定時帰りの、腰掛けOLたち。

楽な仕事に給湯室での井戸端会議、充実したアフターファイブ。

”安定”という鎧を手に入れた彼女たちは保守的で、誰かが幸せにしてくれるのを待っている。

丸の内の大手損保会社に勤める愛華(26)も、その一人。典型的な腰掛けOLである彼女には、実はこんなあだ名がある。

“にゃんにゃんOL”、と。

元OLのアリサ(29)から檄を飛ばされ、年収1,000万の人に見向きもされない現実を見て、腹黒系にゃんにゃん結衣に蹴落とされそうになる。

そんな愛華は何を思うのか...?




事務職だと思って入社したのに


「はぁ、疲れたなぁ...」

先日買ったばかりのジミー チュウのパンプスを、思わずデスク下で放り投げた。

ピンヒールは可愛いけれど、長時間履いていたら脚が痛くなる。(これは永遠に解決しない、女子のジレンマだと思う)。

以前結衣が履いているのを見てどうしても欲しくなり、去年の冬のボーナスで買ったお気に入りの靴だった。

それなのに、うっかり、今日履いてきてしまった自分を悔いる。

「愛華ちゃん、お疲れ様。今日はどうだった?」

先輩である景子さんに営業先の報告を済ませ、また大きな溜め息をつく。

「こんなはずじゃなかったのに。」

完全なる事務職は社内でも何となく肩身が狭くなり、昨今は“エリア総合職”という名称変更の波が押し寄せてきた。

私の部署もしっかりとこの影響を受け、 呑気に事務職だけをしていれば良かった時代は終わりを迎え、時に外へ出て、本来ならばしなくても良いはずの業務をこなさなければいけない日もあるのだ。

「もっと楽だと思っていたのにな...」

甘酸っぱい期待と夢を抱いて迎えた入社式の時。会社の上の人からのお言葉で、遠回しに“寿退社”を推奨された。

あの入社式の日以来、私の中でのカウントダウンは始まった気がする。

-30歳までに結婚しないと、この会社に居場所はない。

30歳を過ぎて会社に残っている人たちの顔が浮かぶ。 後輩たちから“可哀想”と哀れんだ目で見られるようになる日は、刻一刻と迫っている。


仕事はあくまでも緩く、のんびりと?旦那の稼ぎがあったら働きたい


仕事は、メインではなくサブ的要素で


「アリサさんは、何で会社を辞めちゃったんですか?」

土曜日にランチをしようとアリサから呼び出され、『bills 銀座』へやって来た。




ここのふわふわとしたパンケーキが大好きだ。フォトジェニックな写真が撮れるし、インスタ映えもバッチリだから。

だから写真映えするような白のオフショルダーのトップスに、下はロング丈の、淡いピンク色が綺麗なスカートを選んだ。

「相変わらず、そういう格好がよく似合うね。 」

アリサさんはシンプルなトップスにスキニーデニム、そして凝ったデザインのクラッチバッグ。

流行などに左右されず、独自のスタイルを貫くアリサさんと比較して、雑誌のコーディネートを丸々真似したような自分の服が少し恥ずかしくなる。

「私が会社を辞めた理由?そんなの簡単よ。やりがいが見つけられなかったから、に決まってるじゃない。」

アボガドトーストを頬張りながら、アリサさんは驚いたような顔をして私を見つめていた。

-やりがい...

今の仕事のやりがいは、何だろうか。

私の思いを全く汲み取っていないアリサさんは、嬉しそうに身を乗り出してきた。

「まさか、愛華、ついに何か一歩踏み出す勇気が出たの?!」

「あ、いえ、そういう訳ではなくて...」

ただ、私はアリサさんに聞いて欲しかった。

自分にはもっと違う道があったのカモしれない。それか、出会いがあれば今頃既に結婚していたカモしれないし、もし英語が話せれば、外資系企業でカッコよく働いていいたカモしれない。

でも現実は、どこに向かえばいいのか分からない。その上、いつかは辞めたいと思っているような会社にいる。

それでも、毎日頑張っている自分を認めて欲しかった。

「あのさ、愛華ちゃん...」

アリサさんがすぅっと息を吸い込んだ。
まずい、これは何か言われるサインだ。

「さっきから、“カモかも”言い過ぎよ!タラレバ娘じゃなくて、カモ族って呼ぶわよ」

『bills 銀座』の可愛らしいオシャレな店内に、アリサさんの声が鳴り響く。

「カ、カモ族、ですか... (カモ族って、何だろう...?)」

「今、私が造った造語よ。改めて聞くけど、愛華が本当にやりたいことって何なの?」

やりたいことを聞かれ、返答に詰まる。

フラワーアレンジメント講師になって雑誌に載ること?それともポーセラーツのお教室を開くことかしら?

ただ一つだけ、 “生活のために仕事をしたくない”ことだけは明確に答えられる。

旦那様の稼ぎがあってからの仕事だったら、続けてもいいかもしれない。だけど、生活のために仕事をする日々はもう十分。

家賃や生活費は旦那様に負担してもらって、趣味程度に仕事をしたい、というのが本音だった。

「愛華...そんな考え、一刻も早く捨てることね。」

アリサさんが、目の前で大きなため息をついていた。


進化系にゃんにゃんの登場に、焦る愛華。キャリアの道に目覚めるか!?


にゃんにゃんOL進化系。キャリアに燃えるOLもいる


アリサさんと別れ、気晴らしにデパートの化粧品売り場へと向かう。

銀座のデパートは、女性にとってパラダイスだと思う。昔から、あの香りと雰囲気が好きでたまらない。

新色のリップグロスを購入した途端に、沈んだ気分が和らいでいく。

「やっぱり、仕事力より女子力でしょ。」

独り言のように呟いて外へ出ると、偶然にも景子さんの姿が見えた。

「愛華ちゃん!こんな所で何してるの?」

「景子さん! 今、先輩とお茶していたんです。」

景子さんの手元を見ると、本屋さんの紙袋が重たそうにぶら下がっていた。

「あ、これ?営業の勉強をしようと思って。丸の内の本社勤務になれたことは、私の中で念願のキャリアアップだから。」

景子さんは私の先輩だが、最近総合職に転換したのだ。

-キャリアアップ...

今まで全く向き合ってこなかった問題を、正面から突きつけられた気がした。




進化系の聖地は丸の内?!


「愛華ちゃんは、最初から丸の内勤務だから分からないかもしれないけど。」

そう言いながら、景子さんは続ける。

「やっぱり、本社勤務って最高峰と言うか、目標というか。私は愛華ちゃんと違って違う場所に配属されていたから、ようやく本社に来れて、今がチャンス、と思っているのよ。」

その話は、他の同期からも聞いたことがある。

私は何の苦労もなく本社勤務だったためそこに疑問を抱いたことすらないけれど、五反田やその他のエリアに勤務している人たちからすると、丸の内は“聖地”らしい。

同じ会社でも、ここまで気の持ちようが違うものかと、驚いた。

休みの日でも勉強する景子さんの一方で、新作コスメをチェックし、浮かれている私。

「何の本を読んでいるんですか?」

景子さんが、嬉しそうに紙袋から本を出して説明を始める。

「“5秒で伝わるプレゼンテーション”と、“営業力を上げたいなら...”」

楽しそうに話す景子さんを見ながら、自分の方向性がどんどん分からなくなる。

頑張れば、きっと私も景子さんのようになれるはず。だって、同じOLだもの。毎日の仕事も、業務内容も一緒だから。

でも、心底景子さんのようなバリキャリにはなれない自分もいる。

髪を振り乱して仕事をし、結果を残すよりも、適度に忙しく、適度に楽しいくらいの塩梅がちょうど良いと、心のどこかでやっぱり思ってしまうから。

「また月曜日にね!お互い、仕事頑張りましょうね。」

颯爽と銀座の歩行者天国に消えていく景子さんの背中を見送った途端に、さっき買ったばかりの綺麗な色のリップグロスが、急に色褪せて見えた。

-私も、変わらなきゃ。

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愛華がいよいよ動きだす?そして商社マンとの恋も同時に進展が?!