Juju noda公式動画より

レーシングドライバーには筋力も持久力も心肺能力も求められるのだが、外から体を動かしている様子や表情を読み取ることができないので、過酷な状況を想像するのは難しい。だが、レーシングドライバーは過去から現在に至るまで男性ばかりであることが、肉体的な過酷さを物語っている。

上位カテゴリーになればなるほど活躍する女性は少ない。そんな状況にあって、11歳の女の子、Jujuが頭角を現してきたのはニュースだ。本名は野田樹潤(のだ・じゅじゅ)という。野田の姓にピンときただろうか。父親はF1参戦経験がある元レーシングドライバーの野田英樹氏である。野田氏はNODAレーシングアカデミーを主宰して後進の育成に努めており、Jujuもその一員だ。

2006年生まれのJujuは3歳でレーシングカートを始めると、4歳でカートレースにデビュー。10 歳で4輪レースカテゴリーの一角を占めるF4にステップアップした。「日本人初の女性F1レーサーになって優勝する」のが将来の夢だそうだが、F4はF1に到達するための足がかりとなる入門カテゴリーである。

4月に地元の岡山国際サーキットで行われたデビュー戦(フォーミュラU17開幕戦)では、コースレコードを更新する速さを見せつけ、優勝を飾った。将来が楽しみな逸材だ。

■F1、インディ、フォーミュラーEにも女性進出


F1レーサーのスージー・ウォルフ。 2014 年のイギリスGPとドイツGPで走った

女性F1ドライバーといえば、直近ではスージー・ウォルフ(1982年生まれ。イギリス出身)がいる。旧姓をストッダートと言ったが、2011年にウイリアムズF1チームの出資者のひとりであった元レーシングドライバーのトト・ウォルフ(現在はメルセデス・ベンツ・モータースポーツの責任者を務める)と結婚。2012年からウイリアムズの開発ドライバーになり、 2014 年のイギリスGPとドイツGPではフリー走行を走った。

スージーは2015年限りで引退を表明。今年の4月には長男をもうけている。

2015年にロータスの開発ドライバーに就任したのは、1988年生まれ、スペイン出身のカルメン・ホルダだった。ルックス重視の極めてPR側面的な起用と批判もされたが(その意味で、なぜスージーが騒がれなかったのか不思議である)、本人はどこ吹く風だったように見える。2016年にロータスはルノーに買収されたが、ホルダは残留。ただし、グランプリ期間中に走行機会を与えられることはなかった。

ホルダと同じスペイン出身の女性レーシングドライバーに、マリア・デ・ヴィロタ(1980年生まれ)がいた。ヴィロタは2012年にマルシャF1チームのテストドライバーになったが、飛行場で空力テストを行った際にチームのトラックに衝突する事故を起こし、右目を失う重症を負ってしまう。それが原因(とも伝わる)で翌年亡くなった。


タチアナ・カルデロンはザウバーの開発ドライバーを務める

2017年シーズン、F1チームに籍を置いている女性ドライバーにタチアナ・カルデロン(1993年生まれ。コロンビア出身)がいる。カルデロンはヨーロッパラウンドを中心にF1と併催するGP3への参戦と並行し、ザウバーの開発ドライバーを務めている。ドライビングシミュレーターに乗ったり、レギュラードライバーやエンジニアが出席するミーティングに同席したりするのが彼女の仕事だ。

スポンサーの支援を受けてザウバーにちょっとだけ在籍した経験(2014年)を持つのが、シモーナ・デ・シルベストロ(1988年生まれ。スイス出身)である。シルベストロは2010年から2013年まで、アメリカのインディカー・シリーズにフル参戦。15年は(今季、佐藤琢磨が所属する)アンドレッティ・オートスポーツからインディ500を含む3戦にスポット参戦した。また、フォーミュラEのシーズン1(2014/15年)とシーズン2(2015/16年)にアンドレッティから参戦した。

■富士スピードウェイで「女性レーサー日本一決定戦」も行われた


日本を代表する女性ドライバー井原慶子。イギリスで腕を磨き、キャリアを積んだ

日本人女性ドライバーといえば、井原慶子(1973年生まれ)を忘れるわけにはいかない。レースクイーンとしてサーキットを訪れ、「レーサーになりたい」と思った井原は25歳でレースデビュー(1999年)。2000年に単身イギリスに渡って腕を磨き、英フォーミュラ・ルノー、フランスF3、フォーミュラBMWアジアシリーズ、イギリスF3とキャリアを積み重ね、入賞、表彰台、そして優勝を重ねた。

2012年にはWEC(世界耐久選手権)のLMP2クラスにシートを獲得。日本人女性ドライバーとして初めてなら、世界で初めて、女性としてのフル参戦だった。2014年に富士スピードウェイで開催されたアジアン・ル・マン・シリーズ第2戦日本ラウンドでは、世界各地で行われるル・マン・シリーズ史上、初めて女性ドライバーとして総合優勝を果たした。


マツダは「モータースポーツ界における女性の活躍」を推進するため「Mazda Women in Motorsport Project(MWIM)」を立ち上げた

2015年からは、マツダが立ち上げた「Mazda Women in Motorsport Project(MWIM)」のプロジェクトリーダーとして活動している。マツダのウイメン・イン・モータースポーツは、FIA(国際自動車連盟)とJAF(日本自動車連盟)が提唱する同名の活動に賛同したもので、「モータースポーツ界における女性の活躍」を推進するのが狙い。

MWIM は2015年初頭に「モータースポーツに参加したい」女性を募集。書類選考と面接で絞り込み、2015年に一期生として26名、2016年に二期生8名を選抜した。彼女らは一定期間のトレーニングを経て、ワンメイクレースや耐久レースなどに参戦している。6月下旬には、富士スピードウェイで第1回女性レーサー日本一決定戦のF1ならぬL1(Ladies No.1)レースが開催され、MWIMのメンバーも参戦し、活躍した。Jujuよりちょっぴり(?)年上の女性ドライバーも元気にサーキットを走り回っている。


MWIM は、2015年に一期生として26名、2016年に二期生8名を選抜。彼女らは一定期間のトレーニングを経て、ワンメイクレースや耐久レースなどに参戦している