[8.26 J1第24節 横浜FM1-0FC東京 日産]

 もしかしたら1年前、ブラジルの地で躍動していたかもしれないし、悔しさを味わったかもしれない。しかし、DF山中亮輔は“何かを得るはずだった”ブラジルの地を踏むことなく、リオデジャネイロ五輪代表の活動も終わりを迎えた――。

 リオ五輪を目指す年代別代表に手倉森誠監督が就任して以降、山中は不動の左SBとして活動してきた。チームの初陣となった14年AFC U-22選手権から始まり、同年10月アジア大会、15年3月リオ五輪一次予選、そして16年1月のリオ五輪最終予選を主軸としてプレー。チームで数少ない左利きという希少価値もあり、ブラジル行きは当確と思われていたが、リオ五輪開幕まで3か月を切った16年5月に負傷。そして、約2か月後の7月1日に発表されたリオ五輪代表メンバーに山中の名前はなかった。

「あれは本当に落ち込みましたね、…本当に。個人的にも(五輪の)出場権獲得に貢献できたという自負があったし、ケガをしていなければブラジルに行けていたかもしれないので、あのケガはすごく苦しかった」

 あれから約1年が経ち、所属クラブは下部組織から育ってきた柏(14年は千葉に期限付き移籍)から横浜F・マリノスに変わった。序盤は負傷の影響もあり、リーグ戦初出場は第10節鳥栖戦と遅れ、「全然試合に絡めなくて、僕的にもすごく厳しい時期を過ごした」ものの、第15節FC東京戦で初先発を飾ると、その後は先発の座を守り続けて結果も残す。左足から繰り出す鋭く正確なパスで決定機を演出し、第17節大宮戦では移籍後初ゴールを記録。さらに本職の守備でも第20節新潟戦からの5試合連続完封に貢献と攻守に躍動している。「ポジション争いが激しいので必死ですけど、今は結果が出ているので充実しています」と白い歯を見せた。

「マリノスで出ているだけで精一杯のところがあるので、代表のことは考えている余裕が今はありません。もちろん、ゆくゆくは代表を目指したいけど、まずは地に足をつけてマリノスのレギュラーとして最後までやり続けたい」

 奇しくも、ここ数試合で逆サイドとなる右SBの位置に入るのは新潟から今季加入したDF松原健だった。リオ五輪世代の代表メンバーとして、ともに汗を流しながらも、同じようにケガをした影響もあって本大会メンバー入りを逃した男だ。「健くんも僕もマリノスに来る上で、大きな覚悟を持ってきていると思う。僕なんかは、『ここで成功しなかったら終わりだ!!』くらいの思いでした」。

 山中は言う。リオ五輪前のケガは「すごく苦しかった」と。しかし、1年経った今、以前のように左サイドで躍動する姿を見せている。「今後、自分が大きくなる上で『あの経験があったから』と言えるように、もっともっと成長したい」。再び輝き始めた左の翼は自身が成長を続けることで、その言葉を証明していく。

(取材・文 折戸岳彦)
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