古代ローマで柑橘類はエリート家庭の象徴だった!?(伊ナポリの市場 撮影/Joy横手)

写真拡大

イスラム帝国が征服したことで、イランのペルシア人がこぞって栽培していたレモンがイタリアのシチリア島に持ち込まれたのは紀元9世紀とされていた。しかしそれよりもっと早く、古代ローマにおいても上流家庭の庭には柑橘類の樹木が存在し、彼らにとっては富の象徴、ステータスシンボルだった…こんな新説がテルアビブ大学の研究チームにより発表され、人々の関心を集めているようだ。

あちこちの庭にレモンの木が植えられているイタリア。この国で最も長く大量に栽培されてきた果実が柑橘類であることを疑う者はいない。しかし、それらはかつてエリート家庭だけのものだった…!? このほどそんな調査結果を学術誌『HortScience』に発表したのはイスラエル・テルアビブ大学の植物考古学者ダフナ・ラングット博士率いる研究チーム。古代の化石、花粉や種子のほか、遺跡、文献、美術工芸品などの解析、研究が専門であるという。

ラングット博士はそのなかで、「柑橘類はそもそも地中海沿岸の国々には生育していなかったもので、アジア側からシトロンとレモンが渡ったことで古代ローマでもその栽培が始まったと考えられています。当時は稀有、極めて貴重なものとしてその爽やかで清々しい香りづけを楽しめるのは富裕層だけ。つまりエリートたちのステータスシンボルであったようです」と述べ、紀元前5〜4世紀頃にエルサレム近郊に造られたペルシア帝国時代の王族所有の庭園に、シトロンが存在した形跡が発見されたことに触れている。ただし一般家庭においても柑橘類が育てられ、料理や香りづけに用いられるようになったのはそれより1,000年以上も後になってからであろうという。

また、インド(ヒマラヤ東部)〜中東〜地中海沿岸と気象条件や地形も異なる険しく広大なルートでありながら、見事に柑橘類で商売の道を切り開いていった交易商人たちの努力を大きく称えるラングット博士。「イタリアに渡った最初の柑橘類はシトロンで、それに続いたのがレモン。柑橘類をイランおよび南レヴァント地方を経て北アフリカや南欧にまで広めたのは、イスラム教徒による交易商人たちでした。シトロンが地中海沿岸地域に入り込んだのは紀元前2〜3世紀頃、つまりローマ帝国初期だったのです」としている。

柑橘類は今では完全に庶民の食べものと化し種類も非常に豊富だが、サワーオレンジ、ライム、ポメロがローマで育てられるようになったのは紀元10世紀以降で、スウィートオレンジが登場したのは15世紀後半のこと。ジェノヴァ共和国(現ジェノヴァ)やポルトガルの人々が持ち込んだと考えられるそうだ。しかし人気のマンダリンオレンジが地中海沿岸の国々に入ってきたのは19世紀初め、つまり最近のことであったという。

なお、古代ローマ時代の遺跡として有名な観光地となっている「フォロ・ロマーノ」では、紀元1世紀頃にそこにレモンが存在したことを示す植物遺体も発見されたそうだ。
(TechinsightJapan編集部 Joy横手)