あれは1990年代の初期から中期頃だったと思う。新宿のライブハウスにとあるライブを観に行ったとき、いくつかのバンドが出演する中、ガラガラの客席で異常ともいえるテンションで、ものすごいパッションを放出するバンドが演奏していた。

 そのステージのあまりの凄さに、ライブが終わった瞬間にステージに歩み寄り、「何てバンドなの?」と声をかけると、汗だくでギターを片付けながら「U.G MANです」と答えたその男が、この映画『MOTHER FUCKER』の中心人物となる谷ぐち順である。

 その後、谷ぐち君は「Less Than TV」というレーベルをやり始め、その活動はアンダーグラウンドシーンでも異質な存在として注目を集めることになる。それまでアンダーグラウンドパンクシーンに存在していた「パンクとはこうでなければいけない」というような固定概念をものの見事に破壊し、谷ぐち君の周りには、一癖も二癖もある「問題児」が集まっていった。

 独自の活動をするLess Than TVのバンドたちは、今までにない個性的なスタイルばかりで、集まって来る観客も老若男女問わず、新しい感覚に刺激された人間が多い。ライブでの観客席の狂乱ぶりは凄まじく、出演陣の独自さと相まって若者たちが増えていき、「METEO NIGHT」というビッグイベントを開催するようになっていった。そしてこの「METEO NIGHT」は、全国各地でも開催されるようになっていく。

 筆者のバンド・FORWARDも「METEO NIGHT」に出演したことがあるのだが、そのときは渋谷のO-WEST、O-NEST、7th FLOORの三箇所で同時刻に開催するという狂乱のイベントで、出演バンドも、日本のアンダーグラウンドシーンのあらゆるジャンルが集まった凄まじい内容となった。

 前置きが長くなったが、このLess Than TVと谷ぐち君、そして谷ぐち君の妻でありバンドマンとしてステージに立つYUKARIさん、息子で8歳の共鳴君の家族3人を追ったドキュメンタリー映画が『MOTHER FUCKER』である。

 夫婦共にステージに立つバンドマンであり、人前に出ることに慣れてはいるのだろうが、子どもを含めた家族の生活をここまでさらけ出し、映画という形で公にする懐の深さに、まずは感激する。

 どこに出しても恥ずかしくない自信と、家族への信頼があるからこそできるこのスタイルは、監督との信頼関係によるところも大きいのではないだろうか。監督である大石規湖(おおいし のりこ)氏が女性監督であったことも、妻であるYUKARIさんたちとの意思疎通をスムーズにする一因だったのかもしれない。作品中でも、共鳴君と監督が二人っきりと思われるシーンなどもあり、家族の監督に対する信頼感がうかがえる。

 しかし、どこにでもある三人家族の物語ではない。両親ともにバンドマンであり、それも商業的に成功しようとしているバンドではない。音楽に対する真剣さゆえに、家庭との両立に葛藤するシーンが随所に垣間見られ、子どもを持つバンドマンであれば涙することだろう。

 共鳴君が熱を出してしまうが、共鳴君を友人に託して家に残し、夫婦でバンドのツアーに出なければならないシーンなど、バンドをやっていないごく普通の家庭では、置き換えることのできない状況であり、理解することさえ難しいかもしれない。しかし、このシーンでのYUKARIさんの葛藤には、バンドマンとして、母としての思いが集約されており、子を持つ親として必見の場面である。

 筆者にも子どもがいるが、この谷ぐち夫婦のとった方法は、きっと共鳴君に良い影響を与え、自立心や強さを育んでいるに違いないと確信する。

 夫婦での話し合いのシーンでは、食卓を囲みながら谷ぐち夫妻の普段の姿がアリアリと映し出され、家庭というもののあり方を考えさせられる。同時に、夫である谷ぐち君の人間性が垣間見れ、思わず吹き出してしまうようなシーンもある。世の父親たちにぜひ見てもらいたいところだ。

 試写会の際の舞台挨拶で谷ぐち君も言っていたが、面白いことに人生そのものがバンドのような彼は、母親にはバンド活動をしていることを内緒にしているそうだ。家族で帰省した際のシーンでは、谷ぐち君のお母さんも登場し、谷ぐちファミリーのおおらかさと厳しさが感じられるのだが、母親が未だにバンド活動のことを知らないままにこの映画が公開されるというのが、なんとも谷ぐち君らしいというか、まさにLess Than TVのレーベルのユニークさを表していると思う。

 また、谷ぐち君は障碍者の介護職をやっているのだが、介護をしている人たちのことを「マイメン」と呼んでいる。その心の持ち方こそが、家族や仲間たち、そしてLess Than TVという、谷ぐち君をとりまく環境全てに通じる愛であり、その魅力に引き寄せられた人間たちが大きな家族となって谷ぐち君の人生を形成しているのではないだろうか。

 「好きなことしかやりたくねぇ。それだけは絶対に曲げねぇ」と自らのソロ活動であるFUCKERで唄う谷ぐち君だが、彼にとって好きなこと=人を助けることであることが、この映画を通して伝わってくる。その優しさと愛が谷ぐちファミリーとLess Than TVなのではないだろうか。

 WARHEADのボーカルJUNが、作品中のインタビューで「谷さんはいつも助けてくれる」と言っているが、ここまで好きなことを貫き、それがすべて他者の助けであり、自分の助けにもなっている。そんな素晴らしさが、谷ぐち君の人生に宿っているため、ここまで多くの人間たちが集まってくるのだろう。しかも、それをアンダーグラウンドという世界でやるのだから、どこまでも縛られることなく自由である。どんな人間でも入ってこられる間口の広さのある、奇跡のような世界が、そこにはある。

 自分を貫くバンドマンやミュージシャンは多くいるが、それが人のためになり、自然に成り立っている事実を知れば、社会や世の中のあり方についても、新しい視点を与えてくれるだろう。

 そして両親の愛情をいっぱいに受けて育つ共鳴君も、自らバンドをやり始める。8歳にしてパンクバンドをやるなど、両親の影響以外に他ならないが、共鳴君自身の意思を尊重する両親の優しさと厳しさにより、彼の将来が希望に溢れていることが自ずと伝わってくる。YUKARIさんが狭いライブハウスの階段で、共鳴君を抱きしめながら頬ずりするシーンでは、両親の音楽やステージ、メッセージが、彼の幼い心の中で育まれていく様も手に取るように伝わってくる。

 両親のステージングには凄まじいものがあり、共鳴君はこれを物心がつく前から五感で味わっているのだ。共鳴君が両親の友人たちと組んだバンド「チーターズマニア」の歌詞を聴くと、末恐ろしいバンドマンが誕生したと思わざるを得ない。

 閉鎖的に見られがちなアンダーグラウンドシーンであるが、谷ぐちファミリーが引き寄せた世界には、面白さと「きっと何かある」という希望がある。谷ぐち君が介護する「マイメン」の笑顔や、共鳴君、YUKARIさんの姿や、関わりのあるバンド、友人たちを見れば、誰もが納得するだろう。

 また、出演するバンドたちもかなり個性的で、ライブシーンの映像は「なんだこのバンドは!」と衝撃を受けるものも多い。この映画を観て彼らのライブに足を運んだり、あるいは音源を探してみるのも楽しみ方の一つだろう。

 谷ぐちはたびたび「共生社会の実現」を謳うが、彼の姿勢を見ていると、それは不可能ではないと勇気が奮い立つ。家庭を持つ人間としても、彼らに憧れざるを得ない。どんな風に人との繋がりができているかで、人生は大きく違ったものになる。パンクとは、愛で成り立っている音楽なのだーーそう思わせてくれる『MOTHER FUCKER』は、間違いなく日本のアンダーグラウンド史に残る傑作である。(ISHIYA)