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今回のテーマは「近所付き合い」である。

賢明な読者は気づいているだろうが、答えは「ない」だ。アパートの場合は、もう近所付き合いがないのが、世間一般でもデフォルトになってきているし、実際にほぼなかった。しかし、一戸建てに引っ越した時はさすがに、これからご近所ぶっちぎりバトルの始まりだ、と思っていた。

しかし、引っ越してきて5年、ご近所と交わした会話は10にも満たないし、隣や向かいの人の名前を言えと言われても、言えないのである。もちろん、独立国家を築いているわけでもなく、自治体には所属している。しかし、町内行事といったら、年に1回の総会と、2回の清掃しかない。清掃も、力を合わせてでかいカブを抜くとかなく、所定の位置に集まり、何となく個々に草を抜いて、時間になったら帰るという、ソ―クールな掃除なので、正直誰とも会話をする必要がない。

そうなったのは、まず私に社交性が皆無だから、というのが一番だが、割と近所付き合いというのは子どもありきだったりするのだ。子どもがいる家庭には色々行事があり、そこで親同士の面識も生まれる。その点、私は子どもがおらず、「○○ちゃんママ」というアイディンティティもなく、おばさん(単体)なのである。

中年が単体で団地を意味もなくウロウロしたり、公園で遊んだりすると、別のご近所トラブル発生の原因になりかねない。平日は日中仕事でいないし、休日も中年(単体)は外に出ることすら稀なので、圧倒的に近所の人と顔を合わせないのだ。

しかし、交流はなくても、自治会員だし、村八分にもまだなってないと思う。当然いつかは班長などの役が回ってきて、その時は今よりも近所付き合いが求められるだろう。

しかし、それ以前のピンチが去年末訪れた。自治会長が我が班から選出されることになったのだ。会長と言えば、班長の比ではない仕事がある。おそらく、休日もかなり犠牲にしなければいけないだろう。

私は会社員をやりながら作家をしている。つまり、会社が休みの日に原稿をやることで、今の生活が成り立っているのだ。もし自治会長になったら、その時点で「詰み」である。もちろん、立候補者などいない。あみだくじで決めることになった。

参加人数、その日の天気、体調、日頃の行いを元に綿密な計算をしたところ。4億%自分に当たる、という結果が出た。もう原稿料の安いやつから落とす、ぐらいの覚悟であったが、ここで汚い奇跡が起こった。あみだくじの音頭をとったのは、その時の班長だった。

あみだくじというのはまず縦棒を引き、当たりを書き(これも参加しない第三者に書かせ見せない方がいい)皆に選ばせてから、各々横棒を引いていくものだ。ところが、班長氏は当たりの位置を皆に見せ、なおかつ横棒を引いた後、順番に選ばせていったのだ。目で辿れば、当たりが分かるのである。先に選ぶ方が圧倒的有利。むしろ、最後選ぶ者にならない限りは回避できる。

おそらく班長以外、みんな気づいていたと思う。だが、誰も何も言わなかった。そして、最後に選んだのは班長だった。「ブッダかな?」と思った。当然のように、自治会長は班長氏に決まった。

班長氏は「帰ったら、奥さんに怒られる」とボヤいていたが、もし奥方がここで起こった一部始終を見ていたら、怒るというか頭を粉砕していると思う。しかし、こういったことがなかったら、ほぼ百発百中自分に当たっていたと思うので、「久しぶりに人の善性に触れた」という感じで、涙が止まらなかった。

というわけで、またしばらく近所付き合いをしなくて済んでいるのだが、我々の団地は今現在、30代から40代の夫婦とその子どもと言った構成で、老人はあまり見たことがない。逆に言うと、30年もすれば老人だらけになってしまう。全員その時のことを考えずに今を過ごしている思うが、その内、空前の葬式ブームがくると思うので、その時は否応なく近所付き合いの必要がでてくるのだろう。

しかし、最近は葬式も自宅でやらないケースの方が多いので、そういう付き合いも意外とないのかもしれない。だが葬式以前に、救急車ブーム、おじいちゃんおばあちゃんが帰ってこない等のスーパー通報タイムが先に来るかもしれない。今のところ割と閑静な住宅地なのだが、アツくなるのはこれからだ。

○筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。