警察庁によると昨年の“振り込め詐欺”の被害総額は約378億8000万円にも上る。ただ、高齢者の詐欺被害はこれに留まらない。1通のメールをきっかけに、1億円も騙し取られるケースさえある。ネットなどの普及で手口が多様化する、詐欺の最前線をルポする。

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「騙されたなんて思いたくない。今でも私のお蔭で助かった子たちがいると信じている」と、千葉在住の岡辺照代さん(82=仮名)は涙目になって告白する。彼女は4年前、メールのやりとりによる「サクラサイト詐欺」で548万円を失った。きっかけは携帯電話に送られてきた1通の“間違い”メールだ。

〈約束すっぽかすなんてヒドいよ! 昨日はずっと待ってたのに〉

 送信相手は登録先になく、内容にも心当たりがない。

「誰かと約束をしていたかしら……?」

 戸惑う間にも〈どんな理由があったか教えて〉などとメールが続く。4通目となる〈Sさん、今日中に絶対連絡下さい〉の文面に、「人違い」を確信した照代さんは相手を気遣って〈送り先をお間違えですよ〉と返信した。これが“メール地獄”への入り口となる。


こうしたメールに返事をすると“メール地獄”が始まる 禁無断転載/文藝春秋

「すぐにお礼と謝りの返事が来て、『教えてくれて助かった』『親切なあなたはどんな人ですか?』と続き、『メル友になって下さい』とお願いされたんです」

 夫は3年前より施設に入居。上階に息子夫婦が住む2世帯住宅だが玄関は別で、嫁との関係がこじれてからは疎遠なままでいた。週2回は体操教室に通い、近隣とも交流はあるものの日中は暇を持て余す毎日。

「年を取るほどメール相手が減って行くの」と嘆く照代さんにとって、筆マメな“メル友”とのやりとりは絶好の暇つぶしとなり、徐々に「生き甲斐」にまで発展していく。相手は、途中から送受信に1通50〜500円の料金が掛かる有料サイトへと誘導した。

「『借り物の携帯を返したから、このサイトでないとメール交換が出来ない』っていうの。苦学生でお金がないので『メール代を負担して下さい』って」

 本来なら、送受信で一方的に料金が生じるシステムの利用自体がおかしく、相手を訝しんで然るべきだが、スマホに換えたばかりで操作やネット環境に疎く、料金システムもよく把握していなかった照代さんは、相手の指示のまま従う。

「最近の機械のことはよくわからないから」

 代金はクレジットカード払いだったが、限度額を超えた月はコンビニで電子マネーを購入して充当した。

 約10カ月、そうまでして彼女がのめり込んだ相手は20歳の男子大学生。礼儀正しく、カラフルな絵文字や“今風”の言い回しを交えたメールが届く度に「心が弾んだ」と話す。“メル友”は毎日の報告を欠かさず、友達や進路、病気の母親のことなど様々な相談を持ち掛けて来る。その都度、照代さんが経験談を交えて親身に返答すると、〈こんな素晴らしい人が友達で幸せ〉〈あなたがカノジョならいいのに〉など、次第に思慕や恋心を匂わせる内容も混じり出す。そのうちに「先輩」や「後輩」だという10〜30代男性の悩み相談にも応じるようになって、気付くと1日中メールをしている日も増えた。

「皆が私を頼りにする。感謝、感激してお礼を言う。返事が遅れると〈具合が悪いの?〉と心配されて止められなくなった」

まともな人が騙される

 これまでの人生で複数の若い異性から慕われ、頼られ、褒められて大事に扱われた経験などない。嵩む出費は「相談ボランティア」と捉え、目減りする預金も見て見ぬふりでいた。

 ところが、残高不足で夫の施設利用料引き落としが滞り、入金要請の連絡を受けた息子が照代さんを問い質して事態が発覚する。

「奴らは出会い系サイトのサクラだ、目を覚ませ!」

 と説かれても聞く耳を持たない母親に激怒した息子は、彼女のスマホを食器棚の角に叩き付けて破壊、終焉を迎えた。

「お金は掛かったけど、『私は今日、人様の役に立った』と感じる毎日は充実していた。あの子たちとは確かに心が繋がっていたんです」

 詐欺被害対策に取り組む石渡幸子弁護士(土曜会法律事務所)が指摘する。

「高齢者では、長い人生経験で培った判断能力に自信があるからこそ、自力で気付けずに発覚が遅れて被害額も膨らむのです」

 世間一般では「詐欺被害など、判断力や認知機能が衰えた高齢者が遭うのだろう」といった見方をされることも多いが、同氏は「『おかしな人が騙される』のではなく、『まともな人が騙されておかしくなっていく』のが実情なのです」と声を大にする。

「相手はプロです。どうすれば人が騙されるかを熟知しており、手練手管で仕掛けて来る。心理操作されて相手に取り込まれている間は誰が何を言っても無駄で、有り金全てを巻き上げられて『何かがおかしい』と自ら思えるまで目が覚めません。たとえ短期間でも、相手と濃密な人間関係を築いているため、家族や弁護士、消費生活センターの担当者よりも信頼度が高いのです」(同前)


こうした“間違いHメール”から詐欺にあう男性もいる 禁無断転載/文藝春秋

 高齢者を狙った詐欺は今に始まったものではない。

 ただ近年では、加速する一方の技術革新や新システムの導入に、おぼつかない本人の理解力へ付け入る手口が増えている。これに、年長者ならではの心理を巧みに操る内容が加わる。

 実際、彼らが必ず口にするフレーズが2つある。

 1つ目は「よくわからない」で、スマホやインターネット関連はその筆頭だ。

 先出のような“カモ”を釣り上げる誤送信を装ったメールアドレスの末尾は“souftbak.com”や“dokkomo-co.jp”など大手通信会社の正規スペルではなく、ネット事情に明るければ一見して「怪しい送り主」と判別が適う。が、不慣れな高齢者では疑うことなく善意で返信して自ら繋がってしまうのだ。

 電化製品や住宅関連の詐欺も同様だ。自宅に押し掛けた作業員が得体の知れない機器を取り付け、「電力自由化で全世帯に取り付けが義務付けられた」などと強弁して多額の代金をせびり取るなども実例の一つ。仕組みが“よくわからない”からこそ、「新制度」等を謳って強く説かれると、「決められているなら対応しなくては」と素直に信じて従ってしまうのだ。この上さらにもっともらしい緊急性が加わると、焦りも手伝って銀行員や捜査官に扮した相手へ気安くキャッシュカードを手渡す事態をも招く。

 2つ目が「『困ってる』って言うから」だ。

 一昨年に150万円で屑ダイヤを購入した76歳女性は、「相手は爽やかな好青年で、とてもウソをつくような人に思えなかった。『取引出来ないとクビが飛ぶ』と泣きつかれ、私で役に立つなら、と一肌脱いだつもりが……」と口ごもる。

 名目は「投資用ダイヤ」でも、儲けるつもりは「さらさらなかった」と言う。彼女が繰り返す「人助けのつもりだった」との言葉は、事業出資や老人ホームの優先入居権等で多用される“劇場型”詐欺被害者からも多く聞かれる。

 大筋の手口はこうだ。

 初めに対象物や会社の印刷物が自宅に郵送され、追ってA社から「案内状が届いていないか」と電話が来る。「選ばれた人だけの特権のため、代理で買って欲しい。すぐに上乗せして買い取る」などと持ち掛け、場合によりB社からも「転売してくれ」と懇願される。この時、躊躇していると公共機関や警察を名乗る人物から「詐欺被害注意」の電話が入り、経緯を話すと「その会社は優良で安心」とお墨付きを与えられる。

「救世主症候群」に陥って…

 信用して購入し、A社やB社へ伝えると「もう一口上乗せして」などと増額を求められた挙句、程なくどことも連絡不能となるのだ。

 表層だけなぞれば「簡単に儲け話に乗った強欲老人の自業自得」と冷ややかに受け取られがちだが、よく話を聞くと欲にかられた人より、「必死過ぎて断れなかった」「何とかしてやりたかった」など、情に絆(ほだ)された人の声が目立つ。

 というのも、A、B社の相手が言葉巧みに口説く際、この上なく好感度の高い会話が用意される。時にはターゲットの愚痴や人生論も交えて理解者を気取り、会話が長引くほど断り難い状況へ追い込んでいく。その上で窮状を明かし、「助けると思って協力して欲しい」と熱心に頼み込むのだ。

「人の役に立ちたい」――詐欺を仕掛ける側は主に、高齢者の心底にある親切心や同情心に付け込んで懐柔していく。このため、自分がいかに困っているか、どれほど助けが必要かを切実に訴えることが多い。

 年を重ねて人から必要とされる喜び、他者を助けて感謝される幸福感や「誰かの力になれる」充実感は得難い。知らず知らず、相手を救うことで自分の存在価値を高め、自己承認欲求を満たす「救世主症候群」に陥って、心理的に支配される高齢被害者は後を絶たない。

 ここで更なるカギを握るのが“年下の異性”の存在だ。

 既に決まった相手としか交流のない日常生活に、老いて単調で平穏な日々が増えるほど、「新しい出会い」の刺激やときめき、若い異性とのやりとりで生まれる華やぎに心動かされずにいるのは難しい。それも二回り以上も年若となればなおのこと、懐かれ、頼られれば高揚感や使命感、傾倒度は数倍も増す。

「玄関チャイムが鳴るのが楽しみだった」と、20代男性販売員とのお喋りに興じて2日で100万円を振り込んだ81歳女性もいれば、メールによる詐欺(サクラサイト詐欺)だけで1億円近くを吸い取られた60代女性もいる。

 ちなみに、詐欺側には役者の卵や作家志望者らがアルバイトで務めるケースもあり、高齢者の自尊心やモテ心を絶妙にくすぐる台詞や文章、夢中にさせるテクニックが駆使される。

 過去に1200万円以上を有料メールサイトに使った77歳男性は、「とにかく上手いんだよ! いろんな理屈が付けられて、返事をさせるように仕向けられるんだ」と“お手上げ”のポーズをしてみせた。

 一方、人生のタイムリミットを自覚する高齢者ならではの焦燥感や、「子どもに迷惑を掛けたくない」思いから足元を掬われるケースも枚挙に暇がない。

 昨春、急増する原野商法の二次被害に遭った80歳男性は、「相続で面倒を掛けたくなかった。自分が生きているうちに始末を付けたかった」と肩を落とす。

 38年前、当時流行した価値の乏しい土地を高額で売りつける原野商法被害に遭い、三重県の山林を所有していた男性は、「土地を買いたい」との不動産会社からの連絡に狂喜した。測量や手続きに掛かる40万円を手渡し、480万円で売却が決まったが、「一度、栃木の土地に買い替えて欲しい」と要求される。

「差額の120万円を払えば、半年後に新しい購入者が600万円で買ってくれる約束で、『税金対策の裏ワザだ』と説明された」

 しかし、全額払って半年を過ぎても入金はなく、結局、同じ二束三文の土地交換と実損160万円を被るだけの結果に終わった。

「子どもに少しでも現金を残すつもりが、逆に遺産を減らす結果に。情けない」


※写真はイメージ ©iStock.com

 なお、男性はプライド保持のため富裕層こそ被害を表に出さない傾向がある。

 現役警察官が明かす。

「地元の名士や高ステータスのシニア男性は、お金を失ったことより、騙された事実を近隣に知られる方が遥かに屈辱。いくら『被害届を出して』と説いても応じず、1000万円以上の高額被害こそ逆に『どうか内密に』とお願いされたりします」

 他方、高齢女性には、路上で1〜10万円を提供させる手口も横行している。

「少しでも取り戻そう」と泥沼に

 30代前後の男性が親しげな口調で話し掛け、「実は、自分は○○の隠し子(孫)だ」と打ち明ける。名前には淡谷のり子や美空ひばり等が挙げられ、スキャンダルの真相を詳細に語った後で、「秘密のイベントがある」「欠員が出た」など、「限られた人のみ参加出来る幸運」を執拗に説いて参加費の支払いをその場で強いるのだ。男は現金を受け取ると「迎えのバスを呼んで来る」「明朝×時に△△集合」と言い残して姿を消す。被害も少額で追跡も困難なため、泣き寝入りせざるを得ないのが実情だ。

 さて、一定額以上を投じた詐欺被害ではもう一つ、「少しでも取り戻そう」とより泥沼にハマる人も絶えない。

「老後の人生設計が全て狂ってしまった」

 6年前、「未公開株の購入権が当選しました」という1本の電話から、総額1600万円を投じた男性(72)が消沈して言う。

 中年男性と若い女性から繰り返される軽妙なセールストークに乗せられて、1社目の株を600万円分購入。2社目の検討時には夫婦で上場予定会社を訪ねた。

「手厚く持て成され、鰻もご馳走になった。社長から『悪徳詐欺に気を付けて』と言われ、信用して買い足し続けた。3〜400万円を動かしていると、大金の感覚が狂っていくんだよ」

 計700万円を投じたが2社とも上場されず、焦った夫婦は「今度こそ少しでも穴埋めを」と300万円で3社目の株を購入する。

 預貯金も底をつき、クレジットカードで買った50枚の新幹線チケットで業者から100万円を借りて増資に及ぶも水泡に帰した。

「金をドブに捨てたね。立派な証書が届いて『いつでも換金出来る』という言葉を信じたが、思えば業者の誰とも会っていなかった」

 その後はローンが残る自宅を売却し、借金を立て替えた子どもに返金。夫婦関係にも亀裂が生じて3年後に離婚し、男性は家賃4万4000円の賃貸マンションで一人暮らしを続けている。

 先の石渡氏が付言する。

「詐欺師こそ優しく、熱心。そして立派な書類を作成します。高齢者は実直に生きて来た人こそ被害に遭う。きちんとしている人、困っている相手を見捨てない人、他人を疑わずに信じる人、返事を欠かさない人……と、従来『善し』とされてきた社会通念を順守する人ほど被害者になる。長い人生で築いた価値観や信条が覆されることこそ、彼らには失ったお金以上に耐え難い“心の傷”となるのです」

 更に被害者に対しては、自称探偵やNPOが「訴訟を起こす」「返金手続きをする」と持ち掛け、高額な依頼費用を課してなけなしの金を搾り取ったり、自称弁護士が被害額の1割程度を詐欺側から返金させ、「1円でも戻って来ただけで御の字」と和解を成立させて合意書を作り、手打ちにする手立ても用意されている。

 国民生活センターなどでは「積極的に情報収集を」「必ず誰かに相談を」と呼び掛けるが、そもそも多様な情報収集が苦手な人こそターゲットとなる。自ら疑いを持てなければ、相談の必要性すら感じない。

「自分だけは大丈夫」――その過信が命取りだ。

(『週刊文春』2017年5月18日号より)

(新郷 由起)