米国トランプ政権の大統領首席戦略官、スティーブ・バノン氏が8月18日、解任された。トランプ大統領がニュージャージー州で「ワーキングバケーション(働きながらの休暇)」を過ごし、ワシントンを離れている間にバノン氏はホワイトハウスを去った。トランプ政権発足以来、人事面での最大級の出来事だったと言ってよい。

 昨年の大統領選ではトランプ氏の選対本部長を務め、政権発足後も基本政策の立案に関わったとされるバノン氏の離脱は、今後トランプ政権にどのような影響を与えるのだろうか。プラス面とマイナス面を整理してみよう。

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【プラス効果 その1】政権内部の混乱や対立を解消

 バノン氏がトランプ政権を離れることによる第1のプラス面は、政権内部の混乱や対立の解消に寄与することだ。

 バノン氏は保守派の論客である。とくにオバマ前大統領に体現されたリベラル派の政策や思想を論破する雄弁をふるってきた。だが、その自由な言動は、ときに政権内部の混乱を浮かび上がらせた。

 つい最近もバノン氏は、トランプ政権の北朝鮮対策に関連して「軍事手段はありえない」と述べた。この発言は、トランプ大統領の北朝鮮への「炎と怒り」という言葉からはかけ離れていた。政権内の他の幹部たちの「軍事的選択を含めてあらゆるオブションが机上にある」という発言とも矛盾していた。

 自分の言葉で自分の考えを自由奔放に述べる。それがバノン氏の本来の姿だといえよう。組織の規律に従わないタイプである。そんな人物が大統領の傍にいれば、政権内の食い違いがどうしても顕在化してしまう。政権発足以来、そんな現象が何度も表面に出てきた。

 バノン氏がホワイトハウスを離れれば、政権内は新任のジョン・ケリー大統領首席補佐官の軍人らしい規律保持が徹底され、結束が強まるとみられる。

【プラス効果 その2】政権のイメージが好転

 第2のプラス面は、トランプ政権全体のイメージが好転することである。

 バノン氏は、リベラル派を激しく叩く超保守派の論客として知られてきた。リベラル派にとってバノン氏は「米国で最も危険な政治仕掛け人」としても恐れられた。

 また、バノン氏には「白人至上主義者」「人種差別主義者」というレッテルがつきまとった。バノン氏は白人至上主義や人種差別を非難し、ネオナチなどの白人至上主義者たちを「愚かなピエロ」と断じてネガティブなイメージの払拭に務めたが、自分自身への非難を消すことはできなかった。

 この負のイメージは、バノン氏を通じてトランプ政権全体に広がっていた。実際にその種の言動を見せたことがなくても、トランプ大統領が「白人至上主義者」「黒人差別」と糾弾されたのは、バノン氏がもたらしたイメージのせいだと言えよう。バノン氏の退場により、そうした負のイメージが弱まることは政権にとってプラスとなる。

【プラス効果 その3】共和党の穏健派が味方に

 第3のプラス効果は、バノン氏の解任により、議会共和党の多数の穏健派がトランプ政権に協調的になることである。

 トランプ政権は主要政策の1つ「オバマケア(オバマ政権が打ち立てた医療保険改革制度)の撤回・破棄」案を下院で可決させながら、上院では僅差で否決された。上院で多数派を占める共和党議員のなかの3人ほどの穏健派議員が反対したからだ。

 トランプ政権は与党の共和党全議員たちを完全には掌握しきっていない。共和党内部でも保守主義色の薄い中道派、穏健派と評される議員たちがトランプ政権の抵抗勢力となっている。

 この共和党内勢力がトランプ政権との間に距離を置くようになったのは、バノン氏の主張を受け入れられなかったからである。バノン氏は保守派のなかでも特に保守主義色の強い「経済ナショナリズム」を主唱してきた。なによりも「米国人労働者の利益を最優先する」という経済面での「アメリカ第一主義」だった。これに難色を示す共和党穏健派が上下両院で少なくなかった。だが、強硬派のバノン氏が去れば、共和党内の穏健派勢力が政権寄りに戻ってくる可能性がある。

[マイナス効果 その1] 政権の不安定性が浮き彫りに

 では、バノン氏の解任によるトランプ政権へのマイナス効果はなんだろう。

 第1のマイナス効果は、バノン氏の解任がトランプ政権の不安定性を改めて浮き彫りにしたことだ。

 トランプ政権では、国家安全保障担当の大統領補佐官、マイケル・フリン氏の辞任を皮切りに、ラインス・プリーバス首席補佐官、ショーン・スパイサー大統領報道官、アンソニー・スカラムチ広報部長らが相次いで辞任した。そして今度は、政策面でトランプ政権全体に深くかかわってきた首席戦略官のバノン氏までが辞任したのだ。政権内部の人事や人材の不安定さは、今や誰の目にも明らかだと言えよう。

[マイナス効果 その2] トランプ政権の中核が壊される

 第2のマイナス効果は、「トランプ政権がトランプ政権ではなくなる」のではないかという懸念を生む危険性である。

 バノン氏はなんといってもトランプ政権の政策立案を支える人物だった。大黒柱だったとも言える。2月下旬、バノン氏は首都ワシントン近郊で開かれた保守系政治組織の「政治活動会議」の全米大会に発言者として登場し、トランプ大統領が進める政治の理念を「トランプ主義(イズム)」として解説した。「米国人労働者の利益を最優先する」「中国などの不当な貿易慣行を否定する」というスローガンに象徴される「経済ナショナリズム」の主張だった。ここにきて、バノン氏の解任に伴い同氏の政策を全面否定することは、トランプ政権の中核部分までを壊す危険がある。

[マイナス効果 その3] バノン氏が外から攻撃してくる

 第3のマイナス面は、バノン氏が今後、外からトランプ政権を攻撃する可能性である。

 バノン氏は8月18日にホワイトハウスを離れて以来、トランプ大統領への批判や敵対的な言葉は述べていない。明言したのは、「今後はトランプ大統領のそばにいるグローバリストたちを批判していく」という意向だった。つまり、自国の利益を最優先するナショナリズム的な政策とは対極にある国際協調、多国間的アプローチへの強い反発である。

 この点をもう少し押し進めると、バノン氏の鋭い言葉の攻撃がトランプ大統領の娘イバンカ氏やその夫のジャレッド・クシュナー氏にまで及ぶ可能性がある。バノン氏は政権内部で大統領のこの娘夫妻を「ジャバンカ」と揶揄気味に呼んで批判していた。もしも今後、トランプ大統領が娘夫妻の提言に沿って、これまでの「米国優先主義」を捨て、「グローバリム」的方向へ政策を進めるとなると、バノン氏の糾弾はトランプ大統領にも照準が絞られ攻撃の矢が放たれる可能性も浮上してくる。

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 以上、バノン首席戦略官の解任にからむトランプ政権への3つのプラスと3つのマイナスを提示して、検証してみた。実際にはそれぞれの要因が複雑にからみ合って、作用し合っていくことはいうまでもない。

筆者:古森 義久