劉瑞成さん(左)

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(台東 25日 中央社)「救助隊員の死を話題にする人はほとんどいない。彼らに対して申し訳ない」――。退役軍人の劉瑞成さんは、第2次世界大戦終戦直後に東部・台東で発生し、搭乗者と救助隊員計51人が犠牲になった米軍機墜落事故の歴史を多くの人に知ってもらおうと、事故現場を訪れるなどの活動に取り組んでいる。

1945年9月10日、自由を取り戻したばかりの連合軍元捕虜20人らを乗せた米軍輸送機が沖縄からマニラに向かう途中、台東の山中に墜落。乗員と合わせ計25 人が犠牲になった。同30日、救助隊が墜落現場に向かう途中、台風の暴風雨に巻き込まれ、日本人憲兵7人を含む26人が命を落とした。

元空軍少将の劉さんはこのほど、仲間4人と墜落現場に足を運び、3日間をかけて墜落機の破片を掘り起こしたほか、金紙などを燃やし、犠牲者の安らかな眠りを願った。また、登山客に墜落現場を知ってもらおうと、現場となった山につながる歩道に墜落機の破片を置いた。

この事故は台東の歴史の一部だと語る劉さん。犠牲者追悼のため、墜落現場付近に記念碑あるいは東屋を設置するよう、政府に求めている。

(盧太城/編集:名切千絵)