ロンドン世界陸上の400mリレーでは途中棄権となったボルト。しかし、ボロボロになるまで走り切った英雄は大きな喝さいを浴びた。(C) Getty Images

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 少し前の話になるが、先日幕を閉じた世界陸上で印象的だったのは、やはり男子400mリレーで日本が銅メダルを手にしたレースであった。
 
 日曜日の早朝6時過ぎにテレビをつけるとテレビの字幕に日本銅メダル、そして2列目に「ボルト 引退ラストレース」と出てリプレーが流れていた。
 
 生で見逃した僕はボーッと画面を見ながら、ジャマイカはメダルが取れなかったのか…… と考えながら「まさか?」と嫌な予感。それはバトンを落としたのかな……。あるいはアンカーのボルドまで回って来ないという史上最悪な結末か……、などと思いながらレースを見守った。
 
 日本は先頭の多田が好スタート。3番手の桐生が3位で見えた時は「嬉しかった」。そしてアンカー対決では真横にボルト。ボルト相手に銅メダル獲りは難しいか、と思われた。
 
 しかし、次の瞬間、ボルトの足に故障が発生。日本が世界陸上で初の銅メダルを獲得した一方で、ボルトは痛々しく足を引きずりレース完走ならず、という結果に終わった。
 
 ボルトの引退レースは周りから見れば「悲劇」なのか。100m走の銅メダルから名誉挽回し、リレーで有終の美というストーリーを描く人たちの為に最後の力を振り絞り走ったボルト。しかし無惨にも残り50mを走り切ることが出来ず悔しい引退、「幕切れ」になった。
 
 その時、僕は輝かしく金メダルを獲り続けていた頃のボルトより、何倍もの美しさとアスリート、プロとしての凄さを感じとれた。
 
 引退を悔いなく、ボロボロにならずに、良いままで終わりたい。あるいは美しく綺麗に引退したい。日本のスポーツ界で言えば1つのチームで終わりたい。移籍をせず「ミスター〇〇」で退く。まだ出来ると見られるタイミングが美しい――。現役を退くにあたって、そんな想いを抱く選手もいるだろう。日本古来の価値観で言えば、「武士が散る時は、潔く」とでもいうような散り際の「拘り、美学」があるのであろう。
 
 見る側も応援する側もやはり強いままで、格好良いままで……。そんな想いは強いなのだと思う。それは当然だ。
 
 ただ僕の価値観は少し違う。
 
 2006年のドイツ・ワールドカップでのジダンの現役最後の試合となった決勝戦。延長後半で引退まであとわずか。フランス代表対イタリア代表のゲームは、なかなかゴールをこじ開けることが出来ない辛抱合戦となった。
 
 そして、ジタンはイタリアのDFマテラッツィの挑発に乗って頭突き。レフェリーからのレッドカードで「一発退場」。ロッカールームを下がるジダンは、ワールドカップを横目に引退。悔しい最後の試合となった。
 
 最近では将棋界で、とても心を打たれた瞬間があった。
 
 それは15歳の藤井聡太4段が連続勝利記録を伸ばす時期に、「引退」を迎えることになった加藤一二三九段。将棋の世界の詳しいことは知らないが、負けたら引退という状況であったらしく、加藤一二三こと「ヒフミン」は敗戦と同時に引退。
 
 そして将棋では対局後、対戦相手と対局を振り返らなければいけないのをキャンセルし退席したのだ。
 
 僕は、このシーンをテレビで見て、少し嬉しくなった。
 
 試合に負けて引退する――。話している場合か……。きっとサッカーで言えば、挨拶もせず悔しくて足早に控室へ、そしてメディアのミックスゾーンを無視してバスへ乗り込んだようなものか。
 
 棋士でも感情があり、戦っているんだなと共感できた。
 
 そしてボルトに話を戻せば、彼は最後までフィールドで倒れるまで走り続けた。正しくボロボロになりながら……。