徳島市立高を訪問した川口能活【写真:編集部】

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「このままで終われない。終わりたくないんです」…15年前、異国の地で見た風景

 時を遡ること1か月半前。7月16日、相模原ギオンスタジアムで行われたJ3戦で一つの大記録が生まれた。SC相模原のGK川口能活が鹿児島ユナイテッドFC戦に先発フル出場。J3リーグ戦の最年長出場記録を更新した。刻まれた数字は「41歳11か月1日」である。

 サッカーファンでなくとも、その名前を知っているだろう。

 日本代表として4度ワールドカップに選出。神懸かり的なセーブを連発し、長く日本のゴールマウスを守り続けた。96年アトランタ五輪で「マイアミの奇跡」を演じた21歳も、不惑を超えた。かつて英プレミアリーグでプレーし、「炎の守護神」と呼ばれた男の現在の主戦場はJ3。それでも、ピッチに立っている。

 なぜ、川口能活は現役にこだわるのか――。

「このままで終われない。終わりたくないんですよね」

 そう語ったのは、記録達成から2日後の18日のこと。喋りかけた相手は、自らの年齢の半分にも満たない高校生である。大塚製薬が企画し、サッカー、バレーボール、バスケットボール、柔道、テニス、バドミントンを通じて全国170校の部活生を応援する「ポカリスエット エールキャラバン」の一環で徳島市立高を訪問した。

 全校生徒を対象した講演の中で、今、胸に秘める想いを明かした。

26歳、イングランドで「今も現役を続ける要因になった」という出会いとは?

「J1から海外に挑戦して、その後はJ2、J3とカテゴリーが下がってきたけど、自分の中でこのまま終われない。いい時より動けてないかもしれないけど、今できる最高のパフォーマンスがあるから、プレーし続けたいんです」

 そう語りかけると、生徒たちも食い入るように耳を傾けた。なかでも、現役にこだわる上で影響を受けた「消えない2つの記憶」があるという。

 一つは、海外リーグでの経験だ。26歳で挑戦したプレミアリーグ。ポーツマスに在籍していた頃、「今も現役を続ける要因になった」という出会いがあった。

「その時、44歳のゴールキーパーが若手に指導しながら、若手と同じような動きをしながらプレーしていたんです。ゴールキーパーは長くできる。年齢はいっていても、10代、20代の意識を持ち続けていることに感銘を受けたんです。とても44歳には見えなかった。ヨーロッパで経験したことが今も現役を続けるモチベーションに大いになったんです」

 そして、もう一つは故障からの復活だ。

 川口は2009年に右すねを骨折し、全治6か月の重傷を負った。さらに2年後の11年には右アキレスけんを断裂し、今度は全治8か月。選手生命を揺るがす、2つの大怪我だった。

「怪我に勝ちたいんです」…41歳となった今、川口能活は何を目指しているのか

「確かに怪我をする前よりパフォーマンスは落ちてしまった。でも、今も少しずつ治療を重ねながら、少しずつパフォーマンスが上がってきている。2つの大怪我で挫折感を味わったけど、でもいい時のイメージがあるから、今も諦めきれない。自分の納得のいくレベルまでは上げたい」

 そう言って、川口は「怪我に勝ちたいんです」と言葉に力を込めた。その思いがあるから、J1で華々しく幕を引くのではなく、泥臭くとも現役にこだわっているのだという。

「どこかに遊び心がずっとあるんです。好きで始めたサッカー。仲間とボールを蹴るのが楽しみでやり続けているのが原点ですから」

 このようにサッカーへの想いを明かした川口。では、41歳となった今、何を目指し、プレーし続けるのか。

「カズさん、中山雅史さんのような先輩のように長くプレーしたい気持ちもあるけど、今、目指しているのは、数字的な目標より、自分の納得するところまでやりきること。それが、次のステージに行くためのモチベーションになっているんです」

「マイアミの奇跡」のように、若かりし日と同じようにプレーすることは難しいかもしれない。しかし、川口能活は諦めない。「怪我に勝ちたい」――。飽くなき情熱を宿して、ゴールマウスを守り続ける。