女性誌『Suits』で注目を集めた「貧困女子」。これは、普通の毎日を送っていたはずが、気がつけば“貧困”と言われる状態になってしまった女性たちのエピソードです。

今回、お話を伺ったのは、中田結花さん(仮名・37歳)。彼女は元タレントで、目がパッチリしており、口角がキュッと上がった訓練された表情を浮かべている女性です。身長は155cm程度で、顔は小さくぽっちゃり体型。特徴的なのは胸が大きく髪が長く、女子力が高い外見であることです。

1か月前に離婚して、家を追い出されたばかりで、現在の所持金は1000円だとか。現在は東京の東エリアの繁華街の飲食店で働きつつ、知人男性の家に居候をしていると言います。タレントとしてはどのような活動をしていたのでしょうか。

「映画のチョイ役、テレビドラマ、再現映像、CM、バラエティ番組などにもちょっと出ていましたよ。モデルと俳優の間というような仕事が多かったですね。きっかけは、高校1年生の時に地元・新潟の繁華街でスカウトされたことです」

当初は東京の養成所に通っていたとか。

「最初の1年くらいは事務所が交通費を出してくれたのですが、いつの間にか打ち切られていて。私はちょっと期待されていたらしく、最初は事務所もよくしてくれたんです。ここでいい思いをしてしまったので、東京でしか生きられなくなりました。代表的なのは食べ物ですよね。地元でスパゲティといえば、茹ですぎた麺にあんかけみたいなミートソースがかかっていて、ショッピングセンターで食べるものでした。でも、事務所の人がごちそうしてくれたのは、西麻布のレストランで、アルデンテの麺にオリーブオイルがかかってぷりぷりの牡蠣やガーリックがからめてあるもの。とろとろのモッツァレラチーズも大好きでしたね。1皿2000円の料理なんてそれまで食べたことなかったので、あの味は今でも忘れられません」

結花さんは、高校卒業後、東京の短大に進学します。

「トップクラスの子でも、地元や近隣の県に進学や就職するような高校で、東京に進学したのはパチンコ店を経営している家の息子と、酒蔵の息子と、私だけでした。ずっと“学校で一番かわいい女の子”と言われていたので、父親も娘のチャンスをつぶしてはいけないと思っていたんでしょう」

母親は男性と駆け落ちして以来、行方不明になってしまった

両親は結花さんが11歳の時に離婚しており、母親とはそれ以来、会っておらず連絡先も知らないと言います。どこで何をしているか、全くわからないとか。

「母方の親戚から名古屋にいると聞いたことがあるのですが、うちではタブーな話題なので。母親の思い出は、幼い私に“脚が短くなるから正座はしちゃだめ”とか、“太るからお菓子は食べちゃダメ”など、美容関連でうるさく言ってくれたことかな」

両親の離婚の理由は、お母さんに彼氏ができて、駆け落ち状態で音信不通になってしまったこと。

「母親は美人で有名でした。学校の保護者会でも、先生や男性の保護者の目がハートになっているのがわかりましたもの。明らかに男性からプレゼントをもらっていた形跡もありました。銀の白鳥に真珠がついたブローチや、ガーネットのイヤリングなどショボイものなんですが、父親にバレないように子供部屋の押し入れの中に隠していました。父に見つかれば、“色目を使いやがって”と怒鳴って捨てますからね。母親がいなくなってからは、祖母がうちに通ってきてくれて、私と3歳年上の兄の面倒を見てくれました」

父親は地元の建築会社に勤務しながら兼業で農家もしており、実家は典型的な中流階級の家だったと言います。

「とはいえ、地元では裕福な方だと思いますよ。そうじゃなかったら、高校生の娘を月イチで東京の事務所に演技のレッスンを受けに行くためのお金は出せなかったと思います。レッスンを受けて驚いたのですが、東京の女の子はスタートが違うんですよ。みんな小さい頃から発声や音楽、ピアノなどのレッスンを受けている。顔だって私よりかわいい子はいっぱいいました。でも、なんだかんだでそんな子たちはいなくなり、結局私が残った気がする。プライドが低いからですかね。それともほかに可能性がなかったからですかね」

本当は歌手になりたかったという結花さんは、短大に通いながらレッスンを受け、エキストラの仕事をしつつ、六本木のバーでアルバイトを始める。

「小さい頃から、民謡サークルに入っていましたし、歌はもともと上手いんです。椎名林檎さんが大好きで、『歌舞伎町の女王』みたいな曲でデビューしたいなと夢を見ていました。歌手のチャンスもつかみかけたんですが、ダメでしたね。一応、短大はギリギリで卒業しました。歌手になるチャンスについては、私が働いていたバーで、いろいろな出会いとトラブルがあって、事務所も止めざるを得なくなったのが24歳のとき。父親は私が上京した翌年に、15歳年下の女性と再婚し、子どもも生まれました」

実家に結花さんの居場所はなく、地元にも戻れないと思ったそうです。

「芸能人として5年ほど活動し、地元の生活はムリだと思うようになりました。バラエティ番組、再現ビデオ、ビデオドラマ作品……チョイ役とはいえ、オーディションがあるレベルのセリフがある仕事だったので、チャンスはあったんですよ。偉い人にかわいがられたこともあったし。いつもいいところまで行くんですが、ダメになるんです。スターになる人は持っているモノが違うんです」

芸能人として活動していた頃は、水着を着てテレビ番組に出る仕事もしていたとか。その当時よりも現在は15kgほど増加した。

24歳で引退した後、一般職として就職するも、集団いじめ……結花さんが居候している男性との関係とは〜その2〜に続きます