―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

というのも、麻里は気づいてしまったのだ。

“女は30歳過ぎてからが魅力的?近年、女の賞味期限はどんどん伸びている?”

そんなの、絶対にウソである。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。ヤバい元彼に費やしてしまった麻里は本気の婚活を決意し、優良物件の外銀男とのデートを楽しんだが...?




―浩一さんは既婚者よ。しかも二人の子持ち。早急に帰宅してー

「...は?」

親友のみゆきからのLINEを目にしたあと、麻里はショックのあまり、凍りついたようにしばらく動くことができなかった。

浩一は、たしかに目立つ欠点はなく感じのいい男だったが、それほどモテそうでもない、女慣れしてそうでもない、どちらかと言えば“草食”っぽい雰囲気を醸し出していた。

そんな男が既婚者で、しかも2児の父親だなんて。

―...何が哀しくて、既婚者と30分も散歩したわけ...?

踵に靴擦れまでこしらえ、ジミーチュウの華奢なヒールを傷め、夜の港区というコンクリートジャングルを延々と歩いた意味。

何よりも、浩一の紳士で純朴、かつ真面目そうな振る舞いに、自分は若干気持ちが傾いていたではないか。

やっと状況を飲み込み始めると、今度は心の奥底から、火を噴くような怒りが込み上げてくる。

―やられた。

超絶イケメンや富豪レベルの男ならまだしも、外銀エリートとはいえ、あんなヤワな男の罠にまんまと引っかかった自分に、とにかく腹が立って仕方がなかった。


男を甘く見るな。東京恋愛市場の厳しい現実とは...?


“チヤホヤ”=“モテ”と、勘違いするべからず


「信じられないわよね。あの日の外銀飲みのメンバー、浩一さんも含め、全員既婚者だったのよ。私たち、まんまと騙されたわね」

みゆきは眉をひそめて嘆いたが、麻里のダメージはそれどころでない。タクシー代をケチられ30分も歩かされたうえ、浩一の好意を真に受けてさえいたのだ。

そんな自分があまりに情けなく、男たちをdisってストレス解消する気にもならなかった。

麻里は『シャングリラズ シークレット』の名物、栄養価も美容効果も高いブラックスープを啜りながら、小さく溜息をつく。今日は反省会だ。




「ほら、彼らって全員エリートだろうけど、若干冴えなくて草食っぽいオーラがあったじゃない?投資銀行部門って多忙らしいから、むしろ私、イイ歳でわりと稼いでるだろうに、モテなくて独身で可哀想くらいに思ってたわ...」

まさに、みゆきの言う通りである。

浩一はデート中も、「昔から忙しくて、全然遊ぶ暇も出会いもなくて」などと、謙虚というより、もはや自虐っぽいセリフを繰り返していた。

―時間がないから、大切にしたいって思える人には表面的じゃなく、きちんと深い関係を築きたいんだ。だから麻里ちゃんのこと、もっともっと知りたいな...-

おべんちゃらも、いい加減にして欲しい。

自分のように若く美しい女が、どうして子持ちの既婚男に時間を割かなければならないのか。

「...あんな男、既婚だって知ってたら見向きもしなかった。モテないからって既婚隠して独身の女を誘うなんて、身の程知らずもいい加減にしてほしいわ...!」

「身の程知らずは、むしろお前らの方なんじゃねーの?」

怒りに燃える女二人を前に渇いた声でジャブを投げたのは、学生時代からの男友達である春彦(通称ハルくん)である。

彼は日本人離れしたハーフのような顔をした帰国子女の超イケメンで、しかも商社マンというブランド力を持ち合わせた、勝ち組のモテ男だ。

しかし麻里とみゆきは、彼のように非常に分かりやすい女好きとマトモに渡り合う気はサラサラない。

よってハルくんとは、東京恋愛市場で生き残るため、お互いに不可侵条約のような友情を築いている。

浩一が既婚者だという事実が発覚したのも、顔の広いハルくんがどこからか仕入れてくれた裏情報だった。

「なんで、私たちが身の程知らずなのよ...?」

「だってさ、いくら普通の外見・性格とはいえ、外銀だぞ?年収3,000万とかだろ?そんな男が、本当に真面目でのほほんと地味に仕事だけしてるワケねーだろ。お前ら、男を甘く見過ぎなんだよ

“チヤホヤ”=“モテ”って勘違いしてると、マジで結婚できねーぞ」

モテ男のハルくんの忠告は、麻里の胸にグサリと突き刺さった。


めげずに慶応幼稚舎出身の広告マンとデートに赴く麻里だが...?


「君、彼氏何人いるの?」


“チヤホヤ”=“モテ”ではない。“人気者”=“本命候補”という訳でもないらしい。

異性であるハルくんの意見は耳に痛かったが、たしかに一理ある気もした。

麻里は20代の3年もの時間を破天荒なバツイチの元彼に捧げてしまったが、20代半ばまでは“結婚”を意識して男性と出会うこともなかったから、マーケットの相場観は当時と多少ちがうのかもしれない。

―身の程知らずは、お前らの方なんじゃねーの?―

それにしても、この一言はさすがに酷い。ハルくんは、麻里がたかがサラリーマンの優男に騙されても仕方がないレベルの女とでも言いたいのだろうか。

「失礼しちゃうわ。ハルくんみたいな30歳の若い男には理解できないだろうけど、私はかなりモテるんだから...」

麻里は誰もいないオフィスの化粧室で一人小さく呟きながら、イヴ・サンローランの明るいピンクのリップを唇にのせる。

メイクはバッチリ、肌のコンディションも最高。

今宵は、慶応幼稚舎出身で広告代理店勤務の和也との初デートだ。そう、一回くらい既婚者に騙されたからと言って、優良物件はまだまだ東京中に転がっている。

麻里は気を取り直し、意気揚々と恵比寿に向かった。




和也が予約してくれた『ici』は、カジュアルながらもきちんとした雰囲気のある、本格フレンチの店だった。同い年の男の子なのに、店選びのセンスは抜群だ。

また、和也は少し幼いのジャニーズ系の顔をした、ハルくんとはまた違ったタイプのイケメンである。

麻里は男の外見を重視するタイプではないが、カッコいい男の子とカウンター席に並ぶのは、もちろん悪い気はしない。

「で、麻里ちゃんは、何人彼氏いるの?」

しかし麻里のご機嫌モードは、席に着いて和也が開口一番に放った一言によって、完全にぶち壊された。

「...え?彼氏はいませんけど...」

「またまたぁ。じゃあ、言い方変えるよ。デート相手は何人いる?こうやって二人で食事に行く男って意味だよ」

「...今はフリーなので、誘われたら、たまに行きますけど...」

渋々答えるが、和也は横目で麻里を見据えながら、値踏みするような質問ばかり続ける。

「そんなことないっしょ。麻里ちゃんみたいな子は、男を何人も手のひらで転がしてるでしょ?」

―この男、なんなの...?

和也の高圧的とも言える尋問は、食事の間中ずっと続いた。

麻里はそんな彼に何度も本気で苛立ったが、自分もイイ歳の大人の女である。なんとか怒りを堪え、貼り付いた笑顔でその場を耐え忍んでいた。

食事が終わると、店を出た瞬間に帰宅しようとタクシーを探したが、和也はKYにも馴れ馴れしく肩を抱いてくる。そしてさらなる不躾なセリフに、麻里は耳を疑った。

「ウチ、すぐそこなんだ。寄って行ってよ。いいだろ?」

―ブチンー

頭の中で何かがキレる音を、麻里は微かに聞いた気がした。

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怒りが爆発してしまった麻里。KYな俺様男・和也の反応は...?