20年の時を経た大旅行用自転車「アルプス・ローバー」について。ー映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【13】

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■2017年8月。

僕は今、北海道にいる。

この自転車にキャンプ道具や家出セットを積んで北海道を一ヶ月ほど放浪中である。


これを書いているのはまだ出発前で、長期家出のために準備で大忙しの時だが、記事が出る頃はたぶん旅の後半だろう。どんな旅になってるのかはわからない。

この自転車は、2007年に60年の歴史に幕を下ろしてしまった今は無き神田のツーリング車専門店アルプスで1997年2月に注文し、6月に完成してから今年でちょうど20年になる。

20年前の1997年8月も、僕は同じように北海道をあてもなく放浪していた。

 

■大旅行車


写真の佇まいの正統派キャンピング自転車は、メーカー市販車ではずいぶん昔に絶滅してしまった。今はMTBやクロスバイクにキャリアを付けて長期旅行に出るスタイルしか存在しない。僕がこの自転車を注文した20年前も、すでにこのようなスタイルの自転車は無く、唯一、アルプスだけがセミオーダー形式で正統派キャンピング自転車をリリースしていた。

そのアルプスも10年前に店を畳んでしまい、今、こんな自転車の入手を望むなら、フルオーダーメイドか昔の古いキャンピング自転車を入手するしか方法はなく、オーダーだとかなりの高額となってしまう。

MTBが出現する80年代以前、70年代までは、日本一周、世界一周、長期キャンプ旅行を目的に作られたキャンピング自転車は子供たちの憧れの的だった。

昔の自転車店の店先にはこのキャンピング自転車が、戦闘的な最高級のロードレーサーと共に、もう一方の最高級機として誇らしく店頭に飾られていたのだ。

当時の少年たちは、そんな迫力ある高価なキャンピング自転車を店で眺めながら「いつかこれを入手して果てしない旅に出るのだ」と、密かに心の中で決心をしていたはずだ。

当時の正統派キャンピング自転車は、少年にそう思わせるだけの「力」を十分に持っていた。

少年の心をざわつかせる乗り物、それがキャンピング自転車だった。

当時は「キャンピング」という呼び名の一方、「大旅行車」と言う呼び方もあった。ランドナーが「小旅行車」と呼ばれていたので、それに対するわかりやすい呼び方だったのだろう。

個人的には「キャンピング」と呼ぶより「大旅行車」の呼び名がふさわしい気がする。「キャンピング」というと少しライトなイメージとなり、ロマンより家族と共に過ごすカーキャンプのような印象となるが、「大旅行車」と呼ばれると妄想が膨らみ、そのイメージにあるのは「赤い砂漠」であったり「広大に続く一本道」だったり「嵐の山岳」だったりと、これはもう男の子の大好きなロマンが詰まりまくったイメージとなるからだ。

実際、昔の正統派キャンピングで世界を旅してきた「大旅行車」の佇まいは、それはそれは凄まじいオーラが漂っていた。

今のMTBやクロスバイクで、この雰囲気は出るだろうか?と思ってしまうのだ。

 

■ツーリングのプロ仕様

アルプスのローバーとの最初の出会いは旅先だった。

1996年、僕は「由美香」と言う映画の撮影のため、新宿から北海道の礼文島まで、ツーリング車ではなく、ギアもない街乗り自転車で旅をしていた。

旅も終わりに近づき、自転車のメーターがちょうど1000キロを記録したその日だった。

稚内の駅に一台の自転車が立てかけてあった。それが、アルプスのローバーだったのだ。

まだ新品に近い状態で、バッグも付いていなかった。オーナーは食事でも行っているのか?見当たらなかった。

初めて見たその黄色い色のアルプスローバーは衝撃だった。

なにせ、街乗り自転車で旅をしていたので、道中は荷物を満載した色々なランドナーを目撃して「次はあんなランドナーで旅をしてみたい」と思っていたからだ。

しかし、その自転車は、他のランドナーとは明らかに雰囲気が違っていた。

頑丈そうな4つのサイドキャリア、特に前後の長いキャリアは迫力があり、本格的な旅仕様を思わせた。

自転車の「プロ機」はレースでしか存在しないが、もしも「ツーリングのプロ機」が存在するなら、まさにこのような自転車だろう、と思った。

これが最初の感想だ。

車体をしげしげと眺め、ヘッドバッチを見ると「ALPS」とある。僕はこの時、アルプスを知らなかった。

ヘッドバッチのデザインも良かったので、この時名前を覚えた。

そして旅を無事に終え、東京に戻り、次の旅の事を考えていたある日、

渋谷の東急ハンズの自転車コーナーで、店員のお兄さんにALPSというメーカーは知っているか?と尋ねた。

「ああ、神田にある老舗の自転車屋ですよ」

部屋に戻って、早速、電話帳で番号を調べ、電話したのが最初だった。

神田の小さな店に行くと、入口付近に旅で見たのと同じシルバーの自転車が飾られていた。この時、この自転車がローバー(放浪者)という名である事を初めて知った。

1996年、旅に戻ってすぐの秋の事だった。

そして翌年の1997年2月、僕はアルプスで、このローバーを注文していた。

 

■走らない旅

以来、20年間、北海道を中心に、信州、沖縄など、その出撃回数は25回は超えている。



この自転車のおかげで、僕はすっかり自転車家出中毒になってしまった。

わからない人にはまったくわからないだろう。

自転車と言うと、最近は特にロードレーサーやスピードを出して長距離を走るイメージだろう。

しかし、僕はスピードは求めない、長い距離を短時間で走る事にも興味はない。

コンパクトな生活用品を山のように積んで、自由自在に、のそのそと歩くように走り、気に入った場所にテントを張り、時には民宿などでのんびり過ごす。

こんなスタイルがお気に入りで、走る時は80キロほど走る時もあるが、気分によって走らない時はまったく走らない。

むしろ「走らない」ために旅に出るのだ。

それは、つまり「自由である」のを楽しみに行くのだと思う。

 

■魔法の乗り物

この自転車は、今の僕にはなくてはならない大切な相棒となった。

「これさえあれば、どこにでも行ける」

「どこでも生きていける」

長距離の家出専門のため、普段はバラされて袋の中で眠っているが、イザという時はコイツでいつでも東京を脱出できる。

そんな風に思える道具は他にはない。

自転車という小さな機械は、決してただ「スピードを出すだけ」または、単なる「生活の便利な道具」ではない。

子供の頃「あの橋の向こうはどうなってるのだろう?」「自分の力でどこまで行けるのだろう?」という原始的な欲求を満たす事のできる魔法の乗り物であるべきだと思っている。

そんな冒険の道具である正統派キャンピング自転車が絶滅してしまってよいものだろうか? MTBやクロスバイクはそもそも目的が違うし、正統派キャンピング自転車とは別のものである。

いわゆる「夢」や「ロマン」、子供が夢中になるような冒険の道具がない世界は良い世の中と言えるのだろうか?

長距離の旅にも出れない世の中は、はたして豊かと言えるだろうか?

どの自転車もライトになり、手軽で清潔、ゲームのようなスピード&ライドだけになってしまって、本当にそれで良いのだろうか?

「大旅行車」という言葉が死語になって数十年。

僕はそんな世の中の動向がとても心配だ。

20年間、今では存在しないヘビィ級の自転車に乗り続け、今日も旅の空で、そういう世の中をただ見つめている。

僕のローバーの名前は、アルプスなので「ハイジ」と、20年前、いいかげんに名前を付けた。

作る時はラクダっぽい感じがいいなと思い、荷物を付けて優雅に砂漠を行進するキャラバン隊のイメージで、車体の色をラクダ色にしたが、寒いところばかり行っている。



今後も、可能な限り、このハイジで旅を続けるつもりだ。

アルプスの店主、萩原氏は当時、こう言った。

「10年はまだ若い方ですよ」

僕のハイジはようやく20歳。

まだまだ若いのだろう。

 

(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。