85ヵ国・地域から800人を超す選手が集結し、8月21日から26日までフランス・パリで開催されたレスリング世界選手権。大会2日目には、日本男子34年ぶりとなる世界選手権・金メダリストが誕生した。2020年の東京オリンピックに向けて覚えてほしい男の名は「文田健一郎(ふみた・けんいちろう)」。日本体育大4年生の21歳、グレコローマンスタイル最軽量59キロ級の選手だ。


「スーパー高校生」須崎優衣が初の世界選手権で堂々の金メダル

 リオデジャネイロオリンピックで同階級の銀メダルを獲得した同門の先輩・太田忍を、昨年暮れの全日本選手権と今年6月の全日本選抜選手権で連破し、今回の世界選手権代表権を獲得。今年に入ってもアジア選手権をはじめ数々の国際大会で優勝を重ね、今大会中に現地で毎日配布されている観戦ガイドにも「注目の日本人選手」として同クラス・階級でただひとり紹介された。

 世界選手権初出場ながら海外でも高い評価を受けているということは、各国も文田の存在をマークして研究してくるということ。得意としている右四つ構えからの反り投げが研究され、相手選手は肩をつけてきて低く構えるか、もしくは文田の腕を殺して外から攻めてくるのは明らかだった。

 それでも初戦や2回戦はワンチャンスを確実に掴み、必殺の反り投げで大勝。だが、準々決勝の強豪・ロシアとの戦い以降は完全に攻め手を封じられ、自分の形に持っていけなかった。そのため苦戦の連続となるも、文田はあきらめることなく常に前へ。1回戦で頭部を負傷して頭に巻かれた白いテープが文田の闘志を象徴していた。最後は終始、冷静に攻めまくって優位に試合を展開。そしてついに、文田は悲願の金メダルを掴み取った。

 21歳8ヵ月での世界選手権優勝は、日本のグレコローマンスタイル最年少記録。世界選手権で日本人男子学生が優勝したのは、モスクワオリンピック前年の1979年、当時日大の学生だったフリースタイル57キロ級の富山英明(1984年ロサンゼルスオリンピック金メダリスト/現・日本レスリング協会常務理事)以来だ。

「太田先輩とは『お互い競い合って世界のトップにいこう』と約束しています」と文田は語ったが、リオデジャネイロオリンピック前から続く太田忍との代表争いは今後ますますヒートアップするだろう。太田も「自分が出場すれば絶対に優勝できた」と思っているはず。太田と文田、どちらが出場しても世界一となり、ふたりが日本男子レスリング界を牽引していけば、他の階級への影響も計り知れない。

 グレコローマンスタイルでのメダル獲得に勢いづいた日本は、続く女子も世界最強の実力を遺憾なく発揮した。

 大会3日目は、世界選手権初出場でジュニア以下の世界選手権にも出場経験すらない、まさに「世界デビュー」となった55キロ級の奥野春菜(至学館大1年)が金メダルを獲得。オリンピック4連覇を達成した伊調馨以来となる「18歳での世界選手権優勝」を成し遂げた。

 奥野は吉田沙保里(至学館大副学長)の父、故・栄勝(えいかつ)氏が開いた「一志レスリングクラブ」で鍛えられたタックルと、失点ゼロで決勝戦まで勝ち上がったディフェンス力が売り。そして、大学で直接指導する栄和人(日本レスリング協会強化本部長)も指摘する「18歳とは思えぬ、ふてぶてしさ」が最大の魅力だ。

 55キロ級はオリンピック階級でないことから、大会前の注目度は高くなかったものの、今大会53キロ級で銀メダルを獲得した向田真優(むかいだ・まゆ/至学館大2年)、負傷欠場したリオデジャネイロオリンピック48キロ級金メダリストの登坂絵莉(とうさか・えり/東新住建)、さらに状況によって吉田も現役復帰を果たせば、これらが同じ階級でぶつかる可能性は高い。奥野は最激戦区となりそうな代表争いへの参戦権を堂々ともぎとった。

 そして大会4日目は、「日本代表選手団最年少」「世界選手権初出場」でありながら、もっとも期待と注目を集めてきたスーパー高校生・須崎優衣(すさき・ゆい/JOCエリートアカデミー/安部学院高3年)が48キロ級に満を持して登場。本人の公約どおり、圧巻の内容で初優勝を飾った。

 18歳1ヵ月26日での世界選手権・金メダル獲得は、「シニアはその年の12月31日時点で18歳以上」というルールが確立して以降、17歳10ヵ月で優勝(1999年スウェーデン・ボーデン大会)した正田絢子に次ぐ2番目に若い記録だ。しかも日本レスリングにおいて、現役JOCエリートアカデミー生が初めて世界選手権出場を果たしての優勝である。「世代交代が進まない」と言われ続けてきた日本女子レスリング界の現状を、この18歳は大きく変える可能性を秘めている。

 パワーで優る北朝鮮選手との準決勝は苦戦して5-2に終わったものの、それ以外の4試合はすべて圧巻のテクニカルフォール勝ち。吉田も絶賛するスピードと、伊調ばりの体幹と足腰の強さに加え、この1年は課題として強化してきたグラウンドでの攻撃力も急成長を遂げた。タックルからローリング、そしてアンクルホールドへとつなげる高い得点能力を身につけた須崎は、どこまで強くなるのか。

「次の大きな目標は2020年東京で金メダルを獲ることです」

 試合後のインタビューで、須崎は誰よりも大きな声で、ハッキリと自信満々に宣言した。金メダルを首から下げて見せた屈託のない笑顔が初々しい。その表情には、日本の至宝である吉田や伊調の女王たちも超える無限の可能性があふれていた。

 今大会に出場したリオデジャネイロオリンピック金メダリストのふたり、60キロ級の川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)と69キロ級の土姓沙羅(どしょう・さら/東新住建)の社会人1年生コンビも、そろって金メダルを獲得。一気に若返ったチームをリードしながら、「オリンピックチャンピオンとして負けるわけにはいなかい」と実力を存分に発揮した。

 また、75キロ級でも鈴木博恵(クリナップ)が銅メダルに輝き、2010年の浜口京子以来となる最重量級メダルを奪取している。日本女子は今大会で金メダル4個・銀メダル1個・銅メダル1個を獲得し、軽量級から重量級まで幅広い層の厚さを世界に見せつけた。

 1964年の東京オリンピックで金メダル5個を獲得して”レスリング王国”と評された時代、「日本の2位は世界の2位」と言われていた。事実、その東京オリンピック代表の座をあと一歩のところで逃した現・日本レスリング協会会長の福田富昭は、翌1965年の世界選手権で見事に優勝を果たしている。

 国内で熾烈なライバル争いを続けてこそ、世界で勝てる――。世界最高の舞台で名乗りを挙げた新星たちが、2020年の東京オリンピックへ向けて「花の都パリ」から新風を巻き起こした。

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