「痴漢」という語を前にしたとき、男性と女性とのあいだには非常に大きな温度差があります。男性は「冤罪」というワードが浮かぶ人が多いと思われ──これは別々に語られるべき問題なのでここでは触れません──そして一方の女性は、被害経験がある方が少なくないでしょう。

自分はなくとも家族や友人に痴漢の被害に遭った人がいる。強盗の被害経験がある知り合いを探すのはむずかしくとも、痴漢されたことのある知り合いはいる。それほど身近な性犯罪なのです。

でもこれ、男性にとっても同じはずなんですけどね。けれど男性の耳には届かない。だから「ない」ことになっている。これが、温度差が生じる理由のひとつです。

■痴漢の半数は「勃起」していない?

去る8月、私が編集を手がけた書籍『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)が発売されました。著者は精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏。東京「大森榎本クリニック」でアルコール、ギャンブル、薬物、万引きなどさまざまな依存症の問題に携わりながら、ここ12年間、性犯罪者の再犯防止を目的としたプログラムをとおして痴漢を含む多くの性犯罪加害者と接している人物です。

同書を世に出したいと思ったのは、性犯罪者について取材した際に、氏から出てきた発言が衝撃の連続だったからです。「痴漢の半数は勃起していない」「仕事熱心でマジメな性格」「家庭ではよき夫である」……それって、私が思う痴漢像とまったく違わない? いや、それ以前に私は痴漢がどんな人間なのかを考えたことがなかった!

■掲示板で交流する痴漢たち

先生に、私が受けた最近の痴漢被害について話しました。電車のなかで私に痴漢をはたらいていた男に「次の駅で降りて警察いきますよ」と告げました。彼は手を止め、次の駅に着くとひとりで降りていきました。実際には時間がなくて警察には行けなかったので、行為をやめさせただけでも私は満足しました。

「それ、彼はよろこんだでしょうね」──斉藤氏の見解に、私は耳を疑いました。「逮捕されなければ、彼としては大成功。痴漢同士が交流する掲示板で自慢しているかもしれません」

痴漢を止めてやったぜ!とドヤっていた自分が、実は痴漢をドヤらせていたとは……。驚くとともに、もしかすると痴漢というのは私たちとまったく違うモノの見方、考え方をするのかもしれないと思い至りました。

ゆえに『男が痴漢になる理由』では、痴漢のリアルな実像を明かすことを主な目的としています。そのために私たちはまず“認知(=モノの見方・考え方)の歪み”について理解しなければいけません。

■「なぜ地味な女性が痴漢される?」の疑問に潜む落とし穴

「女性は無意識のうちに痴漢されたがっている」「肌の露出が多い女性は、性欲が強い」「最初はイヤがっていても、多くの女性は痴漢されれば気持ちよくなる」──挙げるだけでもゾッとしますが、こうした事実とは異なる歪んだ認知に基づいて、彼らはその犯罪行為をおこなっているというのです。

斉藤氏は“認知の歪み”を「問題行動(ここでは痴漢行為)を継続するための、本人にとって都合のいい認知の枠組み」と定義します。

たとえば「多くの女性は痴漢されて気持ちよくなる」という認知を「痴漢は暴力行為であり、喜ぶ女性は絶対にいない」と強く否定されれば、彼らはそれをつづけにくくなります。「女性を喜ばせるため」という前提が崩れるからです。

その歪みを知るうちに、自分のなかにも認知の歪みがあると気づきました。大学時代に「頻繁に痴漢される」「夜道であとをつけられる」と話すクラスメイトがいました。私は心のなかで「なぜ彼女を?」と首をかしげていました。いつも目立たない服装で化粧っ気もなく、地味な印象の女性だったからです。いま、私はその彼女に全力で謝りたい。

■痴漢のターゲットは“おとなしく見える女性”

私のなかに「狙われるのは、ナイスバディで色気がむんむんな女性」という思い込みがあり、どこかで「そういう女性なら痴漢されるのも無理はない」と考えていたからです。これは、痴漢が抱える認知の歪みとまったく同じものです。

斉藤氏によると、痴漢がターゲットとするのは「通報しなさそう」「泣き寝入りしそう」といった“おとなしく見える女性”です。当時の私は、彼女の話を嘘とはいわないまでも、話半分に聞いていました。それは彼女の苦痛を「ない」ことにし、同時に痴漢を許容する行為でした。

痴漢撲滅を目指すには、その実態を知るだけでなく、私たちも認知をあらためなければいけないのではないか。そうしないかぎり日本はますます“痴漢大国”として発展してしまうのではないか──そんな危機感があります。

『男が痴漢になる理由』では、斉藤氏が社会に根づいている“痴漢像”を大きく覆します。彼らにはどんなバックグラウンドがあるのか。「半数は勃起していない」なら目的は何なのか。どうしたらやめさせられるのか。多くの読者は読み進めるうちに、自身に内在する認知の歪みにも気づくでしょう。それこそが、痴漢撲滅に向けての力強い一歩となるはずです。

【関連書籍】

『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)