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フェラーリ70周年 AUTOCARは当時、どう評した?

フェラーリが誕生して70年となる2017年。歴代の素晴らしいクルマたちを、当時のレポートで振り返ってみたい。

フェラーリの最初の1台が道路に降り立ったのが1947年3月12日。このマラネロをベースにしたブランドが、今ほどまでに成長するとは、当時のほとんどの人は想像できなかっただろう。

この70年、フェラーリは珠玉のクルマを次々に生み出し続けてきた。1950年にシルバーストン・サーキットで開かれた最初のF1レース以来、今まで参戦し続けている唯一のコンストラクターでもある。

ここでは、70年間に渡るフェラーリの輝きを振り返るため、AUTOCARのアーカイブを掘り下げていきたい。

フェラーリ212 2シーター(1951)

1949年にフェラーリ166のレポートを記した記録が有るものの、AUTOCARとして最初のフェラーリのテストドライブは、1951年。

英国の平均的な住宅の価格が£2,100(30万円)で、アメリカでは$9,000(98万円)だった当時、£3,200(35万円)のプライスタグを付けていた。

フロントにマウントされたV型12気筒2562ccエンジンと5速マニュアルによって、0-128km/hの加速は16.2秒だった。

僅か400kmほどのマイレージだったテスト車両は6500rpmまでにエンジンの回転数を制限されていたが、われわれのテストドライバーは193km/hの最高速度を記録している。当時の評価は以下の通り。

AUTOCAR、当時の評価

「スポーツカーのボディをまとったレーシングカーと表現するのは簡単だが、それ以上に卓越した柔軟さと完璧なロードマナーを持っているクルマだ。次の完璧なコンディションでの機会のために、賛辞はとっておきたい」

フェラーリ250 GT2+2(1960)

前身のモデルが2+2として販売されていたにも関わらず、1960年に発表されたこのモデルが事実上の最初の4人乗りのフェラーリとなった。

フェラーリ250に搭載されたV12気筒2953ccエンジンは243psを発生させた。最高速度は220km/hだったが、大半のファミリーカーはその半分の速度程度しか出せない時代だった。

AUTOCAR、当時の評価

「レースに参戦しているフェラーリは、正確性と安全性とをハンドリング面で両立させる高性能なクルマ作りに熟知しているようだ。高価なグランドツアラーを販売するには、優れた走行性能だけでは不十分であり、穏やかで快適な旅行とドライビング性能とを両立させている」

フェラーリ250 GTO

レースレギュレーションでは250 GTOは最低でも100台を製造しなければならなかったが、実際に納品されたのは僅か39台だった。

304psを発生させるV12気筒がフロントにマウントされるこのマシンは、現在では世界で最も貴重なコレクターズ・モデルとなっている。近年のオークションでは$38,100,000(41億6662万円)で落札されており、われわれも2012年まで1度もテストすることができなかった。

AUTOCAR、当時の評価

「評判通り、GTOは全てが素晴らしい。フェラーリが生み出した全ての宝石の中で一番の輝きを探す必要が無いほど、素晴らしいクルマだ。わたしがこれまで公道で運転してきた経験と比較しても、想像していた以上の偉大な存在だった」

フェラーリ246 GT(1969)

エンツォ・フェラーリは自動車のフロント部にエンジンをマウントするべきだと考えていたこともあり、初めてエンジンをミッドシップしたスポーツカーにはフェラーリの跳ね馬は付けられなかった。

その代わりに付けられたDINOとう名前は、1956年に死亡した彼の息子、アルフレッドのニックネームだった。2400ccのV6エンジンは、194psを発生させる。

AUTOCAR、当時の評価

「軽快さ、精度、アピアランスの面で競合できるクルマは殆ど無く、爽快で刺激的なドライビングができるクルマだ。ミッドシップによる運動性能を完全に理解しているエンジニアが設計し、まとめられている。DINOの名に相応しい」

フェラーリ365GTB/4 デイトナ(1968)

V型12気筒エンジンをミッドシップしたランボルギーニ・ミウラがデビューしてから2年後の1968年、フェラーリは365GTB/4デイトナを発表した。

旧式に思える4400ccのGTは357psを発生し、最高速度は280km/hを誇る輝かしい1台だ。

AUTOCAR、当時の評価

「このフェラーリは恐らく世界最速の生産車であるだけでなく、非常に実用的なモデルだ。優れた安全性と信頼性が有り、旅行に必要な荷物も積むことができる。ただし、駆動方式が旧式になりつつあることは避けられないだろう」