOに導いたのはピーター・ティールだ。

 しかしこれは、なにも不思議なことではない。「国家」「権力」「政治」との距離の取り方は一人ひとりちがっているように見えても、その背景にある彼らの価値観は驚くほど似ているのだ。

リバタリアンと愛国

 イギリスの研究者リチャード・バーブルックとアンディ・キャメロンは、早くも1990年代にそれを「カリフォルニアン・イデオロギー」と名づけた。そのとき彼らは、シリコンバレーを支配する特殊な価値観が60年代のカウンター・カルチャーに端を発しているように見えながらも、その実態が「グローバル資本主義」と一体化していることを正確に見抜いていた。彼らはカリフォルニアン・イデオロギーを、「ヒッピーたちの奔放な精神と、ヤッピーたちの企業的野心とをふしだらに結びつけ」たものと定義する。

 バーブルックとキャメロンによれば、「仮想階級(バーチュアルクラス)」は、シリコンバレーのエンジニアなど90年代に台頭した知的エリートのことだ。彼らが共和党の「ニューライト(リバタリアン)」に近づくのは、ITビジネスにおいて、政府に規制されない「市場原理主義」が必要だからだ。そしてこの「右への転回」は、「(アメリカ独立宣言の主要な起草者である)トマス・ジェファーソンが夢見た共和制の理想は自由なサイバー空間で実現される」という信念によって正当化される。

 そして二人は、テクノロジーの未来をアメリカ独立戦争へと接続するレトリックを「過去への前進」と批判する。これは、エリート主義以外のなにものでもないシリコンバレーの論理が、なぜアメリカの大衆にも支持されるのかを示している。それは、アイン・ランドのような古典的な(旧態依然な)自由主義を経由して、アメリカ建国の理念につながっているのだ。

 現代の「英雄」であるシリコンバレーの起業家たちは、「右」や「左」という政治的立場に関係なく、自助・自立の精神でサイバー空間のフロンティアを開拓し、きわめて高い知能とAI(人工知能)のようなテクノロジーを駆使して、「自由のユートピア」の建設に向かって最短の道を(合理的に)進んでいる。だとすれば、わたしたちを待ち受ける未来はどのようなものになるのだろうか。

 コンピュータ世代のカルチャー雑誌『ワイアード』の創刊編集長であるケヴィン・ケリーは、「テクニウム」という刺激的な概念を提唱している。テクニウムは「テクノロジー生態系」のことだが、それは人間が意図的につくりだしたものではない。テクノロジーこそが主体で、それが人間を利用して自らの環境を拡張しているとケリーは考える。

 リチャード・ドーキンスは『利己的な遺伝子』において、人間は進化の主役ではなく遺伝子のビークル(乗り物)に過ぎないと述べた。テクニウムにおいては、テクノロジーはスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような“ギフテッド”をビークルにして、自らの可能性を限界まで拡張していく。そこではもはや、人間の意思はなんの影響力ももたない。わたしたちにできるのは、科学技術の進歩に翻弄されながら、ただひたすら「テクニウム」に適応しようとあがくことだけだ。

 産業革命以降の人類史では、進化のための淘汰は自然生態系ではなく、テクノロジー生態系で起きている。そう考えれば、「人類の救済」を夢想し、知性によって世界を「デザイン」しようとするカリフォルニアン・イデオロギーもまた、テクニウムの創造物なのかもしれない。

 参考文献

アシュリー・バンス『イーロン・マスク 未来を創る男』講談社

アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』アトランティス

ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』NHK出版

池田純一『ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力』講談社現代新書

リチャード・バーブルック、アンディ・キャメロン「カリフォルニアン・イデオロギー」『10+1』13号 INAX出版

ケヴィン・ケリー『テクニウム テクノロジーはどこへ向かうのか?』みすず書房

(橘 玲)