これまで9回にわたり、中国ベンチャー市場の最前線をレポートしてきた。その巨大さ・ダイナミズムさが少しでも伝わっていれば幸いだ。

 今回からは、勃興する中国ベンチャー業界と「海外」との関係にフォーカスをあてようと思う。これまでの記事が、中国の「内」で起きていることだったとすると、これからご紹介するのは、中国の「外」、中国と海外の「間」で起きていることだ。そのなかで、日本企業、特に日系ベンチャーが、中国ベンチャー業界と、どう向き合ってきた・向き合おうとしているかもご紹介しようと思う。

 何度も繰り返しているように、日本は中国という巨大さ・混沌さからは「逃れられない」。だとするならば、うまい付き合い方を考えたほうが良いだろう。そのヒントになるような事例を紹介できればと考えている。

 具体的には、以下の4つのテーマに分けて話を進めていきたい。

(1)中国ベンチャー業界と海外の歴史
(2)中国を果敢に攻める海外ベンチャーたち
(3)中国ベンチャーから学ぶ海外ベンチャーたち
(4)From 中国 To 海外へ挑むベンチャーたち

 今回は、(1)「中国ベンチャー業界と海外の歴史」を振り返る。中国でITベンチャーが産声をあげた2000年頃まで時代を遡り、海外プレーヤーが中国ベンチャーとどう関わってきたか振り返りたい。まだ歴史と称するには日が浅く、判断の分かれることもままあるだろうが、ご容赦いただきたい。また、ここでは日系大企業の動きは割愛し、あえてベンチャー(その定義は感覚的なものだが・・・)の動向を追うことで、より大局を共有できればと思う。

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(1)中国ベンチャー業界と海外の歴史〜4つのフェーズ

□ 第1期(2000年頃)
 :中国VC市場の夜明け 〜米系資本がもたらした「魔法のスキーム」〜

 中国ITベンチャー業界と海外資本との関わりは、2000年にポータルサイトを運営する新浪(SINA)社がナスダックに上場したことに始まった。そう言っても過言ではないだろう。

 2000年以前も、中国にはベンチャー・VCが存在したが、それは「官製」ベンチャー市場と言うべきものだった。中国のVCは意外にも歴史が古く、85年に掲げられた科技体制改革(テクノロジーを経済成長に繋げようという政策)のもと、90年代前半までに、中国内資のVCが複数立ち上がった。だがその実態は、地方政府に紐付いた“地域VC”であり、出世を争う地方政府高官による代理戦争の“ごくごく一部”ともいえる状態だった。

 また、最大の問題だったのが、VCのエグジット手段がなかったことだ。驚くべきことに、当時の証券市場は、規制により「VCは投資先企業がIPOしても株を売却できない」というルールが存在していた。従って、VCは、売却益ではなく配当によるインカムゲインで回収する、という方法をとっていた。そういった状況のため、外資の参入も、92年のIDGによる中国政府との共同ファンド立ち上げや、94年のWalden Internationalの参入など、ごく僅かに留まった。

 状況を一変させたのが、2000年に行われたSINA(中国最大のポータルサイト「新浪網」を運営)の米国ナスダック上場である。資本関係がなくとも財務連結を可能にするスキームを組むことで、中国で事業を行うベンチャーが、米国で上場できるようになった。すなわち、中国ベンチャーに投資をするVCにエグジットの機会を提供することができた。これはVIEスキーム(通称SINAスキーム)と呼ばれ、現在、香港市場を含む海外の証券市場で上場をしている、あらゆる中国企業が採用している。アリババもテンセントもこのスキームを使っている。

SINAスキームの簡易イメージ(DI作成)


 SINA上場の主幹事はモルガン・スタンレーと、CICC(モルガン・スタンレーと中国国有銀行のJV投資銀行)が務めた。先に触れた通り、中国のVC業界には、大きな歪みがあった。経済の急拡大に伴い、ITベンチャーが急成長しており、そこで投資をしたいVCはたくさんいた。しかし、IPOによるエグジットという出口が存在しないため、投資しようにもできない、という状態だったのだ。この機会損失に着目したのが、ウォールストリートだった。

 彼らは、SINAスキームを「デザイン」すると同時に、その裏で、中国政府への相当な「根回し」も行ったと思われる。中国政府にとって、外資を間接的に誘致できることや、ベンチャー市場を活性化させられる、という魅力がある一方で、証券市場のコントロールを失うリスクも抱えていた。また、抜け穴を許すというのはメンツの上でも認められなかっただろう。

 SINAスキームの画期的なところは、中国にとっては、内資企業という「建前」を守ったまま、海外上場・キャピタルゲインという「実」を得る仕組みになっていることだった。こういった仕組みを考え、中国政府にYesと認めさせた米系資本の力には、あっぱれと言わざるをえない。

 さて、SINAスキームの開発を機に、一挙に中国のベンチャー業界も盛り上がりをみせるかと思われた。が、その予想は裏切られる。米国で、ドットコム・バブルが崩壊したのだ。

□第2期(2001〜2005年)
:難産となった中国ベンチャー市場 〜道を拓いた米系VCたち〜

 SINAの上場は2000年4月。その1カ月ほど前にドットコム・バブルの崩壊が決定的となっていた。せっかく上場にこぎつけたSINAも流れに飲まれる形で、ペニーストック(株価1ドル未満)に堕ちてしまう。当時、中国では、「これは駄目だ。中国のベンチャー投資は上手く行かない。」という雰囲気が蔓延した。もともと中小企業への融資を行ってこなかった中国の銀行が、結局のところ自前のVCを作らなかったのも、この空気感によるものが大きかったと推察される。

 そんななか、果敢にも、中国VC市場に参入したプレーヤーたちが存在した。中心は、米系VCである。IDGは2000年にテンセントやバイドゥに投資。DFJもバイドゥへ投資し、他にも Sequoia、Matrix, WI HarperやIntel、グーグルのVC部門が同時期に参入を果たしている。2016年頃のインドへの海外VC参入を彷彿とさせるが、当時の中国市場の「空気感」は、もっと悲観的だった。それを押してでも参入した米系VCは、相当のリスクテイカーだったと思う。

 外資に加え、中国現地プレーヤーも参入している。本記事を共同執筆するLegend Capitalも、2001年に創設された。ノートPCで有名なLenovoのグループ企業である。Lenovo会長の柳伝志(Liu Chuan Zhi)は中国における松下幸之助のような存在で、「技術で新産業を興す」という強い想いをもってLegend Capitalを設立した。だが、その船出は容易ではなく、設立してから4年、まったくエグジットの気配が見えなかったという。やはり、VC苦難の時代だった。

 潮目が大きく変わったのは、2005年頃だ。この前後に、検索エンジンのバイドゥ、旅行サイトCtrip、PCオンラインゲームの盛大らがSINAスキームで上場を果たし、VCたちは大きなキャピタルゲインを得ることで報われた。

 このように中国のベンチャー投資は、米系資本のリスクテイクのもと産まれていった。従って最初から投資の「型」は米国式である。それは彼らのタームシートを見れば一目瞭然で、ほぼシリコンバレーのフォーマットがそのまま使われている。例えば、Liquidation preferenceといった優先株条項(エグジットの際に、外部投資家の投資額が優先的に返されるというもの)などの米国の「知恵」が、最初からビルトインされていた。このことも、中国ベンチャー業界の成長を支えた要因だったと言えるだろう。

 この頃、米系から一歩遅れる形で、日系VCも中国への参入を果たしている。サイバーエージェント・ベンチャーズ、IVP(インフィニティ・ベンチャー・パートナーズ)、日本アジア投資(JAIC)、JAFCO、大和SMBCキャピタル、商社系などが次々に参入した。また、ご存知の通り、ソフトバンクは独自ネットワークを元に早期から投資を行っている。この時期、米系にディールが牛耳られていたなかで、多くの日系ファンドは苦戦したが、独自ソーシングを貫いたいくつかのファンドは、ホームランディールをたぐりよせている。日本ベンチャー業界と中国ベンチャー業界の関係は、幸先の良いものだったと言える。

早期の日系VCによる投資案件例(出所:IT柚子)


□第3期(2005年〜2015年)
:海外プレーヤーの市場参入と撤退  〜現地プレーヤーの勃興〜

 米系VCがリスクをとって中国市場で「投資」に着手するのに少し遅れ、ドットコムバブルを乗り切った米国のメガITベンチャーが伸び盛りの中国市場に「参入」し始めた。2002年にはeBayが現地プレーヤーの買収を足がかりに参入。2006年にはグーグルがグーグル.cnドメインにて、本格的なサービス提供を開始した。

 結論から言えば、2017年現在、そのほとんどが失敗に終わっている。下の表は、KPCBのMary MeekerがInternet trends 2016年版で示した「世界のIT企業20傑」について、その中国市場での現状(DI理解)をまとめたものだ。

「世界のIT企業20傑」の中国市場での現状(DI作成)
(Uberを取り上げた第2回記事は)


 いずれの企業も10年弱の苦闘を強いられた挙句に失敗している。上の表でも示した通り、敗退の理由は、大きく2つあった。「政府規制」と「中国消費者の視点にたったサービス開発で遅れをとる」ことだ。

グーグル撤退時の様子(出所:Legend Capital)


「政府規制」については、一見すると、産業保護政策のように見える。だが、前回記事(「まずは政府に規制されるまで突っ走る中国ベンチャー」)でも取り上げたとおり、当初は、言論統制の意味合いが強かった。例えばグーグルの撤退をみてみると、検索エンジンとして本格参入をした2006年時点では、中国政府は協調路線を探る動きをとっていた。それが2009年にはYouTubeの完全クローズという強硬姿勢に急転する。契機となったのは、農民の暴動/デモがアップされたことである。一説よれば、当時、急開発による農地の強制徴収が進められ、年に3万件もの暴動/デモが発生していたという。共産党の支配を揺るがしかねないという危機感が、サービス停止の引き金をひいた。

 言論統制に端を発した政府規制だったが、結果として、バイドゥやテンセントなどの内資巨人を育むスペースと時間を与えることになった。そして彼ら内資巨人が主役となり、中国は、米系企業に侵食されない、非常にユニークなIT生態系を持つ国となった。中国の人々を縛る言論統制が、同じ中国の人々にチャイニーズドリームを与えるベンチャー生態系を育てたことは、何とも皮肉な話である。

 また、この過程で、政府が「規制によるIT産業コントロール」の成功体験を積めたことは大きかったように思う。これが、現在の中国政府の方針=「放任と取締りの絶妙なバランス」に繋がっていった。

 一方、外資敗退の理由として、規制以上にインパクトが大きかったのが「ユーザー視点での開発能力」だ。中国のユーザーが求めているものは何で、どう満たすことがでるのか? アマゾン、eBayは規制されていないが、その着想と改善のスピードが圧倒的だったアリババに全く歯が立たなかった。米系ネットプレーヤーだけではない。韓国ネット大手NHNもテンセントとの競争に破れ1億ドルの投資をふいにした(詳細な分析は、以前のDI連載記事をご覧いただきたい)。

 日系ITプレーヤーも、似たような経過をたどった。2007年前後にSNSで、2011年前後にスマホゲームでの進出が相次いだが、結果は芳しくなかった。ゲームを例にとると、現地プレーヤーの圧力に押され、どんどん戦線を縮小していかざるを得なかった。

 参入当初は、プラットフォームを志向する日系ベンチャーが多かったが、投下資本/活動量で歯がたたなかった。次に、一段戦線を縮小し、パブリッシュレイヤーでの勝負を挑んだが、中国人のプレイスタイルが日本人と全く異なるため(というより世界から見れば、日本人と中国人の遊び方が、それぞれに特異なのだが・・・)苦戦・撤退などのケースが多く見られた。一方、テンセントら巨人とタッグを組むことで進出を果たそうとしたプレーヤーもいたが、相手は巨人。「不平等条約」を結ばされ、疲弊していったケースも存在した。

ゲーム内で高額で取引される“金の銃”(出所:Legend Capital)


 さらに、もう一度VC業界に目を転じると、こちらも状況は一変し、現在は内資系のVCが外資系よりも強くなっている。転機となったのは2009年の深セン創業版の創設だ。創業版は、ベンチャー企業のIPOターゲットとなるべく設けられた証券取引市場だ。SINAスキームの複雑/不確実性を廃し、純粋に、中国企業が、中国で人民元建ての資本を募り、上場する道を作った。生活レベルの向上により急増した個人投資家の受け皿となったこともあいまって、現在の創業版は、米国ナスダックよりも企業価値が高く値付けされる。現在、多くの中国ベンチャーは、創業版での上場をゴールにしのぎを削っている。

□第4期?(現在〜)
:これからの中国ベンチャー業界との付き合い方

 では、これから中国ベンチャー市場と世界のベンチャーはどう関わっていくのだろうか?

 ご存知の通り、中国は世界の工場から、世界最大の消費地へと変貌を遂げている。また、コピーキャットの時代を脱し、イノベーションの発生地になった。みな中国と同時に、東南アジア、アフリカとフットプリントを拡げている。まさに、世界中のプレーヤーにとって、「避けて通れない」存在になりつつある。彼らとどう上手く付き合っていくかは、大論点だ。

 今回は(1)中国ベンチャー業界と海外の歴史を振り返ってみたが、今後、この連載では、3つの切り口で、中国ベンチャー業界との付き合い方を提案していきたいと思う。

 まず(2)「中国を果敢に攻める海外ベンチャーたち」で、中国市場への「進出」を改めて考えていきたい。本記事で足早に説明した第3期では、たしかに海外プレーヤーのほとんどが中国の厚い壁に阻まれて撤退していった。現在の日本のベンチャー業界の声としても、中国市場は「興味はあるし、勉強はするけど、進出は難しい」というものが多いように思う。

 しかし数は少ないながら、中国プレーヤーと上手く付き合うことで進出に成功した海外ベンチャーも存在する。例えば、Legend Capitalの投資先でもある韓国L&P社は、中国への参入をテコに、売上を50億円から400億円に伸ばした。しかもたった3年で、である。次回の記事では、こういった成功例を取り上げ、中国進出の「ポイントと現実解」を示せれば、と考えている。

 次に(3)「中国ベンチャーから学ぶ海外ベンチャーたち」では、中国発イノベーションを取り入れてようとしている日系ベンチャーの実像を紹介したい。

 最後に(4)「From 中国 to 海外」にて、中国ベンチャーの、驚くべき海外進出の実例とスピード感をご紹介できればと思う。

最後に

◎ドリームインキュベータ・小川より

 本文でも触れましたが、中国については「興味はあるし、勉強もしているけど、進出は難しい」という声をよく聞きます。確かに中国の大手ITプレーヤーとのガチンコ勝負は難しいでしょう。では進出そのものが難しい/意味がないかと言えば、そういうことでもないと思います。All or nothingで中国を見るのではなく、上手に“勝てる場所”を選び、小さく切り取る。もとの市場が大きいだけに、それだけで十分デカい商いになるはずです。次回以降の内容が、そういった中国進出の「現実解」に、少しでもヒントを提供できれば幸いです。

◎Legend Capital・朴より

 Legend Capitalでは2年前から、中国「外」のベンチャーにも投資を始めました。海外ベンチャーが中国に進出することで大きく成長できると感じたからです。実際に投資をした複数の韓国ベンチャーは、中国市場をテコに大きな成長を遂げています。

 もちろんどんな海外ベンチャーも成功するわけではなく、そこには成功パターンが存在します。その経験を踏まえると、日本には多くの「中国で戦って勝てるベンチャー」があるはずだと、かなりの確信をもって感じています。Legend Capitalは、そういった日本ベンチャーの中国進出をお手伝いする立場でありたいと考えています。

この記事のまとめ: 中国ベンチャー業界と海外の歴史は4フェーズに分けられる
 (1)2000年頃:SINAスキーム誕生によるVC市場の開花
 (2)2001〜2005年:ドットコム・バブルに翻弄されつつもリスクをとるVCたちが下支え
 (3)2005〜2015年:海外プレーヤー参入の本格化と、現地プレーヤーの勝利
 (4?)これから:中国ベンチャー業界との付き合いかたの「現実解」を見出す

(筆者プロフィール)

板谷 俊輔
ドリームインキュベータ上海 董事兼総経理
東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科修了後、DIに参画。
北京大学外資企業EMBA。
エンタメ・デジタルメディア・消費財分野を中心に、大企業に対する全社改革(営業・マーケ改革、商品ポートフォリオ再構築、生産・購買コスト削減、組織改革、海外戦略見直し等)から、ベンチャー企業に対するIPO支援(事業計画策定、経営インフラ整備、常駐での営業部門立ち上げ、等)まで従事。現在は、DI上海に董事総経理として駐在し、現地政府・パートナーと連携しながら、日系大企業へのコンサルティングと中国・アジア企業への投資・事業育成を行う。

小川 貴史
ドリームインキュベータ上海 高級創業経理
東京大学工学部卒業後、ドリームインキュベータに参加。
主に、新規事業の戦略策定およびその実行支援に従事。 製造業(自動車/重工/素材)を中心に、IT、商社、エネルギー、医療、エンターテイメント等のクライアントに対し、構想策定(価値創造と提供における新 たな仕組みのデザイン)から、事業モデル/製品/サービスの具体化、組織/運営の仕組みづくり(実現性を担保したヒト・モノ・カネのプロデュース)、試験 /実証的な導入まで、一気通貫の支援を行っている。複数企業による分野横断的な連携や、官民の連携を伴うプロジェクトへの参画多数。

朴焌成 (Joon Sung Park)
Legend Capitalパートナー、エグゼクティブディレクター
韓国延世大学校卒業、慶應義塾大学MBA及び中国长江商学院MBA修了。延世大学在学中には、University of Pennsylvania, Wharton Schoolへの留学経験も持つ。
アクセンチュア東京オフィスを経て、Legend Capitalに参加。Legend CapitalではExecutive DirectorとしてEコマース、インターネットサービス、モバイルアプリケーション、コンシューマーサービス分野での投資を積極的に行う。韓国語、日本語、中国語、英語に堪能。
Legend Capitalは、レノボを含むLegendグループ傘下の中国大手投資ファンドで、ファンド総額は50億米ドルを超える。特にインターネット・モバイル・コンテンツ分野および消費財分野に強みを持ち、350社以上への投資実績がある。日系大手企業のLPも多数。

筆者:ドリームインキュベータ