女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

「独身」か「妻」か、はたまた「ママ」か。

結婚・出産でライフスタイルが急変する女の人生。恋愛から結婚、そして子育て。それぞれのカテゴリーで、興味の対象も話題もがらりと変わってしまう。

違うカテゴリーとなった女ともだちとは、もはや疎遠になっていくしかないのだろうか?

大学時代からの仲良し3人組、沙耶とあゆみ、そして理香。しかし、理香がいち早くママとなったことで関係に異変が

久しぶりに集まった3人。そこであゆみが「報告がある」と言い出した。




あゆみの「報告」


「報告があるの」

沙耶と理香の間に流れた、歪な空気。そこに割り込むようにして、あゆみが弾む声を出した。

その含んだ言い方になんとも言えぬ予感がして、沙耶の心はざわつく。

「え、なに何?!」

動揺を悟られまいと意識して明るく発した声は、沙耶の耳に別人のような声となって届く。

あゆみは、そんな沙耶にちらりと目をやり、理香に向き直る。そして、予想通りの言葉を続けるのだった。

「結婚が決まったの」

わ、よかったね!とはしゃぐ理香の声に、昔と変わらぬ、あゆみの鈴が転がるような笑い声が重なって聞こえてくる。

大学を卒業して8年、渋谷のIT企業で働くあゆみは三人の中でも特に結婚願望が強かった。ハードワークに疲れたらしく“30歳までに結婚して仕事を辞める”というのが、ここ数年の彼女の口癖。

だからジャスト30歳の誕生日に念願叶ってプロポーズまでこぎつけたあゆみを祝福してあげたい気持ちは、もちろん沙耶にだってある。

-おめでとう、良かったね!

そう言うつもりだった。学生時代からの友人の結婚を祝えないほど腐っていない。

しかしあゆみが沙耶の方を見ようとせず、理香に向かって言ったセリフが心を突き刺し、言葉を失わせたのだ。

「私も、やっと“そっち側”に行けたわ!」


ただ一人の独身となってしまった沙耶は、孤独を深めていく


攻撃は最大の防御


そのあとの時間は、居心地の悪さをひた隠し、曖昧な笑顔を浮かべてやり過ごすしかなかった。

店を出て皆と別れたあと、一人になった沙耶は鉛を吐き出すように深く、大きなため息をつく。

-疲れた...。

昔、三人がまだ独身で、全員が同じカテゴリーに属していた頃は、時間を忘れて3時間でも4時間でも語り合った。

いくら話しても話し足りず、何時間一緒にいても疲れたことなんてなかった。

それなのに今日はあゆみと理香と過ごす時間が苦痛にすら感じられ、理香が「そろそろ息子の元に戻らなきゃ」と帰り支度を始めた時は心底ホッとしたのだった。

-やっと“そっち側”に行けたわ!

あゆみはそう言ったあと、沙耶に対してさらに無遠慮な言葉を投げ続け、突然上から目線となって要らぬアドバイスを始めた。

「沙耶の彼は年下だから、結婚はまだまだって感じ?」

「恋愛と結婚は別よ。沙耶も彼はキープしつつ、結婚向きの人を探したら?」

あゆみがここまで無神経な女だとは思わなかった。いや、幸福に酔いしれた女は頭のネジが何本か緩んでしまうのだろうか。

相手の気持ちを配慮し、気遣うといった大人の女性としての振る舞いができなくなるのだろうか。

理香も理香だ。

「沙耶の彼、フリーカメラマンだっけ?年齢も下だし、確かに結婚するにはちょっと不安定よねぇ」

そう言われた時は、さすがの沙耶もムッとした。

投資ファンドを経営する理香の夫だって、安定していると言えるだろうか。10歳も年上で既に十二分に稼いでいるから問題ないとでも言うのだろうか。

-ああもう、余計なお世話!

週末の六本木ヒルズはカップルで溢れている。

声には出せないから心の中で怒りを吐きだし、そうしたら今度は急に孤独が襲ってきた。

あゆみが放った、“そっち側”という言葉。

それは、結婚して「母」となった理香とついに結婚が決まり「妻」となるあゆみを一括りにするものだ。「独身」である沙耶だけを残して。

あゆみの結婚が決まるまでは、どちらかというと独身の沙耶とあゆみが結託していた。

独身同士でしか共有できない話題がどうしてもあるし、平日夜にさくっと集合できる身軽さから自然とそうなっていった。

沙耶もあゆみも、理香を仲間外れにするつもりはなかった。しかしそれでも彼女が淋しい思いをしていたであろうことは想像がつく。

そもそも理香は上昇志向が強く、3年前の妊娠発覚も彼女にとっては予想外の出来事だった。

母となった理香は、意外にもあっさりと外資系ジュエリーブランドPRとしてのキャリアを手放したが、彼女なりに葛藤はあったはずだ。あれほど楽しんでいた仕事に、未練がなかったとは思えない。

その証拠に、母親となった理香は、沙耶が仕事の話をするとどことなく棘のある反応をするようになった。

何かを得れば、何かを失う。

それが世の常だが、失ってしまったもの、逆に未だ得ていないものの輝きを目にした時、人はそれを否定することで自分を守るのかもしれない。

自分の選択を、正解だと思いたいから。


長年の友達から向けられた刃...傷ついた沙耶を癒す、若い彼氏


密かに感じる優越


考え事をしていたら、スーパー『リンコス』を通り過ぎそうになって、慌てて引き返した。

こんな日は何も考えず、ひたすら料理に没頭するに限る。家に戻って、久しぶりに餃子でも作ろうなどと考えていたら、ちょうどLINEが届いた。

“夜、沙耶ちゃんの家行っていい?”

あゆみと理香から「結婚向きでない」と言われた3つ年下の彼、隼人からだ。



「うまい!これ、めっちゃうまいよ。沙耶ちゃんは仕事もできるし料理もできるし本当に素晴らしい女性だよ」

沙耶の家で、餃子を口いっぱいに頬張り、隼人は目まで瞑って感動を伝えてくれた。沙耶が無心で量産した餃子が、みるみる彼の胃袋に消えていく。

「...ありがとう」

昼間、地雷だらけの会話をくぐり抜け傷だらけで帰宅した沙耶だったから、隼人のまっすぐで何ら他意のない言葉が胸に染み入るのだった。

隼人とは仕事を通じて知り合い、もうすぐ1年の付き合いになる。

フリーランスでカメラマンをしている彼の収入は、確かに安定しない。

しかし彼は持ち前の人懐っこさでクライアントに気に入られる素養があり、さらにただ撮影するだけでなく企画全体の提案をする頭もある。

27歳の彼には未来があり、そして、広告代理店で働く沙耶は、そんな彼の未来を支えてあげたいと思っているのだった。




「沙耶ちゃん、大好きだよ」

幾度となく抱き合って触れ合う隼人の肌は、若くて艶とハリがある。顔を寄せると、唇から感じるみずみずしさ、そして弾力。

隼人に力強く抱かれ、沙耶はようやく心の平穏を取り戻す。

-私は、幸せだ。

別に、無理に結婚したいと思っていない。一緒に居たいから、いる。隼人との、対等でシンプルな関係に、沙耶は十分に満足しているのだから。

完成形を求め、10歳も上の男と結婚した理香は、若い男にしかない、この未熟で甘美な香りに包まれたことなどないだろう。

生活基盤を得るという目的ありきで相手を選んだあゆみは、ふたりでともに夢を追いかける喜びを知らないだろう。

六本木のマンションの一室、セミダブルのベッドの上。

無駄な脂肪やたるみとは無縁な背中を掴みながら、沙耶はそんな密かな優越に酔いしれた。

▶NEXT:8月30日 水曜更新予定
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