高知市内から3時間で到着する四万十町。本流に大規模なダムが設置されていないことからも四万十川は日本最後の清流とも呼ばれている(筆者撮影、以下同)


日本は、新しいものを創るのが苦手だと言われている。それは、ルールを守ることに長け、ルールを作ることに慣れていないからだ。しかし、日本を変えていくのは「新しいゲームやルールを創る」ことができる人々だ。彼らは何を考え、どのように動いているのか?

「まずは食べて見て下さいよ」

 そう言われて、差し出されたトマトは、角が生えたような尖った形の無骨なトマト。おそるおそる手に取って口に運ぶ。噛んだ瞬間に、肉厚の果肉からこれまで食べたことのない甘みの強い果汁が口中に広がった。

 四万十川の源流に位置する十和村。高知市内から車でおよそ3時間のこの場所に、全国から注文が殺到するトマトが育てられている。

 南国のように温暖な気候でありながらも、1日を通して寒暖の差が激しい高知県。朝と夜は冷え、日中はぐっと気温が上がる。もともとトマトを作るには適した場所だが、そこで特に注目を集めているのが「狼桃」(おおかみもも)というトマトだ。角が生えたような尖った形に厚い皮。糖度が9度以上と甘く、しかし酸味もありしっかりとした食べ応えのあるこのトマトは、一度食べると忘れられないと日本全国にファンを持っている。

差し出された「野生派トマト 狼桃」。うまい!


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圧倒的に高価、それでも注文が殺到

「特別トマトが好きなわけではなかったんですが、初めて食べたときにこれなら商品としていけると直感しました」

 そう話すのは「野生派トマト 狼桃」の生みの親、DMファーマーズ代表の野中勝さん。大阪出身で、若いころはスカイダイビングに明け暮れた。スカイダイビングのプロになり渡米した経験もあるが、1993年(平成5年)、29歳のころに高知県にやってきた。自身が育てる「狼桃」の特徴について、野中さんは次のように話す。

「小さくて糖度の高いトマトはたくさんあります。でもうちのトマトは大きくて糖度が高い。他では真似できないトマトを目指しています」

 野中さんの言葉を聞いて、最初に思い浮かべたのは、陶芸家で人間国宝でもある中島宏さんだった。中島さんの作品は青磁が有名で、「中島ブルー」と呼ばれる独特の色の世界も特徴的だが、本人いわく「青磁は歩留まりが悪く、小さい作品が多い。だったら誰もまねできない大きな青磁器を作ったらいいじゃないか」と思ったという。筆者はこの言葉を、佐賀県にある中島さんの自宅兼窯場で聞いた。トマトと青磁は、まったく異なる。だが、「常識」の一つ先を超える手法は、重なって見えた。

 野中さんの育てる「狼桃」は「松」「竹」と分かれており、糖度9以上のものが厳選されている「松」は大箱(20〜32個入り、2〜3キロ)1万2500円で販売される(2017年度)。一般的なトマトは1キロ当たり590円(平成29年7月農林水産省調べ)なので、1キロ当たり4166〜6250円という狼桃は、圧倒的に高価だ。日本一高いといってもいいかもしれない。それでもシーズンが始まるや否や、品薄になる人気を誇る狼桃。取材に伺った時も、収穫はほぼ終えて一段落というタイミングだったが、注文はなお続いていて電話がかかっていた。

出荷を待つトマトたち


縁もゆかりもない四国へニュースを見て移住を決意

 そもそも、野中さんはなぜ高知県にきたのだろう。

「(29歳の当時)ニュースでたまたま四国に移住して農家を始めると補助金が出るというのを知って高知県を選びました」

 野中さんは笑う。そして、「もともと高知県にも、トマトにも縁はなかったんです。ただ、30歳を前に、結婚もしていたし、ちゃんと生業(なりわい)を持たないといけないと思って悩んでいたのは事実」と続ける。悩んだ先に、タイミング良く高知県の移住促進プランを目にしたというわけだ。

 考えるよりも行動が先に行くと自身でも話す野中さんは、すぐ高知県へ移住。実際に住んで気づいたことは、受け入れ体制の脆弱ぶり。実際に移住促進といっても、移住した後のケアはほとんどなかったという。「縁もゆかりもないところに引っ越してきた感じで、自分でネットワークを築いていかなくてはいかなかった」と当時を振り返る。

 野中さんは移住して農業をやるつもりだった。しかし、教えてくれる人はいない。自分から積極的に働きかけて、一つひとつ学んでいく。その中で、役所にも積極的に足を運び、情報を収集。農地のレンタル事業が始まることが分かった。これは、年間45万円程度で土地を借りることができ、10年間借りると自分のものになるというもの。何を育てるかも決めないまま、同じく移住してきた仲間たちとともに農地のレンタルを決意した。

「とにかく土地だけは借りたのですが、どうするか決まっていないままで、仲間はひとりまたひとりと辞めていきました。当時31歳、ついに自分と妻だけになり、妻は身篭っていた。なんとかしないと焦っていました。そんなとき、九州でトマト農家を視察するという研修があり、藁にもすがる思いで参加したんです」

このトマトが野中さんの運命を変えた


食べた瞬間に「これはいける!」

 トマト農家を視察しに、九州へ向かった野中さんは、そこで高額なトマトに出合う。このとき初めて、ブランドトマトは高額で売れる、ということに気がついたという。今から20年以上前の話だ。戻ってきてから、高知県でトマトを作っている農家を探し、そこで狼桃に出会った。

角があるような荒々しい形が野生派トマトという名を表している


 現在市場に流通しているトマトは、作りやすいようにと品種改良されたものばかり。だが、本来のトマトは乾燥したアンデスの高地で生まれ悪条件の中で育っていた。その本来の環境に近づけて育てるというのが野中さんの「野生派トマト 狼桃」だ。

 実はトマトは消費者がもっともお金を遣う野菜の1つだ。2012年度の総務省統計局「家計調査」によると、トマト1世帯あたりの年間支出額は7182円。これは野菜の中ではもっとも高く、購入頻度、数量共に高い。つまり、農家にとってもトマトはお金になりやすい野菜だともいえる。

「妻と2人で初めてトマト農家で狼桃を食べた瞬間にこれはいける! と感動したのを覚えています。トマト作りに関しても素人なので、高地県内でブランドトマトを作っている農家さんの手伝いをしながら勉強していきました」

 先輩農家を師匠と呼び、毎日作業を手伝いにいくうちに、野中さんへもいろいろとアドバイスをしてくれるようになった。そして出来上がった狼桃にすぐに手応えを感じることができたという。

「農協を通じて卸す従来の販売方法ではなく、直接レストランやスーパーへと販路を自分たちで見つけていきました。農協では規定があり、うちのトマトは扱ってもらえなかったんです。でも、そのおかげで独自の販路を築くことができブランドトマトとして確立することができました」

農家ではなかったからこそ広げられる農業の可能性

 1995年(平成7年)に初めて収穫をし、最初のシーズンは高知市内に毎日8ケース届けていたという野中さん。そうやって徐々に認知を広げ今や日本中から注目されているが、現在は既存の農家のあり方に問題を感じていると思う。

野中さんのハウス。年々規模を広げているがまだまだ全国からの注文には追いつかない


 農協との関係性が強い既存の農業では使える肥料や機材はもちろんのこと、農作物の種類まで規制が入ることが多い。実際、狼桃も農協で取り扱うことはできないと言われた経緯があり、直販しかできなかった。

「でも、それは自分にとって願ってもないことでした。農協に卸すよりも、自分で販路を切り開くほうが金額的にもメリットが大きいと思っていたんです」

 農作物は天候など条件にも左右されるので、自分で販路や価格、販売量を決めることができるのは、自身ですべての責任を取る必要はあるが、野中さんのような農家には向いていたのだろう。逆にこうしたことを面倒だと思ったり、負担と感じる農家は農協に頼らざる得ないともいえる。

 野中さんは、積極的に新しいテクノロジーも導入しているという。「自分がもともと農家だったわけではないからだと思いますが、どうすれば効率よく、毎年高品質のトマトができるのかということを考えています」。企業秘密だという独自のアイデアで、ハウスの中の温度や湿度の見える化も格安で可能にした。

「今は、探せばいろいろな技術があるので、これからもっとトマト作りをデータ化していきたいと思っています」

長男の陸さんと。陸さんも狼桃を使った商品開発に力を入れるなど重要な働き手だ


 トマト作りを始めたころに奥さんのお腹の中にいた長男の陸さんもすでに23歳。野中さんと共にトマト作りを行っている。トマトを販売できるのは春のみ。年間を通して販売できる商品を作りたいと考えた陸さんは、トマトジュース作りを野中さんに提案した。野中さんも「自分の責任でやってみるように」と自由に陸さんが作ることができる環境を提案。そこで生まれたのが「狼桃 トマトジュース」(3本入飲み比べ箱3024円/5本入贈答用箱4752円)だ。無塩、無添加のこのジュースはまるで濃厚なソースのよう。季節を問わず狼桃を味わうことができるようになった。

「普通に就職することも考えたのですが、そんなことよりもトマト作りに未来があると思って」

 そう話す陸さん。農業に未来を感じるという話は、 日本の農家でなかなか耳にしない言葉だ。父親である野中さんの意思を継ぐように、臆することなくいろいろな可能性に挑戦しているという。

「トマト作りにいいと聞けば、どんな高価な肥料にも挑戦してみますね。今は、父のトマト職人としての感覚を学びながら、それをどうやってデータ化していくのかも考えていきたいです」と陸さんは話す。

Iターン成功者が語る「現実を見ることの大切さ」

 結果としてIターンの先駆けになった野中さんだが、挫折し土地を離れていく人も多く見てきたという。

Iターンを仕事と割り切り、効率よくトマト作りに取り込んだからこその成功


「この場所には仕事を求めてきたので、山や田舎に特別の憧れがあるわけではありませんでした。だからこそ感じるのは、Iターンでやっていくためにはお金の部分をしっかり見ていく必要があるということです。田舎暮らしがしたい、田舎の人は優しいので一緒に生活したいと憧れてやってくる人もいましたが、そういう人たちはみんないなくなりましたね。自然の豊かさや田舎の人のつながりばかりに目を向けず、自分の生活のためにお金のことを考える。それができたから私はやっていけたんだと思います」

 ここは仕事場と笑う野中さんはトマトのシーズンが終わったら地元の大阪に戻るのだという。「田舎暮らし」への憧ればかりを追うのではなく、現実と向き合っているからこそ、狼桃は生まれたのだ。

 

野中 勝(のなか・まさる)さん
大阪出身。平成5年、高知県十和村(現四万十町)に夫婦でIターン就農する。平成6年から高糖度トマトの栽培をハウスで始め、2017年には37ヘクタールに拡大したハウスで究極のトマト作りを目指している。

筆者:中村 祐介