大詰めを迎えた「夏の甲子園」。(日本高等学校野球連盟のウェブサイトより)

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いよいよ「夏の甲子園」も大詰め。テレビで試合をみていると、ネット裏の特等席に少年野球チームが座っているのがわかる。しかし、少し前までその特等席には「ほぼ毎日毎試合同じメンバー」が座っていたことをご存じだろうか。彼らは、どこへ行ったのか――。

■甲子園ネット裏の特等席を“占拠”した人々

残すところ明日の決勝戦だけとなった、夏の甲子園(第99回全国高校野球選手権大会)。熱戦が繰り広げられている阪神甲子園球場のバックネット裏に、そろいのユニフォームを着た子どもたちの集団がいることにお気付きだろうか。

これは2016年の春のセンバツ(第88回選抜高校野球)から、バックネット裏の最前席周辺の約100席を「ドリームシート」として、少年野球の子どもたちを招待することになったからだ。

そして、その結果、割を食うことになった大人たちがいる。「8号門クラブ」という常連観戦者のグループだ。

「8号門クラブ」の面々は何者なのか?

「8号門クラブ」とは、蛍光イエローの帽子にラグビージャージを着た「ラガーさん」と呼ばれる人物をはじめとする高校野球ファンのグループである。

特異なのは「毎年同じ席に座っている」という点だ。高校野球の場合、甲子園では一部のボックス席・マス席など指定席を除き、ネット裏の最前席を含めその多くは自由席だ。それにもかかわらず、ほぼ毎日、毎試合、同じ人が同じ場所に座っている。これが注目を集め、グループの中でも目立つ存在だったラガーさんは、テレビや雑誌にも取り上げられ、高校野球ファンの間では知られた存在になった。これまでに3冊の著書も出版している。

しかし、ある“理由”によって2016年春のセンバツ大会から、グループの姿は画面から消え、その代わりに「ドリームシート」に座る野球少年たちが写り込むようになったのだ。

■1990年頃から野球ファンが自然に集まった

ラガーさんをはじめとする「8号門クラブ」はどうなったのか。その前に、グループの概要を紹介しよう。

ラガーさんの本名は「善養寺隆一((ぜんようじ・りゅういち)」。これまでに『甲子園のラガーさん』『ラガーさんの嗚呼、青春の甲子園あるある』(いずれもオークラ出版)、『〔大甲子園〕摂氏45℃の激闘』(ぱる出版)という3冊の著書がある。

著書の略歴には、「1966年8月13日、東京都豊島区生まれ、48歳。都立文京高校に進学。父が起業した『あかぎ印刷』に18歳のときに就職」とある。

ラガーさんが、春の選抜、夏の選手権大会の全試合をネット裏最前列で観戦するようになったのは1999年から。「8号門クラブ」は、それ以前に自然発生的に結成されたものらしい。著書には、グループの始まりは1990年頃で、下は大学生から、上は70代までいて、メンバー数は約100名、とある。いずれも筋金入りの野球好きだ。

「住んでいる所や、仕事はバラバラですが、甲子園の季節になるとここに集まる。期間限定のファミリーのような関係です。(中略)観戦マナーはもちろん、『8号門前では、持ち場を2時間以上離れてはいけない』という暗黙のルールがある」(『甲子園のラガーさん』)

ラガーさんの“指定席”は「A段73番」だった

前述したように、甲子園大会は全席自由席なので、座席は早いもの勝ちだ。グループは、大会期間中、誰よりもはやく「8号門」の入り口前に陣取り、徹夜で開門を待ち、開門すると小走りで近付いて席を確保する。著書によれば、ラガーさんの“指定席”は「A段73番」だという。

最後の試合を9回裏まで見届けたあと、グループは勝利校の校歌を聞き終えるやいなや、小走りに退場する。向かう先は8号門。ラガーさんたちが試合後に、客席をすり抜けながら8号門に向かう姿は、たびたび甲子園に足を運んでいるファンには、おなじみの光景だという。

■順番待ちのため甲子園球場に寝袋で野宿

自由席なのだから、最初に並んだ人から優先になる。ルールは守っているが、「徹夜」での順番待ちでは、トラブルとも無縁ではない。長年、グループの様子をみているというあるスポーツジャーナリストはこう話す。

甲子園球場は『徹夜での順番待ち』を禁止しているわけではありません。決勝戦などでは数百人が『徹夜待ち』をしていることもあります。ただ、『徹夜はご遠慮ください』と書かれた看板もあり、マナー違反です。寝袋持参で毎日開門待ちをしている様子は、高校野球のイメージを損ねていると思います」

またグループでは、その日の最終試合が始まる頃には、ローテーションで決まった「当番」が翌日第1試合のために並び始める。グループで「ネット裏」という「特等席」を占拠していることには、批判も多い。

特等席は年間で「1席65万円」

「ネット裏」にはどれだけの価値があるのだろうか。甲子園球場でプロ野球の年間シートを購入した場合、ネット裏の「TOSHIBAシート」は1席65万円だ。甲子園での阪神タイガースの主催試合は62試合なので、1試合あたり約1万円となる。

一方、甲子園での高校野球は、春が31試合、夏が48試合なので、合計79試合。試合数はプロより多い。試合を行う日数は、春が12日間で、夏は14日間。それぞれ「中央特別自由席」は1日2000円なので、チケット代は春2万4000円と夏2万8000円で、合計5万2000円となる。試合数で単純に割ると、1試合あたり658円だ。

■高野連は「8号門クラブはまったく関係ない」

ネット裏の「特等席」を、特定のグループが「占拠」しつづけている。こうした事態を収拾するような形で2016年の春からはじまったのが「ドリームシート」だった。ネット裏最前席周辺の107席(撮影カメラの増減や春のセンバツ大会では席数は多少上下する)に、少年野球チームの子どもたちを招待するものだ。当初は近畿圏が対象だったが、今大会は全国から応募を募ったという。

さて、“指定席”に座れなくなったグループは、一体どこで観戦しているのか?

テレビ画面からは見えないが、ネット裏で行儀よく観戦しているユニフォーム姿の子どもたちのすぐ横(グラウンド側からみて右側)に陣取っている。つまりは、少し横へ移動しただけなのだ。

日本高校野球連盟に、ドリームシートの創設の経緯について問い合わせたところ、「少年野球人口が減少している現状を踏まえ、子どもたちが臨場感あふれるバックネット裏で高校野球を観戦し興味を持ってもらう」(日本高校野球連盟・事務局)との説明があった。

「8号門クラブ」の存在は、シート創設の経緯とは「まったく関係ない」(同上)という。

ただ、憧れの甲子園の特等席に大興奮して疲れたのか、一部の野球少年は居眠りをしてしまうことがあるようだ。「首をこっくりこっくりと上下させることがあり、その場合、画面に映らない席に移されることもある」(前出・スポーツジャーナリスト)という。

「1席65万円」という価値のある席であることを、ラガーさんから子どもたちに説明してもらう必要があるのかもしれない。

(プレジデントオンライン編集部 写真=時事通信フォト)