名古屋市の伏見地下街

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 名古屋市の伏見地下街──と聞いて「知ってる!」と答える方は、やはり愛知県の方々が多数を占めるだろう。率直に言って、全国区の有名商店街ではない。

 だが、たとえば検索エンジンに「伏見地下街」と入力してみると、その多様な検索結果に驚かれるはずだ。「新・立ち飲みパラダイス」「あいちトリエンナーレがもたらしたまちの変化」といった魅力的なタイトルの記事が見つかり、またコーヒーやハンバーガーの名店が紹介されていたりするなど、その“実力”が伝わってくる。

 現在、全国の商店街が苦境に立たされている。2000年、規制緩和の流れで大規模小売店舗法が廃止され、各地で大型量販店の進出が激化した。その結果、多くの商店街が客を取られて衰退し、いわゆる「シャッター通り」に転落していった。

 この伏見地下街も10年までは衰退の一途をたどっていた。しかしながら今、奇跡の復活をなし遂げようとしている。成功のキーワードは「アートイベント」だ。地下街運営の中心に立つ、伏見地下街理事の岡田真太郎氏に話を聞いた。

●寂れた地下街に垣間見えた“可能性”

―─岡田さんは名古屋の伏見地下街の理事のほかに、美術商の顔もお持ちだと伺っています。

岡田真太郎氏(以下、岡田) はい。地下街運営にかかわる前から、美術商として活動していました。そちらでアーティストさんたちとのつながりがありまして、渋家(シブハウス)も作品として取り扱っています。またアーティストさんやさまざまな美術関係者の相談相手になっています。

―─地下街の理事が先ではないのですね。どのようなきっかけで名古屋の伏見地下街の運営にかかわるようになったのですか。

岡田 もともとは 2010年の「あいちトリエンナーレ」の様子を見に伏見に来たのが始まりです。個人的にアートイベントを見に来ただけでした。当時の伏見地下街は寂れていましたが、伏見駅に直結し、伏見周辺は金融街でサラリーマンも多いため、可能性を感じました。そこで伏見地下街のことを色々と調べました。

―─駅直結以外にも、利点があったのでしょうか。

岡田 おもしろいことに、伏見地下街は地下鉄に直結していますが、地下鉄の持ち物ではなかったのです。地上にある長者町繊維街という問屋街が好景気だった1957年につくられた地下街で、問屋街の支店が多く軒を連ねていました。運営は組合というかたちで、店舗所有者の合議制で行われています。また、店舗1軒につき1票というのが組合のルールでした。だからこそ、外からきた新参の私も地下街の運営に参加できたのです。

―─どのような取り組みを行ったのですか。

岡田 物件を使いたい方に地下街の紹介を行い、1店1店空店舗を減らしました。それと一番わかりやすいのは開場時間でしょうか。もともと、伏見地下街は20時半には閉まっていたのですが、それを23時まで開けることにしました。伏見は金融関係の会社が多く集まったビジネス街ですので、十分に集客は可能だと考えたのです。

 ほかには「あいちトリエンナーレ」への展示会場の提供もそうですが、所有するスペースで展覧会やイベントを開催するなど、多くの人が集まることのできる企画に力を入れています。地下街の掲示板は誰が使ってもいいようにしましたし、組合に許可をもらえば、通路でパフォーマンスをすることも、物を売ることもできます。

 夜間の店が閉まっている時間に、パフォーマーさんたちが自由に動画配信する場なんていうのもおもしろいですよね。実際、地下街が休みの日にシャッターを空けて、地下街全体を使ってトークイベントを行ったこともあります。とにかく人が集まれる、楽しいことを実践していこうと考えているんです。

●今後の展望と課題

―─そのようなアイデアを一つひとつ積み上げたことで変革できたのですね。

岡田 立地や周辺環境といったポテンシャルはありました。あとは、人が集まりたいと思える場所づくりのお手伝いを、できる範囲で行ってきた結果です。私自身、別に商店街運営のプロというわけではありません。伏見地下街と出合って初めて運営に携わりました。ただ、色々とおもしろい使い方ができるのではないかと考えて提案していきました。

―─新しい取り組みをどんどん進めるなかで、組合での反対意見など問題はなかったのですか。

岡田 反対といいますか、不安の声はやはりありました。23時まで開ければ、電気代や警備員への支払いなど費用は増えます。本当に人が集まるのだろうかという不安です。

 しかし、組合全体で「現状をなんとか変えなくては」という問題意識は持っていました。そして最終的に、ポジティブな案だと可決されました。もちろん提案者として、出費が増えるのでは運営に無理が生じるので、新電力への切り替えを提案して、浮いた費用で人を呼ぶためのイベントを企画するなどの工夫はしています。現在は広告や観光関連の事業にも可能性を感じています。

―─少しずつ変えていった結果が、成功につながったといえますね。

岡田 そうですね。大勢の方が訪れるようになり盛況といえると思いますが、課題はまだまだあります。伏見地下街はつくられてから60年が経過しており、取り壊しの候補となっていることを最近知りました。すぐに取り壊されるわけではないですが、解決しなくてはいけない問題です。

 また、古いため建設当時の配管図などが残っていないらしく、地上で再開発を行った際に、用途不明の管などが出て思われてしまうこともあるようで、「うちの地下街の設備なので、元に戻してくださいね」といったこともあります。

 5月には、水が大量に湧き出す事件が発生し、大変な騒ぎとなりました。なんとか地下街が水浸しにならないように水を掻き出し、水道修理業者を呼んだのですが「うちでは対処は無理です」と言われ、応急処置だけをしてもらって建設会社に連絡をとり、2日後に収まりました。現在も原因解明を進めています。空店舗がなくなり多数の出店待ちをいただいている状況まで運営面の改善ができましたので、設備面の改善も進めていきます。

―─今後の展望を聞かせてください。

岡田 名古屋以外にも伏見地下街の話が少しずつ知られてきたみたいで、ありがたいことにイベントを開催したいという話も頂けるようになりました。これからもおもしろい体験ができる場所にしていきますので、気楽に立ち寄ってもらえるとうれしいです。

 最後に大きいことを言わせてもらいますと、伏見地下街は伏見駅から、隣の栄駅の中間地点までで終わっているのですが、栄駅までつなげた一大地下街にしたいというのが私の夢です。
(構成=三好洋輝)