1000年以上にもわたって続いた、日本人とナマズの長くて深〜い関係

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ぬるぬるナマズの日本での歴史

ナマズというと、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。あの特有の外見から、ぬるぬるして掴み所がない変わり者、地震を呼ぶ妖怪のモデルにされたりと芳しい印象ではないかもしれません。

それでも、我が国では民芸品やモニュメントなどを作る際にナマズをモチーフとしたものが極めて多く、皇室でも研究対象にナマズが扱われているのは有名です。どこか人を惹きつける魅力があるナマズは、なんとも不思議な魚ですよね。

そのナマズですが、近年の“ウナギが絶滅危惧種になる”という騒動の影響で、その代用品として脚光を浴びています。本項では、我が国のナマズ文化について紹介していきます。

ナマズ汁は美味しいけれども、祟りにはご用心!

ナマズを食べる、というと驚かれるかもしれませんが、日本ではナマズが伝統的に食べられてきました。中世日本の説話集『今昔物語』と『宇治拾遺物語』には死んだ父親の生まれ変わりであるナマズを助けずに食べた欲深い僧侶の話があり、ナマズ料理のレシピが記されています。

原文には「つぶつぶと切て、鍋に入れて煮て」とあり、主人公である僧侶が「此の汁飲(すす)れよ」とのセリフもあることから、当時はぶつ切りにして多めの汁と共に鍋で煮込んだナマズ汁(もしくはナマズ鍋)を好んで食べていたことがうかがえます。

なお、この強欲坊さんは亡父の懇願を無視して欲を優先した罰が当たったらしく、夢中になって食べている最中、ナマズの骨が喉に刺さって死んでしまいます。ナマズ料理の描写は美味しそうですが、祟りであの世送りにされてしまうのはごめんですね。

ひょうたんでナマズを捕まえるとは…これ如何に?

時代が下って室町時代になるとナマズは贈答用として持てはやされました。禅宗においては、先の説話のように食べ物としてではなく、禅問答で用いられる絵画『瓢鮎図(ひょうねんず)』で重要なテーマを担った人気者でした。この頃は、中国語でナマズを意味する鮎と言う字を使っており、後に鮎はアユに使われ、ナマズには鯰と言う日本で作られた漢字が当てられました。

瓢鮎図は室町幕府の4代将軍・足利義持の命で画僧の如拙が描いた水墨画で、瓢箪を持った男性が危なっかしい手つきでナマズを捕まえようとしている構図になっています。ひょうたんもナマズもつるつるしていて、なかなか捕まえられずにいるため、それを題にして問答を行ったわけです。

国宝:紙本墨画淡彩瓢鮎図 如拙筆

瓢鮎図の上部には、その答えでもある画賛(絵画に付け加える詩歌や文章)が31人のお坊さんによって書かれており、それぞれの知恵と教養をフル回転させた傑作となっています。画賛には現代語訳されたものもありますので、興味のある方はぜひ御一読を。

次では、近世以降の日本人とナマズの関連性について述べていきます。