加計学園だ森友だと騒いでいる日本ですが、国内ですったもんだしている間に、中国では自国の統治に都合の悪い海外の研究論文を撤回させるよう要求する問題を起こしました。英名門大学ケンブリッジに「文化大革命、天安門事件、中国外交から中国の辺境問題であるチベット、新疆、香港、台湾などに関する300本の論文・書評を削除するよう要請」とのことで、しかもケンブリッジ側が応じたような報道まで出てきてカオスであります。

 世界的な常識からすれば、中国共産党は文化大革命であれだけ人が死んだことについて、それこそ歴史認識としてちゃんと向き合えばいいのにと思うわけですけれども、そのころの政権が正統性と継続性をもっていまなお続いているということは反省のしようもないということなのでしょうか。なんか大変だな中国人。経済ではいくらでもご都合主義なことはできても、政治ではあんまり妥協ができないみたいです。っていうか、共産党なのに資本主義の権化のような市場経済を曲がりなりにもきちんと制御してここまでの経済大国になった、というのは中国すごいなと素直に思います。


ケンブリッジ大学 ©getty

中国と付き合うことと、食べていくことの悲哀

 そういう経済力をバックボーンにして、中国の考える価値観を実現するための外交や交渉、圧力をかけるのが一般化しているようで、かねてから日本もアジア極東外交のなかでもいろんな面倒くさい歴史認識カードその他、戦争の贖罪意識を散々利用された経緯はあります。イギリスも、まあだらしないと言われればそうなんでしょうが。香港で広がった雨傘運動などの民主化デモに加担した香港市民の若者たちが訴追され、ついには実刑判決を受けてしまうという文字通りの言論弾圧を中国がやらかしていることについて、あまり表立った抗議や制裁を中国に対して実施した経緯はありません。なんといっても、なんだか良く分からないブレグジットだかでこれといった目論見もなく突然EUから離脱しちゃうもんだから、経済の先行きが不透明で中国の経済的影響力を無視できなくなってるんですよね。

 なんというか、食べていくことの悲哀ってあるじゃないですか。日本人の人生の中にも、経済的事情があるから会社にしがみつく中高年サラリーマンの後ろ姿が煤けているなんてことはたくさんある。デキは悪いけど本人なりに頑張ってそこそこの私立大学に入学できて、喜んではみたものの、学費の支払い負担を考えると老後の資金が心配だとか、うっかり郊外に家を建ててしまってローンがとか、そういう「将来が不安な人たち」は、少なくとも自分よりも金がありそうで未来のあるところにガッチリ食い込むしか方法がないのです。肩を叩かれようがギャラが下がろうが、わずかばかりの退職金の上積みで冷たい世間に放り出され、しばらく書いたこともない履歴書を何枚も書きハローワークに行って面接を受け自尊心を木っ端微塵にされるよりは、やってきた仕事を続けて会社にしがみつきたい。それが安定であり、幸福ではないかもしれないけど少なくとも不幸ではない。そういう働く者の悲しさと、成長を続けて傲慢になる中国と付き合う日本を含む諸外国の忸怩たる想いとが交錯するわけであります。

中国で言論統制が行われる、中国らしい理由

 これだけ中国経済が成長してしまうと、周辺諸国は子会社みたいなものです。アメリカでは白人至上主義者が大騒ぎしてシャレにならないことになってますけど、中国では民族主義的紛争はそもそも無かったことになる。反腐敗? 民主主義? 知らないなあ、ほんとに。なんせ13億人もの国民を食わせるためには、壮大な権力闘争を繰り広げて政治が常に盤石な体制でなければすぐに国家も社会もバラバラになってしまう。だからこそ、言論弾圧でも武力排除でもやって、社会の求心力をもっぱら経済の発展に据え続けていくという一点で、国民をまとめていくしかないのでしょう。政治に対する自由な言論は国内ではご法度なのは、中国の文化であり権力の源泉であって、これが失われると文字通りアヘン戦争や瓜分の危機という中国の歴史が教える悪夢が蘇ってくるんじゃないかと思います。

 そういう国内事情で言論統制をしないといけないというのはまあ分かるんですが、いや分からないけど、同じように他国に対しても「そういう中国にとって都合の悪い歴史を教育するな」というのは中国らしいわけですよ。面倒くせー。かねてから、日本でも台湾問題を巡って「ひとつの中国」とかいう中国国内の政治的前提や建前にそった不思議な外交に翻弄されて困り果てたことはありましたけれども、こちらにとってはどうでも良くても中国にとっては台湾が国家として認められること自体が、チベット独立だ新疆ウイグル独立だ内モンゴル独立だとなって、経済成長がどうのといっている以前に中国共産党が率いる中国政府の崩壊につながる、と本気で信じているのでしょう。


香港の劉暁波追悼 ©getty

お魚輸出を止められて、たちどころに干上がるノルウェー

 先日も、ノルウェーですったもんだがありました。中国の民主化その他で頑張った活動家でノーベル平和賞を受賞した劉暁波さんが、患ったガンの治療を満足に中国で受けることができず軟禁状態となって、そのまま亡くなってしまったわけです。中国からすると民主化だ人権だと政府が困ることをする活動家に国内や海外から声望が集まると大変都合が悪いわけですが、このノルウェーの貴重な外交資産であるノーベル平和賞「後」を巡って、中国はノルウェーの基幹産業のひとつである養殖魚の輸入を全面的にストップさせるわけです。成長著しい中国市場へのお魚輸出を止められて、たちどころに干上がるノルウェー。

 そこからもう、民主化だ人権だという西欧的価値観で中国批判なんて、もっての外なわけでございますよ。劉暁波さんが治療を受けられずガンで亡くなっても、その劉さんに国際的威信を授けたノーベル平和賞を擁するノルウェーは息を殺して静かにして、中国政府に楯突くことなどせず、じっと中国人のご家庭にノルウェー産の養殖サーモンが並ぶ日まで我慢をすることになるわけであります。


ノルウェーのソンベルグ首相(左)と習近平国家主席 ©getty

日本株式会社のトップセールスマンとして頑張ってるのが安倍首相

 まあ、汚いよな。ずるいよな。酷いんだけど、それが経済なんですよ。自動車メーカーに取引停止をちらつかされて泣きながら社員と残業して工場をフル回転させる下請け会社同様に、みんな食べていかなければいけないから経済力のある方向に寄っていくのです。民主主義で腹が膨れますか。人権で家族が養えますか。豊かで良い人生を送るには、主義主張のようなものでつまらない喧嘩を売るよりは、自分を曲げて愛想笑いをしてでもカネを持ってる人の靴を舐められるのが「有能」で「優秀」な人物だということになります。

 その意味で、安倍晋三さんってのは「有能」で「優秀」な部分はあると思うんですよ。嫁選びで味噌つけたし、ちょっと調子乗ってしまったけど。だって満面の笑顔であのトランプ大統領と握手できる人ですよ。やれって言われたってできない。以前、文春オンラインでも書きましたけど、日本株式会社のトップセールスマンとして頑張ってるのが安倍首相なんだと思うんですよね。


©getty

中国バブル崩壊しないかなって祈る人も多いのかもしれないですけど

 でも、成長著しい中国が隣国にあり、はるか大国になっていく中で、人口減少に喘ぎ国力の低下が覆い隠しようもない日本が、どこまで中国に対して突っ張っていけるのかというのは悩ましいものはある。米中対立のなかで民主主義国の一員としての日本が、アジアの中の非中華圏としてどこまでアメリカと肩を並べて民主主義だ人権だと綺麗事を言い続けられるのか、ドキドキするんすよねえ。私は民主主義を堅持するべきだよねと思う側です、だって言いたいことは言いたいもの。でも、近い将来日本が「貧しい民主主義か、豊かなご都合主義かを選択しろ」と言われたら、豊かな生活を望む国民が増えるかもしれないよなあ、という気持ちもしないでもないから怖いんですよね。

 中国バブル崩壊しないかなって祈る人も多いのかもしれないですけど。なんというか、全部他力本願っすよね。

 なるほど、冷戦ってこういうことなのね。

(山本 一郎)